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第32話 全生物の平和《ピース・オブ・ガイア》


「……話は変わるが、この世界のパワーバランスを把握しておるか?」


「ああ、大体はな」


 過去の日本――現ガリアドア帝国サンイースト州から太平洋を越えて東へ行くと巨大な一つの大陸があり、それがガリアドア帝国。


 カイムと同い年ほどの女皇が国を治めている。


 テレビで見たことはあったが印象はとてもゆったりとしていて、他国を力任せに侵攻ばかりするような人物にはとても見えなかった。


 そしてサンイースト州から西は中国とヨーロッパ連合が睨み合っている。


 お互いの力は均衡を保たれているといってもよい。


 南アフリカ大陸だけが先進国に遅れをとってはいるが、現在どことも手を組まずに発展に力を注いでいるのが現状だ。


「そこで核を保有している国は? 数は?」


「――ガリアドアだけでも六千発……全世界をあわせるなら一万を超える……」


 ハッとカイムは顔をあげる。人間の持つ特性の話から現在の世界情勢。


 この話の流れから察せられるものは――。


「もし撃ち合いになれば人類もろとも世界は消滅と言っても過言ではないだろうな」


 呆れた表情でジーンは苦笑する。


「だ、だけど、それでも世界は今を保ってる。

 戦争は避けられ、平和が維持されている」


「なら御主達はなんだ? この街の意味は?」


 追い詰めているのではない、矛盾を埋めるようにジーンはカイムに問いかけた。


 カイムは何も言い返せず、ぐっと息を飲む。


 自分たちはサンイースト州に作られた五つの軍事基地の一つ、東北駐屯地内の学生だ。


 その存在意義は『有事の際の決定的な兵力』にある。


 銃よりも強力で人知を越えた力。


 肉体を改造し、敵対する勢力に対しての核以上の抑止力として存在すること。


「遅かれ早かれ世界を巻き込んだ争いは起きる、分かっておるのだろカイム」


「……ああ、思いたくはないけどな」


 人を殺すために作られた人だなんて。


 それが本能だとしても、そんな言葉で片付けられるはずがない。


「だから私は存在する」


「あ……?」


 あの教室で見せたような表情を浮かべ、ジーンは小さく笑った。


「私の体には約二千万種以上の遺伝子が打ち込まれておる」


「二千万種だって?」


 あまりに膨大な数字を言われたことでカイムは実感がつかめず困惑する。


「まあ判明しているだけの生物の遺伝子を……だ。

 本来はもっと多いと言われておるよ」


「けど、打ち込まれてるって……てことは何か?

 その体は植物でもあるし動物でもあるし魚でもあるってことか?」


 こんな人体改造の街に住んでいるのだ。

 人魚や狼男の都市伝説が絶えないのだが、まさかそんな胡散臭いものをフル装備している人間が存在しているとは。


「私の体は特殊でね。

 本来青い薔薇が咲かないように、致死遺伝子というものが生物には存在している。

 それさえも無視して私の体は遺伝子だけを蓄えることが出来る。

 肉体の形にも影響を出さずに、まっとうな人間としてな。

 ただ蓄え保管する。

 言うなれば『遺伝子保管者ジーン・ホルダー』だ」


「『遺伝子保持者ジーン・ホルダー』……」


「その副作用のせいかも知れぬが、どんな生物の遺伝子でも見れば理解できる。

 理屈は全く分からんがな」


 ニヤッと笑いジーンはカイムを見上げた。


「他の研究機関に調査されぬよう……死なないよう体を弄繰り回されておる。

 保管者として『有機物のままの箱』でないと意味が無いらしい。

 数百年生きとるが、言ってる言葉の意味は分からん。

 しかし学者が言うからそうなのだろうよ」


 自分の小さな体を冷めた眼でジーンは見回した。


 白すぎる肌に、マフラーに巻き込まれながらも金色で流れるようなストレートの髪。


 命ある者なら誰もが卒倒するような顔の形。


「改めて自己紹介をしよう、カイム」


 ジーンは椅子から立ち上がりカイムと目線を合わせる。


 ベッドで上半身を起こしているカイムとジーンの身長は大体同じくらいだった。


「私は『全生物の平和ピース・オブ・ガイア』のサンプル、個体ナンバー<01>だ」


 その瞳はどこか冷たくて人間からかけ離れている。


 いや、逆に人間らしい感情が渦巻き、全てを押し殺している様にもカイムには見えた。


「すまないカイム。巻き込みたくはなかった。

 何と言っても初めての対話者だ。楽しかったぞ」


「お、おい……まさかまた行っちまうのか……?」


「その為に私は来た。

 この世界から生物が消えてもどこかで再び生物が繁栄できるように――」


「おい、待てよジーン! お前いつも勝手に……!」


 ベッドから飛び降り、去り行くジーンに近寄る。

 傷ついた体は今だギシギシと悲鳴を上げるが気にしてはいられない。


「安心しろ、死にはしないし危険もない。

 それにこれは誰にも言ってないのだぞ?

 カイムだから教えた。嬉しく思え」


 背中を見せるジーンへと手を伸ばしカイムは彼女を引き止めた。


「ダメだ、もうこれ以上――そうだ、少し俺の家にいると良い。

 それにほら他にも友達できるかも知れねぇだろ!」


 思いつく言葉を投げかけ必死にジーンを呼び止める。

 またここで行かせてしまっては本当に二度と会えない気がするのだ。


 しかしジーンは何も応えずに、病室のドアを見つめたまま何も言わない。


「ジーン、お前多分外は初めてなんだろ?

 だったらもっと色々見ようぜ。

 分かるところなら連れてってやるから――」


「……すまぬ、『お主』との話はこれにて終演だ」


 そっとカイムの手にジーンは手を重ねた。

 相変わらずその手は冷たく氷のようだった。


 病室から出て行くジーンを追おうとするがカイムの足は徐々に失速し、ドアの前で立ち止まった。


 何も言えずベッドへと戻ろうとする、窓の外に白衣の男が二人見えた。


 二人はどこか怪我をしているようで体を庇う様に歩きながらジーンに話しかける。


 そして車に乗り三人はどこかへと消えてしまった。


 窓枠に拳を叩き付けると左手が悲鳴を上げる。


 だがカイムは何度も何度も腕を叩き付けた。


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