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第八話 ビー玉みたいな瞳


「同率一位……?」


 野崎と同じポイントの生徒がもう一人いる。

 このたった四時間で、少なくとも四人殺した人間が、もう一人。

 サカナの次の言葉を待ちながら、僕は固唾を呑む。

 僕は内心、どこか安心していた。

 完全には相容れなくとも、野崎という存在を味方につけているこの状況に。


「8ポイントシュトク、ドウリツイチイは――『ハリのショウネン』アカツナオヤ。フタリとも、ひとまずおめでとう」


 でもこれは、このシチュエーションは、僕が一番恐れていた、野崎を敵に回すことと同じなんじゃないのか。


「アカツナオヤ……って、どんなやつなんだ」


 名前からしておそらく男子生徒だろう。……針って。おそらく彼の持つウロコのことだろうけど。

 針と杭。ウロコの形状まで、野崎と少し似ている。

 僕は野崎の方を見るけれど、彼女は自分と肩を並べている人間の存在なんか全く気にしていない様子で、宙を泳ぐサカナに殺意の目を向け続けていた。

 よく持つな、そのモチベーション。


「ニイイコウのスケールメイトにカンしては、ポイントとジュンイだけのハッピョウとする。イチイがフタリいたのはソウテイガイだったけれど、まあ、タショウのフリはオウジャのシュクメイだとオモってウけイれてくれ」

「待ってくれ、サカナ。さすがにそれは不平等すぎるんじゃないか?」


 僕は思わず口を挟んでしまった。

 さっきまでは全員のウロコの名称を知れる、多少のデメリットはあれどいい機会だと割り切っていたけれど、これじゃあ、一位の人間があまりにも不利だ。それにこんなことになるのなら、少なくとも初めから説明があるべきだ。

 それに一緒に行動する以上、野崎が不当に不利になるのは飲み込めない。


「カケダモトメ。ワタシはキミのイケンをキャッカする。――というか、ウロコがシられることをそんなにオソれているのは、タブンキミだけだよ。……このゲームはイッシュウカンという、それなりにナガいキカンのタタカいだ。オソかれハヤかれキミたちは、おタガいのノウリョクをシることになる。それはウロコだけじゃなく、セイカクや、できること、できないことをシりツクくしたウエで、タタカう。これはモトモトそういうゲームなんだよ」


 サカナの言っていることは、多分、本当のことだ。そして、僕だけが気づいていなかった、このゲームの本質だ。


「それともナニかい? キミはタニンのことはシりたいが、ジブンのことはシられたくない。そんな、トウメイニンゲンみたいなツゴウのいいガンボウに、ホンキでヒタっているのかい?」


 皮肉を垂れながら、サカナは尾をひらひらと動かしてみせる。

 僕の胸に残ったのは、憤りではなく、ただの自責の念だった。

 お前の頭の中はずいぶん都合がいいな、そんなふうに諭された気分だった。


「……邪魔して悪かった。もう口を挟まないから、続けてくれ」


 そもそも、根本から間違っていたのだ。

 自分のことを知られないように生き抜こうとしていた僕の考え方そのものが、このゲームの趣旨から完全にズレていた。ただ、それだけだ。


「いいんだ、ヒトはアヤマつ。カンジンなのはアヤマちをアヤマちとしてウけイれられるかどうかだけだ。だからそのテンにおいて、キミはカシコいよ、カケダモトメ」


 空飛ぶ魚に慰められても嬉しくない。そんな皮肉も、言葉にする気にはなれなかった。


 それからサカナは、順にスケールメイトの名前と、取得ポイント数を列挙していった。僕は一応、サカナの言ったことをスマホにメモしておいた。案の定スマホには電波が入っていなかったが、ちゃんと電源は入ったし、外部と繋がる用途以外での操作は許されているようだった。

 もちろん読み上げられた名前は、どれも僕が初めて聞くものだった。数はちょうど、十四人。

 どうやらサカナは、死亡したスケールメイトの名前は中間発表で触れないようだった。とはいえ残っている生徒の数的に、野崎や例のアカツナオヤのような、並外れた戦闘能力の生徒はいないだろうけど。


「……イジョウでチュウカンハッピョウはオわりだ。――そしてここで、ショニチのゲームもシュウリョウとする」

「え? 終了……って、まだ半日しか経ってないんじゃ」

「おや? またシツモンかいカケダモトメ」


 この状況で質問しないやつなんかいないだろ。このサカナ、知れば知るほど嫌な性格をしている。

 野崎じゃないけれど、話していると自然と拳を握ってしまうというか……いやシンプルに殴りたくなる。

 僕が睨みつけているのを感じ取ってか、サカナはお茶目な動作で体育館の天井付近を踊るように泳いだ。そんな出来の悪いイルカショーみたいな真似で喜ぶとでも思っているのだろうか。


