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第42話 脱出

 別段出来る事もないのでカイムは天井を見上げたままベッドに仰向けに倒れていた。


 最近ベッドでは考え事ばかりしている気がする。


 眠い訳ではないので目は開けたままジッと天井を見つめていた。


 研究所に変化はみられない。


「はあ……やっぱり無理なのか」


 天井に黒革の手袋を伸ばし蛍光灯の光に自分の手を重ねてみる。


 逆光で影が出来るだけで何が見えるわけでもない。


「くそ……」


 感情だけで力が伴わない事を悔やんだとき、館内に全体放送が鳴り響いた。


『凡人共、時間だ。これから<01>搭載EG起動実験に入る。

 カタパルトから地上へ向け、そのまま大気圏まで射出予定。

 よって軍への根回しは済んでいるが、反勢力からの攻撃も考えられる。

 全所員は反勢力の攻撃に備え、内部外部共に第一次警戒体制に移行。

 しくじるなよ。これから<01> を搭載する。以上だ』


 照明が白から薄いオレンジに切り替わる。

 ブザーが強く響き渡り、次第に所内が騒がしくなってきた。


「大気圏って……どういう意味だ?」


 カイムはベッドから飛び降り部屋の外を見渡す。

 するとまた両手両足に鎧を着けたような研究員たちが走り去っていくのが見えた。


(分からないけど、今行かなけりゃダメな気がする)


 行動しなければジーンとは二度と会えない気がした。


(だが、この扉……破れるのか?)


 ふう、と息を吐き鼻から大きく息を吸い丹田に力を込める。


 完全に見よう見まねだが、気合を入れて大昔の格闘家のように全力で蹴りを見舞ってみた。


「うらあぁ!」


 予定通り見事ドアに蹴りは命中、そして予定通り扉はあっけなく吹き飛んだ。


「へ?」


 吹き飛んだというよりは元から開いていた――そんな風だった。


「お、俺も強くなったのか……いつの間にか」


 そんなはずは一向にないのだが、扉が開いた事は結果的に問題ない。


(一応捕虜なのに警備ゼロなのは、どうなんだろうな)


 カイムは周囲に誰もいないことを確認しつつ、室内に放置されている白衣を見つける。


(……無いよりマシか)


 偶然にも自分の背丈にちょうど良い白衣を身にまとい、カイムは室内から首を出す。


 部屋を出ると狭く白い通路がまっすぐに伸びている。


 途中直角に曲がる道を何度か見てみたが正直何処へ繋がっているのか見当がつかなった。


 なのでカイムは意志の赴くまま――非科学的に言うならば『ジーンがいそうだと感じる方』に感覚任せで向かった。


 もともと情報は持ち合わせていないのだ、それ以外の方法は思いつかないのだから仕方がないのだが、不思議な事に徐々にジーンへと近づいているような錯覚に陥る。


 なんとなく、なんとなくだが、間違いなく向かっている。


 そう確信して思えるのだ。


 まるで体が呼んでいる……とでも、説明しがたい感覚だった。


 走り回る研究員たちは皆同じ場所に向かって走っているように見えた。


 全員が武装しているわけではないが、銃くらいは所持しているだろう。


 カイムは走り去る研究員の後ろに着いて、即興で髪形をオールバックに変えてみる。


 人間の印象は服装と髪形で変わるというのを思い出し誤魔化してみた。


 カードキーで前方の扉を開けた研究員が後ろを振り返り、頷き、再び走り出した。


(案外上手くいくもんだな)


 部署や名前とか聞かれたら対応できないだろうが緊急警報状態なら、この格好でも十分騙せそうだった。


 室内から外に出ると巨大なビル群の見える風景に出た。


 空は無く何処もコンクリートの塊なのだが、その中に町があるような映画の撮影現場のような感じだった。


 所員たちはその中で最も巨大なビルへと向かっていく。


 天井に直接くっついている屋根を見ると、あれが地上に繋がる施設なのかもしれない。


(しかし……)


