僕は野崎に、彼女が静止していた間の出来事を掻い摘んで話した。野崎はよほどあのサカナが憎いのか、どこか苦々しい顔をしながらそれを聞き終えると、
「そもそも求への説明が遅いのもあいつのミスだよね、説明する前に求が殺されてたら、そのポイントってどうなってたんだろ」
と、僕のことを憐れんでいるようで、全くそうでもないようなことを言った。
僕の生死について話しているのに、野崎が言うと、僕の命がただの愚痴程度の軽さしかないような気分になる。
「……野崎、その、ポイントってさ、一週間もしないうちに頭打ちになっちゃうんじゃないの? クラスメイトはせいぜい三十人かそこらだから、例えば三日で十五人殺せば、残りの生徒の人数的に逆転はできなくなるんじゃ」
「……あのサカナ、そこのところの説明はしないまま消えたわけ?」
野崎は呆れた顔をしながら、自分の頭の上を指さす。
「ウロコ、もらったんでしょ? ならここに、数字が見えてくるはず」
「数字? そんなの、見え……」
見えた。
野崎の頭上には確かに、トラック競技で使われるタイマーのような、白い電子数字がぽつんと浮かんでいた。
自分の中の平面と立体を認知する感覚が混ぜ返されたような光景に、少し目眩がする。
「私が殺したのは、求が見たあの二人だけ。……それで、頭の上の数字はなんになってる?」
「……『4』だ」
「そう、スケールメイトを一人殺すと、2ポイントが入る。直接的ではなくても、殺すサポートをすれば1ポイント、入るんじゃなかったかな? それで、毎日ゲームの終わりに、殺されたスケールメイトは生き返る。だから一日に手に入るポイントの上限は、自分以外の全員を一人で殺すって考えて、大体60ポイントくらい」
野崎は淡々と言うのだけれど、一人で他のクラスメイト全員を制限時間内に殺すなんて真似、普通できない。そもそも、そんなに簡単に人を殺せるわけがない。
「……なるほど」
それでも、失われた命が戻ってくるというルールは妙に良心的というか、不気味だった。ゲームとしての体裁を保つためだろうが、こんなゲームに慣れた人間が、また元の生活に戻れるのか? 自分を殺したクラスメイトと、また学校生活を送る? 冗談じゃない。
どこまでいってもこれは、相当に悪趣味なやつが考えた、ふざけたゲームだ。
気に入らない。
「……さっき、僕に『手伝って』って言ったよね。野崎は、このゲームを本気でやるつもりなの?」
「うん、やるよ。別にクラスの連中に思い入れとかないし、殺されるのは癪だしね」
「報酬がほしいわけじゃないんだ」
「……ああ、『生きる理由』だっけ? そんなの、あるわけないし、なくていい。もし仮にそういうものがあったとしても、あんなむかつくサカナ野郎にもらうようなもんじゃない」
野崎の言葉は本心なのだろう。さっきのサカナへの態度もそうだし、多分、僕と同じくらい、このゲームに対する嫌悪感を抱いている。
「……君に協力するよ。僕も、殺されたくないし、『生きる理由』にも、あんまり興味ないから」
僕がそう言うと、野崎は後頭部の髪の唐突に毛を右手でくしゃっと掴んでから、少しだけ笑った。あまり野崎には似合わない言葉だけれど、安心したって感じの笑顔だった。
「ならよかった。求のことは、なんか殺したくなかったんだよね」
「なんで?」
「なんでなんだろう……多分、なんとなく。昔の友だちに似てたから、とかじゃないかな」
「適当だな」
理由はどうあれ、野崎に敵視されないというのは僕も内心ほっとしていた。野崎はあくまで自己防衛の延長線でしか人を殺さないようだし、報酬にも興味がない。このゲームのパートナーとしては、これ以上ないくらいに信用できる。
「じゃあ、これからよろしく、野ざ……」
「求、伏せて」
野崎は唐突に僕の頭を抑え込んだ。慌てて伏せた僕の頭上の空間に、鋭い風切り音が鳴る。
「何?」
僕が視線をあげると、そこにはさっきまでの柔らかさを一切失った野崎の顔があった。彼女は目だけを動かし、周囲を警戒している。
「今、殺されかけた。誰かがこっち狙って、これを」
野崎が指さす先には、倉庫の壁に突き刺さった、黒い矢のようなものがあった。
「これ、ウロコとかいうやつ?」
「そうだろうね、しかも遠距離タイプって感じだ。……狙ってきたやつの居場所がわからないと厄介だね」
そう言うと、野崎は両手のひらから、さっき見たのと同じ大きな『杭』を出現させる。
野崎のウロコが『杭』なら、今僕たちを狙ったのは『弓』のウロコを持つ人間なのだろうか。
僕がそんなことを考えている間に、二発目の矢が飛んできた。顔に向かってまっすぐ飛んできた矢を、野崎は瞬きもせずに右手の杭で弾く。
「野崎!」
「大丈夫、来るってわかってたら当たんないよ。それよりこの矢……さっきと方向が違う。多分、移動しながら攻撃してきてるんだ」
言うと、野崎は数歩前に出る。倉庫の陰から出て、さっきよりも狙われやすい位置に。
「隠れなきゃ危ないんじゃないの」
「そうだね。でもさ、どっちみちこっちの位置はバレてる。このままだとじわじわすり減らされるだけだよ」
野崎はその場でしゃがみ込むと、両手のひらを地面につけ、冷静な声で続けた。
「次に飛んできた矢、それで完全に向こうの位置を把握して、最短で殺す」
隙だらけだ。僕にもわかる。そんな体制から、さっきのように杭での防御はできないだろう。
野崎の反射神経は確かに凄まじいものがある、けれど、これじゃ駆け引きにもなっていない。向こうからすれば、ここを狙えと印字された心臓が丸裸で置かれているようなものだ。
無謀だ、そう止めようとした、その一瞬前に、さっきよりも一際大きな、風を割くような音が鼓膜に響いた。
そして、無防備な野崎に飛んできた最後の矢は、彼女の周囲を囲むように地面から生えた杭の壁によって、呆気なく弾かれる。
彼女は手のひらから地面を抉るように杭を伸ばし、即席の防御壁にしたらしい。確かに、そもそも杭は地面に突き刺すためのかたちをしている。中庭の柔らかい土なら簡単に掘り進められるだろう。
地面から飛び出る杭なんて、初めて見たけれど。
そして野崎は、朽ちるように消滅する杭の壁から顔を出し、この上なく無邪気な笑顔で言った。
「見つけた」