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第33話 長い旅路の終着点

 白塗りのトラックは住宅地を抜け大通りに出る。


 車内には白衣を着た研究員が二人と後部座席にジーンが座っていた。


「<01>を確保しました。

 今からそちらに向かいます」


 助手席の男は手短に事実を伝え携帯電話を切る。


 喉元には剣で斬られたような痣が見え、以前私を運んでいた奴等だな、とジーンは理解した。


「後はEGの最有力候補者だけか……」


 ポツリと運転席の男が呟く。


 ジーン自身、これから何の為に自分が何をしなければいけないのか理解しているつもりだったが、聞きなれない言葉に疑問の念を抱く。


「なに、時間の問題だろう。

 ガリアドアの研究者では真意までは気付かん」


「だといいがな」


 運転席の男は苦々しく言いそれ以上何も言わなくなった。


 車内は静まり返り緩やかなエンジン音だけが耳に届く。


 男二人は時折、小さなビンを取り出しては錠剤を口に入れ、噛み砕いていた。


 ジーンはそのラベルに見覚えがあった。


 回復増長剤だ。


 ジーンや遺伝子操作を受けていない人間があれほどの怪我をして動けるようになっているのはおかしいと思ったが、薬で無理やり体内の回復能力を上げているのだ。


 南極の『全生物の平和ピース・オブ・ガイア』で開発されたそれは、その度に細胞を活性化と老化を繰り返すで所員ですら服用している人間は余りいない。


 相変わらず平和という名の下に危険なものを使っているのだなとジーンは思う。


 車は何度か角を曲がり人通りの少ない道を走る。


 フロントガラス以外は真っ黒のシートが窓に張られていて景色を確認する事は出来なかった。


 ジーンは何も映らない窓をジッと眺め、たまに目を伏せる。


 目蓋を閉じれば再び開くのが嫌になるほど重かった。


 病院でずっと起きて……結局は眠ってしまっていたわけだが、今になって疲労が体にのしかかってくる。


 落とした血液とここまで活動する為のエネルギーが不足していて体は睡眠で補おうとしていた。


 再び目を開くとフロントガラスの景色は変わっていた。


 全面がコンクリートで覆われ、長い長いトンネルをただひたすら下っていた。


 そして数分もしないうちに車は停車し、運転席の男は窓を開けて話を始める。


 どうやら車の外に誰かがいるようだ。


 本人証明を終えた車はそのまま巨大なエレベーターへと進み、車ごと格納され、上昇とも下降ともつかない震動を得て、再度発進する。


 そして――停車した。


 研究員二人は車を下りジーンが乗った後部座席が開く。


 それは長い旅路の末の降車のサイン。

 ジーンはマフラーで口元を隠し無表情に地面へと足を下ろした。


 男二人を先頭にだだっ広い格納庫を歩く。


 真っ白な壁一色だった南極の研究所とは違い、こちらの研究所は実に色味が無かった。


 灰色のコンクリート一色に天井も壁も覆われていて、敷地の広さが航空輸送機数台は余裕で並ぶのではないかと思えるほど広かった。


 天井も高く、無駄に広いなとジーンは思う。


 前方に見える核シェルターのような巨大なシャッターが徐々に迫り上がっていき新しい道が開けた。


 先頭の二人は突然背筋を伸ばし体に緊張が走る。


 ジーンからは二人の背が邪魔して前方の光景が見えなかった。


 と、視界が開ける。


 運んできた二人がジーンの両脇に移ったのだ。


「やあ、ご苦労、僻地のお二人さん」


 視界の先に立つ人物は口元を歪め明らかに憎たらしい顔で研究員二人を出迎えた。


「へえ……これが<01>か。

 遺伝子保管者なんて大層な名前で呼ばれてるからもっと違う物を想像していたけど、ただのガキじゃないか」


 ジーンの前に立つ白衣を着た少年は新しい玩具でも見るように笑う。

 黒髪が右目にかかり、いかにもうざったそうだ。


「おい、何とか言えよ。モルモット」


 同じ背丈の少年はジーンに近づくなり、おもむろに足を踏んだ。


「……はっ。コミュニケーション能力は無いのか?」


「感情を植えつける事でバランスを崩す事が考えられます。

 プロジェクトに影響が出ないようにとの配慮です」


 少年はつまらないものでも見たように、運んできた男たちを見てジーンから足をどけてやった。


「言われなくても知ってるよ、貴方達の資料は読んだ。

 凡人の考えそうな事だが効率は良い。

 運べ、これからシンクロ率を計る。

 その後EGとの微調整。

 LGは予備としてデータだけは残しておけ」


「了解しました、ヨシュア所長」


 ヨシュアと呼ばれた少年に付き添っていた白衣の研究員二人が、ジーンをシェルター内へと招き、ジーンは黙ってそれに従った。


「それで最有力候補者は――」


 後を追う研究員はヨシュアへと口を開く。


「まだだ。まったく……使えない奴らだよ。

 動けない女一人すぐに奪ってこれないなんて、あれが無きゃ話にならない」


「しかしガリアドアの軍事施設内。余り大事には……」


「馬鹿だな凡人。考えろ、その為の脳味噌だろ?

 何故『全生物の平和ピース・オブ・ガイア』の研究所支部がガリアドア施設内にある」


 話しかける人物など見もしないでヨシュアは憎々しげに正面だけを睨む。


「それは……物資の確保や灯台下暗しといった利点があり、素材の調達も困らない為と……」


「死んだほうが良いな凡人。

 研究とは常に政治が絡む」


 研究員は拳をきつく握り締めたが、何とか拳を再び収める。


「なに……じきに素材は届く」


 引きつるような笑いを浮かべヨシュアは男との会話を一方的に打ち切った。


 シェルター内の研究施設は何棟かに部屋が分けられており、どれもこれも大きなビルに相当し、その全てに番号が振ってある。


 その中の一つ『壱』に辿りつき、重々しく鉄の扉は開いた。


「では、『プロジェクト・ノア』を始めようじゃないか」


 やけに芝居がかった動きでヨシュアは両手を広げジーンを室内へと呼び込むのだった。




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