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第39話 希望なんて見せつけるな

「どうした無感情なんだろ?」


 ヨシュアは様々なコードに繋がれたジーンへと映像を見せていた。


 今のジーンは全身を体のラインにフィットした黒色のスーツを着せられ、機材の塊となったベッドへと立たされ斜めに繋がれていた。


「あのガラクタ、何のために来たんだろうなぁ?」


 ニタニタと笑い顔をジーンへ近づける。


 ジーンは表情を変えず連れ去られていったカイムの映像を目に焼き付けていた。


「初めはガリアドア自国監査組織『不可視の梟ヒドゥン・オウル』かと思ったけど、ガリアドア製の武装は無い。

 ならば旧日本再編組織『天照アマテラス』かと思えば、そんなそぶりを見せやしない。

 あそこは過激派だからね、自爆くらいはやってのける」


 ヨシュアは芝居がかった動きでジーンへと背中を見せ、再び振り返る。


「なら……何者だ?

 この街の者は成長過程における年齢の者は全てがシルバー・エイジだ。

 だがプロジェクト・ノアの情報を手に入れられるはずはない……なら何しに来たんだろうね、あのガラクタは」


 前髪をかきあげ無表情で口をしっかりと結んだジーンを見た。


「……お前の為か。

 何処でそうなったかは知らないが」


 ジーンの体を覆う黒のスーツに流れる流線のような緑のラインが薄く発光する。

 彼女の見た目に反応はないが何かに呼応するかの様に光を強くする。


「やはりな。凡人などに理性と精神のカットが出来るはずが無いんだ。

 ヒトはこれだけデカイ脳味噌持って普段活用してるんだから」


 無表情を保つジーンにヨシュアは近寄り口元を掴む。


「別に感情が無い方が都合が良いって考えを否定しているわけではないよ。

 その方が扱いやすいしな。

 けどそれが凡人だと言ってるんだよ。

 あるなら利用しなきゃ、ある程度の脳味噌を持っているなら感情はどんな生き物だって持ち合わせている。犬でも猫でも。

 だが感情を上乗せし、行動に力を付加させる事が出来るのは人間くらいだよ」


 ぎりぎりと締め上げ投げ捨てるようにヨシュアはジーンから離れる。


「それで良いモルモット。その方がEGには都合が良い。

 もっと悔しがれよ。

 何と言ってもお前の為にあのガラクタは死ぬんだから、感情の芽を育ててくれ」


 自動ドアを抜けヨシュアは部屋を出て行った。


 部屋にはジーンと定期的に明滅を繰り返す機器だけが取り残される。


 耳鳴りのような電子音が響き、静かに部屋を満たす。


「……くっ」


 ここで初めてジーンは表情を崩した。


 口元を強く噛み、苦々しい物でも食べたような顔だった。


「別れた者の為に追ってくるでない……!」


 ジーンは右腕を機械から外すかのように力任せに持ち上げる。


 しかし拘束具は固定されたか細い腕を外しはしなかった。 


 同様に左腕も暴れだす。右足も左足も。


 固定されていない頭を振り乱しながら、ジーンはベッドで暴れた。


「うああぁ、うっ、うああああああ!」


 鎖に繋がれた重罪人の如くジーンは周りを気にせずに鎖から逃れようとする。


 だが彼女の力では何一つ微動だにしない。


 それでも大声を出しながらジーンは体を揺らす。


 体の奥底から湧く感情を否定するように、いつまでもいつまでも叫ぶ。


「うあああ、う、あああ!」


 名前は無かった。


 道具としての存在しか認められなかった。


 それでも恐れられ、誰も人として接する者はいなかった。


 唯一育ての親としていた二人の人間は殺された。


「うがあ、はっ……はっ……うううううあああ!」


 自分は生まれた時から死んでいたようなものだ。


 産みの親はいない。


 フラスコチルドレンとして試験管の中で生成された。


 どこぞの女優とスポーツ選手の合成らしかった。


「認めるな……認めん……認めない……!」


 体を弄繰り回され、遺伝子を打ち込まれる日々。


 南極という氷の牢獄から出ることはできず、毎日を受け入れるしかなかった。


「こんな感情……知ってはダメだ……」


 いつか訪れる長い旅路まで彼女は封印されていた。


 生まれた時から一人なのだ。


 研究者が年老い死に変わりゆく中、彼女だけが何も変わらない。


 死ぬ事すら選べない。


「いまさら……希望なんて見せつけるな……!」


 肩につくほどの金髪を最後に大きく振り乱しジーンは動きを止めた。


 存在していない者に名前などいらない。

 存在していない者に友達などいらない。

 存在していない者の為に傷ついていい者などいない。


 頬を伝い温かい水滴が重力に従い流れていく。


 生まれて初めて流れた涙だった。


 いまさら助かろうなんて微塵も思ってない。


 ジーンという名前、カイムと逢えたこと、ライオンに出会えた事、この数日、その思い出だけで一生を過ごしていけるとジーン自身嘘偽りなく思っていた。


 だから怪我をしたカイムから離れ此処へ来れたのだ。


(私なんかがそれ以上望んで良いはずがない……!)


 なのに彼はそれをさせてくれない。


(私は諦めたのに、期待なんて言葉大嫌いなのに)


 深入りしないように適度な距離を測っていたつもりだったが、ずかずかと勝手に踏み込んでくる。


 しっかり離別を口にして自ら歩んだはずなのに、それでも彼は追ってくる。


 こんな自分の為に、何処までも追ってくる。


 思ってはいけないのに、勝手に脳は映像をフラッシュバックさせ、ジーンの心を締め付けた。


(なのに……何でこんなに……)


 胸は苦しく、それでいて嬉しいのだろう。


 現実というのは本当に思いどうりに行かない。


 それがこんなにも愉快な事だとジーンは久々に思い出し、自嘲的に笑った。


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