閃光。
網膜を焼くような強く、白い光と共に、鼓膜に刺さる高音が鳴る。
僕は思わず尻もちをついた。多分。
情報が一気に脳に飛び込んできて、今自分の体がどういうふうになっているのか正しく把握できない。
数秒で微かに視界は戻ってきたけれど、許容量以上の光を浴びた瞳孔は収縮しきっていて、何度かの長い瞬きを挟んで、ようやくまともに見えるようになった。
そして再び僕の目に映ったのは、仰向けになって倒れている眼鏡の男子生徒と、クレーターから這い上がってくる野崎の姿だった。
「野崎!」
僕は野崎の元に駆け寄り、手を差し伸べた。
「……今の、スタングレネードってやつだね」
野崎は僕の手を取りながら、興味深そうに言う。
「スタングレネードって……じゃあ、」
おそるおそる、僕は倒れている眼鏡の男子生徒の様子を確認する。惨状を覚悟していたのだけれど、彼は白目を剥いているだけで特に外傷らしきものはなさそうだった。見た感じ、呼吸も安定している。
「うん、気絶してるだけ」
言いながら、野崎は眼鏡の男子生徒に向けて右手を構える。
「殺すの?」
「そりゃそうでしょ、殺されかけたんだし。言っとくけど、止めても無駄だから。さっきこの人が言ってたことも、私結構わかるし」
「……言ってたこと?」
「中途半端な偽善者ってやつ。大前提、これは命のやり取りをするゲームだし、負けたら殺される覚悟くらいしてるでしょ。……そもそもさ、求は他人の勝負の邪魔して、何がしたかったの?」
野崎の声は冷えていた。それは心の底から、僕のことを軽蔑しているという温度感で、返答を間違えれば殺されてしまうような気がした。
それでも、いいかもしれない。どうせ殺されるなら、野崎のように淡々と、業務的に殺された方が。
そう考えると、途端に恐怖が引いていく。ここで殺されるなら、いつか取り返しがつかないタイミングで野崎と衝突するよりも、ずっと健全だ。
「あのまま殺させちゃ、ダメだと思った。野崎みたいに、これを完全にゲームと割り切って人を殺すのは……まだ共感はできないけど、理解はできる。でも、さっきのは、本当にただの殺人だ。恨みに任せて人を殺したら、もうそれまでの価値観では生きていけない」
僕の言葉を、野崎は品定めでもするようにじっくりと聞いていた。
「人を殺したことある、みたいな口ぶりだね」
「そんなわけ、」
否定しかけて、なぜかそこで口が止まる。唇が震えて、それ以上を、言葉にできなくなる。
「ごめん、冗談。求がそんなことできるタイプじゃないって、短い付き合いだけどわかるよ。求は、多分想像力があるんだよ。だから、他人のことでも勝手に悲しくなったり、必死になったりできるんだと思う。私には全くない感覚だけどさ」
野崎が言ったことの意味が、僕にはあまりピンとこなかったのだけれど、客観的に見た自分像なんてそういうものなのかもしれない。
「……そういえば、襲われてた人は? あの、茶髪の」
すっかり頭から抜け落ちていた。
野崎は体育館の出入口の方を指さして、僕の問いに答える。彼女の指の先には、蹲るように倒れている人影があった。
「あそこで倒れてるよ。多分、死んでる。ポイントはもったいなかったけど、あれだけ出血してるのに動き回るんだからしょうがないよね」
「……そっか」
結果は何も変わっていない。茶髪の男子生徒は死んで、多分、そのポイントは眼鏡の男子生徒に入った。
……それでも、あのまま復讐が完遂されてしまうよりはマシだと思ってしまう。僕は、つくづくこのゲームに向いてない。
「それで、これからどうする? 求はまだ、私と組む気あるの?」
「野崎がいいなら、そうしたい」
確かに僕と野崎の意見は食い違っている。でも、話ができないわけじゃない。彼女は目的に対して容赦がないけれど、僕の愚行に渋々付き合ってくれたところを見ると、情が全くないってわけじゃなさそうだ。
僕のウロコも、さっきはたまたま使えただけで、まだどういう条件でただのハンカチを爆弾にできたのかもわかっていない。
スタングレネードっていうのも、まだ憶測の範囲にすぎない。起爆するまで爆発の範囲や威力の規模がわからない爆弾なんて、咄嗟に使いようがないだろう。
