シルバー・エイジ登録されており、再生化は身体鋭利化。
体の一部を刃物に変形させる再生と――、
「迅葉カイム、これは明らかに、誰か、いた」
「ああ、けどこのファイルの閲覧レベル――」
ガタッ。
どこかで椅子が倒れた音が静寂を切り裂いた。
二人は顔を上げ物音がした方を見つめる。
ガラと小さな音が届き、音の主はこの場から走り去って行った気がする。
「迅葉カイム!」
「ああっ!」
これ以上ここにいる必要はない。
むしろそれ以上に『誰かがカイムたち以外にいた事』が問題なのだ。
しかもカイムと同じように彼女――相川絢の情報を閲覧している事が。
閲覧レベル『S』の最高機密に類する情報を閲覧出来るほどの人間が、こんな真夜中に、隠れる様に調べている事が問題なのだ。
(気付くべきだった、女子トイレが開いていたときから、図書室が施錠されてないときから!)
しかもこの規模の女子校だ。
赤外線センサーの一つや二つあってもおかしくない。
なのに、それが一つも反応している素振りすらなかった。
「お前こなくていいぞっ!」
逃げ去る気配を追いカイムは全力で走る。
影は全く見えないが、誰も居ない校内なのだ。
なんとなくの気配だけでも追える。
「なに、私の方はいつでも探せる!」
「違う、あぶねーって言ってんだよ!」
気配は階段を下っていく、カイムもその気配を追い階段を三段飛ばしで下っていく。
「置いて行く方が危ないとは思わんか!」
マフラーをなびかせながら少女はカイムを見上げる。
見た目に反してなかなか素早い女だ。
「……危なくなったらすぐ逃げろよ」
相手は前回襲ってきた暴走シルバー・エイジ、相川絢かも知れないし、それに関係する奴かもしれない。
ただの人間をあんなバケモノに変えてしまう様な奴なのだ。
前回は何とかなったが、今回もそうなるとは限らない。
「それはお互い様だ!」
だが少女はカイムに強く言い放ち、正面を見据えた。
「あそこまで遺伝子をボロボロに弄られた輩を見ていては……!」
「あそこが開いてる……!」
眼前に見える扉が不用意に半分開いている。
そこから見えるのは無骨な鉄の机らしきもの――家庭科室だった。
「逃がさねえ!」
カイムは勢いよくドアを開き室内に飛び込む――が突然何かが飛び掛かって来た。
「う、うぉぉおぉぉ!」
質量が異様に軽く、鋭い爪を持ち、カイムの顔に鋭い爪痕を残す。
カイムは顔に引っ付いた『生暖かい何か』を必死に引き剥がそうとし、右往左往して所々に体をぶつける。
カランカランと金属音が室内に響き、後から入室した少女が未だ音を鳴らして転がるボウルを拾った。
「おお……お主だったか!」
そして嬉しそうにカイムの顔に引っ付いた『何か』の首根っこを掴み、引き剥がす。
「さすが百獣の王、ライオンだ。勇猛果敢に戦地へと飛び込み敵兵を討ったのだな」
ライオンと呼ばれた黄金色の毛を持つ猫はゴロゴロと喉を鳴らし、少女が持つボウルへと身を潜めた。
「はあ、はあ……ネ、ネコ?」
「どうだ、可愛いだろう? 物凄く可愛いだろう?」
珍しく顔をホンワカさせながら少女は猫の頭をなでまくる。
ライオンと呼ばれた猫は嫌そうに耳を動かした。
「そ、そいつが協力者……?」
「そうだが、それがどうかしたか?」
「い、いや……」
カイムは爪跡のついた頬をさすりながら、ウザったそうに少女の手を払う猫を見つめた。
「何故にネコ……てかライオン? どっちなんだ」
毛の色は黄金色だがどこをどう見てもただの猫だ。
その辺をほっつき歩いている猫との違いは特に見られない。
「分からんのか、迅葉カイム」
少女はボウルを抱えたまま休むことなく、ライオンの頭をなでまくる。
「この雄々しき姿、威風堂々とした立ち振る舞い、勇猛果敢な気性。
まさに私のパートナーにぴったりではないか」
「人語を解する奴にしとけよ……」
はあ、と溜息をつきほっと胸を撫で下ろす。逃げ込んだ奴が危険人物だったなら今頃カイムは致命傷を受けて地面に転がっていたはずだ。
それが野良猫の一撃で済んだのだ。
「……こいつは逃げなかったからな。
私は体質的に動物に嫌われやすい、そこがもっとも大きな点だ」
「なるほどな……で、他には誰もいないか、やっぱり」
「私たちが見たのはライオンだけであって、今この場には誰も存在しとらんだろうよ」
そう言いながら少女は猫を抱きかかえボウルを机に置いた。
「しかしライオンが鍵を開けたとは思いにくいからな。
どちらにしろ早々に立ち退いたほうが良さそうだ」
「……そうだな」
(こいつが、パソコンを閲覧し、赤外線を解除したとは思えない)
だがその人物はここには居ない。
もしかしたらもっと前に『仕事』を終え、逃げたかも知れないし、さっきまでいたかもしれない。だが考えても埒が明かない。
例の暴走シルバー・エイジ『相川絢』の情報が入っただけでも良しとするしかない。
「では戻ろうか、迅葉カイム」
「ああ……ってまさか帰りも」
「当たり前だ、他が開いていてはおかしいだろう?」
憎たらしくニヤケた顔が背中を向けて歩き出した。
その方向は先ほどの侵入口を示す。
その夜、二度と踏み込みたくないと誓った場所にカイムは再び足を踏み入れる事を余儀なくされたのだった。
何か大切なものをまた失ったような気がした、そんな十七歳の夜。