だからこそ物語は正しく回るのだろう。
出会いに対して解決出来る力が存在している。
なのに、自分はただの純粋な人間だ。
優良遺伝子もなく再生化すら出来ない。
この街の誰もが出来る事が自分には無い。
ジーンと出会うなら自分以外なら誰でもいいのだ。
そうすれば結果は違っていた。
「ごめんな……俺なんかと出会ったせいで……!」
自らの名前をジーンと呼んだ少女を助ける事も、手を貸すことも出来なかった。
今の街は危険だと知っていたのに、彼女の立ち振る舞いから安心してしまった。
なんとなく、彼女なら大丈夫だろうと。
だがそれは驕りであり、力のない自分の自己満足。
手を貸せるほどのモノを持っていたのなら。
力の無い自分を悲しむ事はあっても深く考えた事は無かった。
何故なら日常生活でそれほど困る事は無かったから。
友達と話してるとき、学校で生活しているとき、力は日常生活の中では何の意味も持たない。
有事の場合の戦力として育て上げられていても、今世界は停戦状態。
だから困る事のない自分に……安心しきっていた。
悔やんでも悔やみきれない現実を前にカイムは嗚咽をあげる。
「そこに居るのは、迅葉くん?」
聞きなれた優しい声が、恐る恐るカイムの背中にかけられた。
「え……?」
カイムは目元を拭い公園側に振り向く。
「もー、学校は始まってますよ?」
そこには困った顔でずれた眼鏡をかけなおしている童顔の先生がいた。
「メロウ先生……?」
保健室の白衣を着たメロウ先生は泣いているカイムを見て心配そうな表情を作る。
何も言わず草むらに足を踏み込み、カイムの隣に座った。
そして小さく息を飲む。
「迅葉くん、これは……」
「俺の……俺の友達です」
ジーンの頬に付着した血を拭ってやり、カイムは呟いた。
メロウ先生は何を思ったのか、動かないジーンを見て何かを考えた後、カイムの肩に手を置きポケットから取り出したハンカチで顔を拭いた。
「迅葉くん、この子を私の家に。すぐそこにあるから、ね」
先生は手短に言って、投げ捨ててあったブルーシートを拾い丸めた。
「早くしないと誰か来ちゃうよ?」
「は、はい……!」
カイムはそっとジーンの背中に手を回す。
全身の力が抜け切っているにも拘らず体重は物凄く軽かった。
死後硬直は始まっていないのか、腕と足はダランとカイムの腕から零れる。
敷いてあったダンボールもメロウ先生は回収した後、先導して公園から出て行く。
◆◇◆◇
細い路地を通り、五分も歩かないうちに築五十年はかるいんじゃないかと思われるほどの安い木造アパートに到着した。
四方を超巨大なマンションに囲まれ、日照権ってなんですか状態のこのアパートは雨にも負けず風にも負けず、この最先端軍事基地の一角に奇跡的に存在している。
「先生の部屋は二階です」
ギシギシと音のする古い階段を登り、今では珍しい大昔のゲームの鍵みたいな、いかにもな物を取り出して扉を開けた。
「さ、早く」
血にまみれたダンボールとブルーシートを持つ先生はジーンを抱っこしたカイムを部屋に招き入れる。
「お、お邪魔します」
部屋の造りは四畳。玄関から突然リビングになっていて、申し訳程度にキッチンが備え付けられているが使われた形跡は無い。
むしろ数十年前から洗い物を放置しているのでは? と思えるほど茶碗やら丼が積まれ奇跡的にピサの斜塔を形成している。
所々が焦げた畳の上を歩き、ビール缶と書類で埋まっているちゃぶ台の前でカイムは止まった。
「す、凄いですね……」
「独り暮らしなんてこんなものですよ?」
そう言って適当にちゃぶ台を押しのけ、部屋の隅に追いやられていたうっすい敷布団を敷いた。
こんな非常事態になんだが、学校では天使の笑顔を振りまいているメロウ先生が『こんな』だと知れ渡ったら、果たしてどうなる事か。
「迅葉くん、その子をここへ、あとお湯を沸かしてください」
落ち着いた、だが重みのある声でメロウ先生はカイムに指示を飛ばす。
「でも、ジーンは……」
思いたくないが、もう、ジーンは――動かない。
しかしメロウ先生はそんなカイムを見て優しく微笑んだ。
「せめて綺麗な体にしてあげたいでしょう?」
いたたまれない様な、やりきれない表情でメロウ先生は呟く。
「はい……そうですね」
先生の厚意に感謝しつつカイムはキッチンに放置されている鍋を見つけ、食器の山から水道水を汲み、ガスコンロに火を入れる。
その間にメロウ先生は押入れからガーゼや包帯、針や糸、手袋などちゃぶ台に並べていた。
「迅葉くんの大切なお友達だから説明するね。これから裂けた場所を縫合します。そして体をきれいにして、服も洗濯しちゃいます、それで大丈夫かな?」
「はい、お願いします」
カイムは深々とメロウ年生に頭を下げた。
「ううん。気にしないで」
困った顔を浮かべメロウ先生は笑った。
口を開きかけ何かを言おうとしたが、結局は何も発しなかった。
だからカイムは聞いてしまったのだろう。
「聞かないんですか?」
「何をですか?」
何の事か本当に分からない様に、メロウ先生は口元に人差し指をあてワザとらしく首を捻る。
「俺が何であそこに居たとか……ジーン……こいつがどうしてこうなったとか、関係とか……」
「気にならないといえば嘘にはなりますが、誰だって隠し事の一つや二つあるものだと先生は思います。それが青少年なら尚更。勿論、落ち着いたら詳しく聞かせていただきますが――今は、いいです」
「……すみません」
「先生と言うのは生徒の為にいるのですから、頭を下げないで下さい。と、そうだ。迅葉くん、今日の学校はもういいから、ちょっと買い物に行って来て下さい」
「はい? でも俺は……」
変化の無いジーンを見て、出来ればここから離れたくないと思った。
現実は理解しているが、今にも起きだしそうな気がしてならないから、離れられない。
「はい、お小遣いです」
と、五千円札を無理やり手渡してくる。
「縫うには、その、服を脱がせる、から、ね」
メロウ先生は当たり障り無く何とかカイムに伝えようとする。
どうやら数時間は外に出ていて欲しい様だ。
「終わったらケータイに連絡を入れますから、迅葉くんはどこかで休んでいてください、くれぐれも危ない事には首をつっこまないよーに」
「う……わかりました。ジーンをお願いします、メロウ先生」
余計な事はしないようにと念を押されカイムはジーンを残してメロウ家を後にする。
バタンと閉じた木の扉は重々しくギィーと鳴いてカイムを部屋から追い出した。
無理やり手渡された五千円を見て、ポケットに無理やりねじこむ。
どこかに行けと言われたが、行動する気力が湧いてこなかった。