「ごめんごめん、オコらせたいわけじゃないよ。ナニせキョウはゲームショニチだ。みんなナれないゲームでツカれているだろうからね。キョウはタイケンバンってやつだ。ほら、サイキンはアたりマエのサービスだろう? ――とにかく、キョウのゲームはここまでだ。みんなゆっくりヤスんでくれ。またアシタ、ハチジハンからゲームは始まる。コンドはショウシンショウメイ、フルタイムでのゲームになるからね。……ちなみに、このゲームのことをブガイシャにシらせることはできなくしてあるから、アしからず」


 言いたいだけ言って、サカナは再び天井をすり抜けて消えていった。


「……あいつ、絶対に殺す」


 そして、止められていた野崎の動きも元に戻る。


「そのときはできるだけ僕も手伝うよ」


 反射的にそう言ってから、僕は異変に気がついた。

 外が、明るい。

 体育館の窓からは日光が光の柱を何本も立てていた。そばにある植え込みの木々が、のどかな風に揺られて心地よさそうにしている。


「……戻ったんだ」


 体育館の時計を見ると、時刻はちょうど十三時半だった。さっきまで肌寒いくらいだった気温も知らないうちに元に戻っていて、昼休み明けの、眠気を誘うような穏やかさがあった。

 そして、時計から目を下ろすと、先程の戦闘でめちゃくちゃになっていた体育館の床も、壁も、すっかり元の姿になっていた。幻覚か何かを見ているような気分だった。

 とても小一時間前まで、ここで殺し合いをしていたとは思えないほど、目の前の光景は、日常そのものだった。

 ……ということは、だ。


「求、早く逃げよう」


 頭によぎった予感を確認する前に、野崎が僕の手を引いて走り出した。


「……ん、ああ」


 野崎に連れ去られるようにして体育館を出る背後から、微かに人が起き上がるような音と、声がした。


「ゲームが終わったから生き返ったんだ、あの二人」


 言いながら、僕は心底安堵していた。なんとか自分に言い聞かせようとはしていたけれど、やはり死んだ人間が生き返るなんて、半信半疑だったから。

 安心しつつも、あのサカナの力の荒唐無稽ぶりに、底冷えするような気味の悪さを再度感じる。


「杭も出せなかった。今絡まれるとめんどくさい」


 出そうとするなよ。

 野崎はペースを一向に落とさないまま、裏門へ向かっているようだった。全てが元に戻ったのなら、授業なんかも平常通りあるんだろうけど、僕だってそんなもの受ける気にはなれなかった。


「とりあえず、このままここから離れよう。その後、作戦会議」

「作戦会議?」

「そう、私と求で、このゲームを終わらせるための」

「……終わらせるって、どうやって」

「単純だよ」


 裏門を抜けても、サカナの妨害は見られなかった。どうやら本当に、ゲーム以外で僕たちに干渉する気はないみたいだ。


「……はあっ、ここまで来れば大丈夫」


 裏門を抜けてすぐの駐輪場のそばで、ようやく野崎と僕は足を止めた。心臓が破裂しそうだった。


「こんなに、走ったの……はあっ、いつぶりか、わからないよ」

「求は大袈裟だなあ」

「野崎が杓子定規すぎるんだ」

「何それ、難しくてかっこいい響きだね」

「……それより、終わらせるってどういうこと」

「ああ、それね、っはあ……ふう、ちょっと待ってね」


 さすがの野崎も疲れたのか、彼女は目を瞑り、肩が動くくらい大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。三度ほどそれを繰り返した野崎は、僕を見て、笑顔で言う。


「ねえ、一緒にみんな殺そうよ」

「は?」

「いや、いやいやいや、まだ否定しないで。私なりにちゃんと考えて言ってるんだから、でも、最短でこのゲームを終わらせるには、これしかないと思う」


 それから野崎はどこか興奮した声で、まるで将来の夢を語る子供のように言った。そのビー玉みたいに透き通った瞳の中で、歪んだ像になった僕の困り顔がこちらを見ていた。


「明日のゲームで全員殺すの、私と、求で。それで、あのサカナに、このゲームは遊ぶ価値のない、つまんないクソゲーだって思い知らせてやるんだ」

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