手は震えていた。
服従を超え、恐怖が舞い降り始めたのだ。
己を越える生物を前にして生物は服従か恐怖を覚える。
この子の縫合を終える頃には全身から汗が噴出していた。
メロウは汗を拭くのも忘れすぐさま立ち上がった。
いつの間にか停止していた洗濯機から洋服を取り出し乾かそうとしたが、衣類は外界の気温ですっかり乾いていた。
知らぬ間にそれほど時間が過ぎていた。
仕方なく皺になった服を叩いて伸ばし、今にも動き出しそうな少女に服を着させていく。
心なしか連れて来た時よりも血色が良い気がする。
(や、やめてくださいよ……ゾンビとかは信じないんだから……)
顔をひきつらせながら、メロウはマフラーを最後に巻き布団へと再び寝かせた。
こうして見ると等身大のフランス人形のようで、とても美しい。
勿論それほど不気味とも言えるのだが。
「ふう……」
どっと腰を落とした瞬間、ジリリリリリリリリッ! とけたたましい音がメロウの心臓を突いた。
「わひゃああ!」
意識がブラックアウトするのかと思えるほどの電流が体を駆け巡り、バクバク言っている心臓をメロウは押さえる。
未だに旧型電話の着信音を鳴らす携帯電話を缶ビールの山の中から手に取った。
「は、はいメロウです」
携帯電話なのに自分の名前を言うのは家電しか無かったときの癖だ。
電話の相手はやけに軽い口調で矢継ぎ早に伝言を告げる。
「……そうですか。
けれど以前に説明したとおり彼女は昼間は行動出来ないはずです、ええ。
活動するならもうすぐかと――私もです?
さっきも探してましたよ……いえ、そういうわけでは。
ほら、非戦闘員ですから、役に立てないと、それに――」
メロウは今にも動きそうな少女に視線を落とす。
このまま放っておいて良いものか。
すぐに迅葉を呼べば問題ないだろうが、この子は何処かおかしい。
そんな子の近くに迅葉を置いておくのはどうも気が引けた。
「不測の事態が――…………………………分かりました、私も出ます、いえ怒ってはいません」
電話口の相手がまだ喋っているにも関わらず、メロウは一方的に通話を終了し携帯を座布団へ投げ捨てた。
そして足首へ乱暴にテーピングを巻き始める。
(まだ暴走してるなんて)
シルバー・エイジ化したまま破壊活動を繰り返している他校の生徒『相川絢』に襲われ、足を挫いて数日。
自分では止められないので『上司』に捕獲を依頼していたのだが、事態は予想以上に大きく膨らんで来ている。
(警備軍に殺される前にこちらで回収しなくちゃ……)
何故今までに見たことの無い症状『暴走』が起きたのか、これは偶然のはずがない。
それは研究者としての勘だが間違いではないだろう。
何も知らない末端の警備軍に抹殺されては真実までもが消えてしまう。
ガリアドアの自国監査組織『不可視の梟』として現状を把握、ガリアドア本国に詳しい状況を報告しなくてはならない。
それに個人的な感情だが。
(生徒を見殺しにはしたくないですからね)
先生のフリではあるが憧れた職業だ。
せめてそのくらい全うしても罰は当たらないだろう。