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第24話 日常への襲撃

「失礼します……って、ほんとに居ないのか、無用心だな」


 メロウのアパートに戻るなりカイムは部屋を見渡した。


 メロウ先生はカイムに戻って良いよと伝えた後『私は急用で学校に戻るから鍵は開けておくね。出るときは鍵を郵便受けに入れといてください』とだけ告げて一歩的に電話を切ってくれた。


 優しい人なのだが、相変わらずマイペースなところがあるなあとカイムは思いつつ靴を脱ぐ。


 ジーンに繋がるものがないかと街を当ても無く歩いたのだが、やはり何もつかめず気分転換にもならなかった。


 カイムは枕元に駆け寄りその姿に安堵する。


 髪に付いた血痕は消え、衣類の乱れも無くなり、出会った頃のジーンに戻っていた。


「これじゃまるで眠り姫だな……」


 その割には幼すぎる気もするが、こうして穏やかな寝顔に戻っているとお姫様に見えないこともない。


 ジーンの両手は胸の前で組まれ、まるで祈りを捧げる聖女のようでもある。


「メロウ先生に感謝しないと」


 何も聞かずにジーンを匿ってくれた、縫合もしてくれたし洗濯もしてくれた。


 学校でも毎日のように手当てしてもらい世話になっている。


 いくら頭を下げても下げたりないくらいだ。


「ジーン……ごめん。お前に繋がるもの何も見つけられなかった」


 金髪の隙間から微かに覗く額にカイムは手を置いた。


「これでこの話も終わっちまう……」


 額はやはり冷たい。


 熟睡しているようにしか見えないのに、血液が流動しだす事はなかった。


「もう少し、ほんの少しだけでも一緒にいられたら、何か違ってたのかなあ……」


 普通すぎる遺伝子を持ったただの人間と、迷い込んだ謎の少女。


 この終わりがどこに向かうのか分からなくても、カイムはそこに行き着きたいと思った。


 ただ興味本位で最後まで見てみたいと考えていたわけではない。


 いや、初めはそうだったかもしれない。


 不思議な出会いがあり、日常から外れた出来事を経験した。


 それが単純に楽しかった。


 だから最後まで付き合えば、もしかしたら、もしかしたら何かが自分の中で変わる――見つけられるかもしれない、だからここまで踏み込んだのだと、非日常を無くした今だからこそ思えた。


「もしかしたら、俺はお前みたいになりたかったのかも知れない」


 それはジーンだけに限った事じゃないかもしれない。


 この基地に住む住人は全てがシルバー・エイジ。


 残りの大人たちは特殊訓練を受けた軍人だ。


 そんな人たちを今まで羨ましいと思ったことは特になかった。


 シルバー・エイジになれればどれ程便利かと思った事はあるが、心の底から願ったことなど一度も無かった。


 だって、それには絶対になれないのだから。


 なら憧れるだけ無駄、考えない方が楽に生きて行ける。


 けれどジーンに会ってしまった、相川絢に遭遇してしまった。


 力の必要性に迫られ――そして知ってしまった。


 自分がどれ程『非』に執着していたのか。


 毎日が平凡でそれでいいやと考え――何も考えようとせずにただ日々を消化していた。


 いつしか『非』に対する思いも固執も胸の奥へと消え去っていた。



 けど今なら分かる、ジーンのような者と出会い気付いた。



 どれ程『非日常』に憧れていたのかを。


 だからこの件から離れられなかったのだろう。


 自分が『非』を内包出来ないのならば環境が変われば良いだけの事。


 普通しか持てない者は、異常に憧れるのだ。


「――ん?」


 カン、カンッと錆び付いた鉄の階段を上ってくる音がカイムの耳に届いた。


 その音はやけに重く速度も遅い。


「やっと帰ってきたのかメロウ先生」


 玄関を開けに立ち上がろうとしたとき、部屋が思いの他暗くなっている事に気が付いた。


 ジーンを眺めている間に夕方から、夜へと時間帯が移行していたのだろう。


 天井に付けられた蛍光灯から伸びる紐をカイムは引っ張り、部屋に明かりを灯した。


 その間も重い足取りは鳴り続け、やっと二階に到着したようだ。


「随分よろよろしてんなー」


 学校の先生がどれほど家に仕事を持ち帰るのか知らないが、まるで大荷物を背負ったような足取りだ。


 ギシギシと音を鳴らしてはたまに柵にぶつかり、鉄の鈍い音を響かせている。


(礼に掃除くらいさせてもらうか)


 これほど散らかった部屋なのだ。


 全て綺麗にすれば少しは礼の足しになるだろうと思い、カイムは靴を履いて、ドアノブに手をかけ、


「きゃああああああああぁぁあああああああaaああああAあああっああああ!」


「っっ!」


 ガラスを爪で引っかいたような音が突然鳴り響き、廊下側に面している窓という窓が全て爆裂する。


 ガラスの雨が舞い散る中、突然ドアが真っ二つに裂けた。


「な、なんだ――!」


 銀色に輝く、重量のある両刃の西洋刀が一本、力任せに木製のドアを喰いちぎる。


「ああああ、マ、マ、ママ――あああああ」


「くっ、あ、相川絢!」


 乱暴に振り下ろされた刃は木に食い込み、なかなか部屋へと侵入できずにいる。


 カイムは扉に伸ばした腕を多少斬られたが、致命傷には至っていなかった。


 この程度なら何の問題も無い。


 土足のまま部屋へと戻り、寝ているジーンを拾い上げる。


「何でここが分かったんだ……!」


 部屋を見渡し脱出経路を探る。


 だが当たり前のようにこの部屋の入り口も出口も、相川が攻め込んできている一つしか存在しなかった。


(残る道は……いや、無理だろう!)


 視界の先には全く陽が差してこない窓があり、隣はビルだ。


 人が飛び降りる程のスペースはあるが、少女を一人担いだままで飛び降りるには気合いと根性が必要だった。


「タスケ、タスケ、テ……アケテ、アケテヨオオオオオオオオオ!」


 引き抜かれた剣は勢い余って彼女の背中の柵をも両断する。


 そして大きく振りかぶり半壊した、扉の横の壁をぶち抜いた。


「相変わらず強引じゃねーか……!」


 ボロボロと落ちる壁を剣で何度も叩き壊し、ゆらりと相川は室内へと一歩踏み出した。


 その姿は以前と変わらず、血に染まり、肉体はボロボロに傷ついている。


 前髪で瞳は隠れ口元だけが感情を表しているようだった。

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