 何処を見回しても物凄い数の所員がいるなとカイムは感じた。


 建物には『壱』から見ただけで『壱弐』までが視界に入るが、きっともっと多いだろう。


 武装している所員たちは各々アサルトライフルなどを手にし入口だと思われる所と、これから向かう一番でかいビルを守るように配置されている。


 全体的に暑い熱気にうなされているようで、これから起こる事がどれほど大きな事柄なのかを実感させた。


 走り回る所員たちの間を縫うようにカイムを含んだ数人の研究員たちは早足に進む。


 数分ほど歩いたころだろうか。再び強い地震が地面を揺らした。


「所長も無理言うよ。まだ安定してないんじゃないか?」


 先頭の右後ろにいた軟派そうな金髪男が隣の生真面目そうな女性に軽口を叩いた。


「理論的には問題ないんだけどね。<01>システムと永久機関に問題があるのよ」


「ふむ。LGなら電気燃料と光燃料だろ? あっちの方が安定性は高いはずだぜ」


「科学者は大なり小なり、誰でもエゴはあるものよ。所長はGシリーズに愛着が強いようだけどEGに拘り過ぎてるわ」


「まあ分からんでもないがね、しかしずっと眠ってちゃ誰が乗るんだか」


「ミーティング聞いてなさいよ。今回はオートパイロットよ、あの子はエイジエンジンとして割合百パーセントで稼働」


「へぇ、オートパイロットねぇ。何を急いでるんだか」


「所長も若い事には変わりないのよ」


 二人の会話が途切れた頃『零』と書かれた一番大きなビルにたどり着いた。


 先頭に立つ男は指をセキュリティに確認させ鍵を開けた。


 それに続き着いてきたメンバーが一斉に室内へ入る。


 無菌室で消毒液の霧を直接浴びた後、突然開けた場所に出た。


 そこは巨大な正方形の箱のように広く、その一番奥には、


(ロ、ロボットだって?)


 いかにもゲームに出てきそうなメカメカしい流線型のフォルムの頭部が水に浮かんでいる。


 いや、浮かんでいるというか、残りの部分が全部沈んでいるというか。


(頭であれだけなら相当でかいんじゃないか、あれ)


 巨大ロボットを目の前にし、呆然と立ち尽くしていると背中の辺りから小さな舌打ちが聞こえた。


「邪魔だ」


 横目に見るとヨシュアが邪魔そうにカイムの背中を見つめていた。


「ああ、すいません」


 脇に避けると、ジロリと濁った眼でヨシュアはカイムを見つめる。


(……やっぱ、ばれるか!)


 しかしその眼は首のあたりを見ているような気がした。


「……早く持ち場に行け、凡人」


「は、はい」


 ヨシュアは視線を外し後ろから着いてきた研究員を率いて、途中何かを指示しながら巨大ロボットへと向かう。


(そういや、あいつ……)


 ばれなくて良かったと思う反面、どうでもいい事に気がついた。


(人の目を見て話してきた事ないよな……だからばれなかったのか?)


 一人納得していると視界に大きな機材が侵入してきた。


 そこには斜めに寝かされたまま、鎖に繋がれたように、機器に括りつけられた金髪少女の姿――、


「ジ……」


(――ジーン!)


 出そうになった声をぐっと押し止め、力なく精気の無いジーンを見つめる。


(タイミングだ。チャンスを待つんだ)


 体中のロックが外れたように全身に力がみなぎり、怒りに突き動かされそうになるが、爪を強く肌に食い込ませ自分を抑える。


(必ず来る、必ず)


 ジーンを乗せたベッドは研究員に押されながら、巨大ロボットの前へと運ばれていく。


 EGと呼ばれている機体の前に立ったヨシュアは、パソコンに向かって喋り、全所員に通達するように語り始める。


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