「どうした!」
室内に入るなり肌を焼くような熱がヨシュアを取り巻いた。
異常な熱気に包まれたその部屋はこの研究室で一番面積を占めている。
高さもほぼ地上近くまであり前面をコンクリートで固められ巨大な箱のような部屋だった。
その部屋の奥にそびえる巨大な影から、夥しいまでの蒸気が垂れ流されていて部屋は真っ白な霧に包まれていた。
ヨシュアは手短なパソコンの前に座る研究員を押しのけ椅子に座る。
カタカタと何かを操作したかと思うと、ゴォォォと響く機械音が徐々に室内の霧を吸い込んでいった。
「EGが拒否反応を示しています。ヨシュア所長、やはり彼女との同期レベルを下げた方が――、」
「黙れ!」
近寄ってきた研究員を払いのけヨシュアは『それ』に向かう。
「この軍事基地で最高の素材だ。内部燃焼機関を持ち、永久機関へと利用できる。なのに何故、拒む、アースギア……!」
ヨシュアが手すりに手をかける。
払われた霧の中から姿を現したのは巨大なロボットの顔だった。
鋭角的で流線的なフォルムに三メートルはあるであろう頭部。
残りの箇所は人口水槽の中に沈んでいるが、相当な大きさが伺えた。
「もう一度、一番から一二番まで再開、EGからエイジエンジンへの<01>データ量を抑え、EGとエイジエンジンの同期を上げ安定させろ。眠っていてもパーツには変わりない」
分かりましたと研究員達は再び自らの部署へとついた。
手すりを伝いヨシュアはそのまま鉄の階段を下り水槽を横目に足元へと降っていく。
その際巨大水槽を何度か見たが、厚さ数十メートルある水槽に深い傷跡が付いていて、EGが何度も暴れた事を意味していた。
だが問題は大分取り払われたと彼は理解する。
EGと初接続した際逃げ出したシルバー・エイジも取り返し、南極から輸送していた<01>も数日の行方不明ののちガリアドアに気づかれる前に手元へ収めた。
『全生物の平和』へ協力的なガリアドアの連中にはそれ相応の科学技術を提供してやったから問題ないとは思うが、自国を見張っている『不可視の梟』に見つかっては意味がない。
そのまま本国ガリアドアに輸送されてしまえばプロジェクト・ノアは頓挫してしまう。
『全生物の平和』が訴え続けているプロジェクト・ノアが失敗するのはどうでもいい。<01>がガリアドアの手に渡りどうなろうと知った事ではない。
だが、ヨシュアにはどうしても許せない事があった。
EGがガリアドアの手に渡る事だ。
それだけは許せなかった。
第一世代宇宙航行型兵器【00-Earth gear】。
これで『全生物の平和』だけではない、全人類に自分の偉大さを見せつける必要があった。
この頭脳を必要とされ、人々に認められたかった。
その為には絶対に失敗できないのだ。
ガラクタが迷い込んだがそれはもう問題ではない。
どうせ部屋から逃れることも出来ないだろう。
これで<01> の感情を利用できればEGは本来の力を発揮できる。
「予定通りだ……ああ、予定通りさ」
自分に言い聞かせるようにヨシュアはブツブツと呟いた。
だが何か胸の奥で引っかかる。
それはずんと重く、長く暗い昔の映像を思い出させた。
何故今になって学校の事を思い出すのかは分からない。
無視ばかりする奴らの中にも、一人くらいはあのガラクタのように脅えない瞳で話しかけてくれる奴がいたなと思いだした。
ただそれだけだった。