細身の体からは想像もつかない程力強く、相川はカイムを真正面に投げ捨てる。
自らがぶち壊した壁の中へと。
ドゴンッ、と鈍い音が飛び出してきて相川もその後を追う。
壁の内側はビルの地下駐車場へと繋がっていた。
何十台もの車が所狭しと並べられており、天井は思いのほか低い。
こもった熱気が駐車場の中に充満しており、相川は苦しそうに体を折る。
「きゃあああああああああああああああああああああああああ!」
高音域で叫んだ瞬間に空気は振動し、地面に沈殿していた埃が舞い上がった。
車は震動に揺れ、空気は循環し新鮮な空気を外から招き入れる。
空気が入れ替わっていく事に満足したのか、再び彼女は歩みだした。
黒塗りの高級車の屋根に飛び移り剣を振り下ろす。
そして目についた物体を気の向くままに切り裂き始める。
背中の方で爆発音が鳴り響いたかと思うと、突然赤い炎が上がりだした。
黒い煙が徐々に昇り天井に溜まっていく。
それでも相川は自由気ままに歩き車を破壊していく。
と、足を止めた。
煙の中に浮かぶ人影が見える。
また一つ爆音が響き、グワングワンと鉄が地面に落下した音が駐車場にこだました。
「あ……あああああ……」
首を何度か回し、眼を見開く。
「本当に、シルバー・エイジって人種は強いんだな……こんな実戦は初めてだ」
地面に膝を付きながら肩で苦しそうに息をする影――迅葉カイムは、ジーンをしっかりと抱きかかえ相川の瞳を睨む。
「街の九割は……相川絢、アンタと同じシルバー・エイジだ。
俺はただの人間。
どこも改造されてない純粋な外の奴等と同じだ」
相川はまだ動く障害物を認識すると、ゆらゆら左右に揺れながら前進を開始する。
「けど、不思議だよな……そんだけいるのに、今、ここには『俺』と『アンタ』しかいない。
アンタを助けられるのは俺しかいねぇんだ……!」
震える膝で立ち上がり、額から流れる血を拭わずに、ジーンを両手で持ち上げる。
「……助けてやるよ、シルバー・エイジ相川絢」
奥歯を強く噛み、出来る限りの余裕の笑みで笑って見せる。
「そんな再生、停止させてやる」
剣を構え走ってきた相川を前にカイムはギリギリの位置で避ける。
避けた拍子に後ろに止めてあった車のフロントカバーが奇妙な形に捻じ曲がった。
次に左右に切り払われた剣を避け、カイムは近くの車の陰へと逃げ込む。
逃げる事だけを念頭に置けば、たとえジーンを抱いていたとしても乱暴に振り回される剣は回避できた。
相川の放つ剣は必ずしもカイムを破壊しようとしている訳ではない。
まるでトンボを狙う子供のように、とりあえず振ってみては『当たっている』その程度の事だ。
そこに思惑が無いためしっかりと動きを見極めれば、何とかなるものだった。
(そうだ、壊せ、壊しつくせ)
こんな動き普段ならば絶対に出来無いだろうが、とカイムは心の奥でぼやいた。
黒煙が支配し、炎が燃え盛る駐車場、相手はシルバー・エイジ。
ここまで理解したからこそ、腹をくくって対処できるのだ。
諦めとは違う、心の奥底にある水が澄んでいくように意識はクリアになっていく。
相川の攻撃は止むことを知らない。
駐車場の柱を真っ二つに折り、コンクリートを四方八方にばら撒く。
高音域のパニックボイスを発し、超震動で大破した車を粉々に分解、どれも当たれば一撃で死に見舞われるのに、カイムの思考は恐ろしいほどに恐怖していなかった。
(俺もとうとうおかしくなったか……!)
支離滅裂の言葉を喚く相川の姿は、まるで子供が泣き叫んでいるようだった。
火の手は爆発してから次々と隣の車へ移って行く。
燃えてはガソリンに引火し爆発、炎上。
この駐車場が火の海になるのも時間の問題だった。
「う、うあああああぁぁぁ」
相川は叫びながら火の海の中、カイムを追う。
その動きは初めの頃より鈍く、本当に死人のような足取りだった。
室内は異常なほどの熱気に包まれ、酸素は瞬時に燃やし尽くされる。
カイム自身の視界も徐々にぼやけていくのが分かった。
頭がガンガンして吐き気がこみ上げて来る。
それでもカイムは逃げ出すことなどせず、ジッと凶剣を振り回す相川を見つめながら、爆発を誘発させた。
室温が上がるたび、相川の動きが鈍くなっていくのが手に取るように分かる。
彼女の体は鉛でも付けられた様に鈍足になり、振り回している剣の重みで己の体が振り回されるほどになっていた。
「相川、もう大丈夫だ……もう少し、もう少し……!」
己の力が制御できない相川を見ながら、カイムは足を止める。
両腕に抱えたジーンは異常なほどに冷たくて、まるで氷のようだ。
周りの熱にも影響されない彼女の体は、この状況下ではカイムの意識を保つのに大いに助かった。
皮肉な事にジーンの体温が生者のカイムを生かしている。
「あ、ああああアアアアアあ。あ、あーー、もえる、モ、エルよ……お」
ガラン、と剣が地面に垂直に垂れたのが分かった。
相川は地面に膝をつくことなく、ただフラフラと電気の切れたロボットのように立ち尽くしている。
そう、まるで初めて出会ったあの時のように。
「せ、成功……した」
燃え盛る炎を背に背負い、相川の動きが止まった。
カイムは咳き込みながらやっと口を覆う。
相川の熱量を上げることばかりを考えて行動していたから、相当有毒ガスを吸ってしまっている事に気がついた。
「湯沸かし器の熱は約百℃……そのくらいで足止めできるんだからもしやとは思ったが……な、なんとか、なったな……」