とにかく、生き延びるためにも、ここでコンビを解消するのは僕にとってなんのメリットもない。
「ふうん、じゃあ言っとくけど」
ゆっくりと、野崎は歩き出す。右手には既に杭が握られていた。
「……野崎?」
そして、未だに気絶したままでいる眼鏡の男子生徒のそばに立った野崎は、手に持った杭をなんの躊躇いもなく彼の胸に突き刺した。
気絶をしていても体には痛覚があり、身体的危機に対してのアラートがある。胸を貫かれた眼鏡の男子生徒は陸に打ち上げられた魚のように数度跳ねるような動きをして、すぐに力尽きた。
「次、相談なしで同じことしたら、私が真っ先に殺すのは求だよ」
自分があの杭に貫かれるさまが容易に想像できてしまって、僕は息を呑んだ。
違う、生き延びるためには、野崎を敵に回さないことが一番大切だ。僕はそう、認識を改める。
彼女の意向を完全には汲めないまでも、邪魔だけはしないようにしよう。
僕がそう思いを固めたと同時に、野崎の頭上にあるポイントが8に増える。
「おっ、おめでとう求、初ポイントじゃん。1ポイントだけど、これは大きな一歩だね」
野崎は嬉しそうに僕の頭上を見ていた。その様子だけを見ていると、本当に、ただ一緒にゲームをしているような気分になる。
「その人の分、僕にも入ったのか」
頭上に浮かぶ無機質な電子数字を見上げながら、僕はもう、引き返せないところまで来てしまったのかもしれない、そう思った。
「おツカれサマ、スケールメイトたち」
声とともに、体育館の天井をすり抜けて現れたのは、このゲームの主催者、サカナだった。
「殺す」
野崎はさっきと全く同じ流れで、杭をサカナに向けて飛ばす。が、天井付近にいるサカナまでは到底届かず、杭は重力に負けて体育館の床に刺さった。
「アきないねえキミも。イミないってのに」
「もうちょっと降りてきなよ、串焼きにしてあげるからさ」
「ベツにいいけど、シャベるジャマされるのもシャクだから、またスコしトまっておいてくれ」
サカナが言うと同時に、再び野崎の体はピクリとも動かなくなる。
「……!」
けれど、さっきと違って、意識は残されているようだった。唯一残った眼球の動きで、野崎の憤りようがありありと伝わる。その元気はこの後に向けて残しておいてほしいと、僕は素直に思ってしまう。
「というわけでショニチのチュウカンハッピョウだ」
「中間発表……?」
「ゲームカイシからヨジカンがタったからね。ちなみに、イマノコっているスケールメイトはキミたちをフクめてジュウヨニンだ」
十四人。
僕はそれを聞いて恐ろしくなる。まだ僕たちの他に十二人も敵対しなくてはならない人間がいる、というのももちろんなのだけれど、この四時間で、クラスメイトの過半数が既に死んでいる。誰かに、殺されている。
その事実が、頭の中で消化不良を起こしているみたいに、現実として受け止めきれない。
「このチュウカンハッピョウでは、ゲンジョウのポイントスウをキョウユウする。もちろん、ポイントジョウイシャはコウハンセンでネラわれやすくなるだろう」
サカナは相変わらず、不気味なほど淡々と語る。
このサカナは、ゲームを盛り上げることしか考えていない。
確かにより多くのポイントを取得している人間を狙った方が、これ以上差が広がるのも抑えることができる。けれど、僕のように好戦的でない者も多いだろう。
そういう人間はポイント上位者を避けて生き延びたいが、全員のポイント数が共有される手前、そういった好戦的でないもの、つまり『カモ』が誰なのかも浮き彫りになるということだ。
ポイントを得られないということは、戦闘能力が低いということのわかりやすい証左だ。
「それでは、まずゲンジョウイチイのハッピョウだ。……ゲンジョウイチイは8ポイントシュトク、『クイのショウジョ』、ノザキトガリ」
……なんとなく、そうなることはわかっていた。
四時間で四人、隣で見ていても異常なペースで、野崎は人を殺している。
でも、こうなると、後半戦はさっきよりも危険な目に遭う可能性が増したということだ。
僕が頭を悩ませていると、サカナは続いて、思いもよらないことを言い出した。
「そしてツギに、ノザキトガリとオナじく8ポイントシュトク――ドウリツイチイのスケールメイトをハッピョウする」