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第十二話 そして始まるプロローグ


 真夜中の商店街。

 ゲーム会場が変わったことは想定外だったけれど、幸いなことに動揺は少なかった。引っ越してきたばかりだけど、この通りのことだけは頭に入っていたから。


「ナイスタイミングだね」


 隣で野崎が言い、僕は頷く。

 ここは昨日、野崎と二人で歩いたばかりだった。もちろん夕方と夜では同じ場所でも見え方は異なるけれど、前日に大まかな地形を知れたことは大きい。


「買い物が生きればいいけど」

「大丈夫だよ、多分ね」


 僕たちの他に、近くに人影はなかった。

 一斉に転送されたかと思っていたが、時間差があるのだろうか。


「スケールメイトはそれぞれ、バラバラのバショにトばしてある。キミたちのような『ナカヨし』はベツだけど」


 僕の疑念を想定していたのか、いつの間にか頭上を泳いでいるサカナが、先回りしてそう説明する。


「チームをクむ、というのもマっトウなプレイのシュダンだ。というわけで、ナカヨしたちはオナじバショにトばしてあげてるよ。このショウテンガイはそこまでオオきなものじゃないし、オノオノジュンビができてからのホウがいいだろう? だからなるべく、ゲームカイシまでウゴかないでいてくれるとタスかるな」

「ゲーム開始って、あとどのくらいなの」


 珍しく野崎がサカナに質問を投げた。語気は敵意むき出しだが、杭を飛ばしてないだけ自重しているのだろう。


「そうだなあ、ダイタイ……イップンゴくらいかな」

「それ、準備も何もないでしょ」

「ココロのハナシさ」

「魚のくせして偉そうに」

「野崎、張り合ってる場合じゃないよ」


 僕が焦り気味に言うと、野崎はいきなり冷静な顔をして、「大丈夫だよ、私たちなら」と呟いた。なんの根拠もないはずの呟きが、やけに頼もしく思えるから不思議だ。

 僕たちが飛ばされたのは商店街の入口からすぐの、年季の入った出で立ちをした乾物屋のそばで、見通しはいいぶん、後ろに退路はほとんどなかった。


「とりあえず突っ走って裏通りに入ろう。もし隠れてる誰かが飛び出てきたら、そのときは求のあれ、試してみよ」


 野崎の提案に僕は不安ながら頷いた。あれって、まだちゃんと使えるのかどうかもわからないのに。


「それじゃあ、フツカメのゲームカイシだ」


 そう告げ、サカナは姿を消した。と同時に、野崎の両手から杭が伸びる。


「おっ、使えるようになった」

「ずっと試してたのか」

「求も早いとこ出しときなよ」

「……わかった」


 僕は目を瞑り、昨日の出来事を思い返す。何もできなかった、無力な自分を。ウロコの初見殺しはどんどん通じなくなる。幸運や偶然じゃ、生き残れなくなってくる。

 当たり前だけど、野崎に頼りきりじゃダメだ。このゲームを気に入らないと思うなら、生き抜こうと本気で思うなら、その切符を、自分で掴めるようにならなきゃいけない。


「……よかった」


 次に目を開けた瞬間、僕の手の中には、あの起爆スイッチが握られていた。


「出すコツ、掴んだんだね」

「多分。まだ野崎みたいにはできる気がしないけど」

「いいんだよ、求は求らしく、私になんとかついてくればそれだけで」

「慰められてる気がしないな」

「慰めって嫌い。あれってただ、耳障りがいいだけの同情でしょ?」


 野崎は切り捨てるように言って、走り出した。商店街の街灯を途中駅みたいにしながら、最短に近いルートを辿り、裏通りへ繋がる細い路地まで。

 僕も僕で、昨日野崎と調達した、頼りになるかどうか怪しい武器をいつでも取り出せるようにしていた。


 僕たちは和菓子屋のそばの路地に隠れ、しばらく様子を窺うことにした。野崎は今すぐにでも辺りを駆け回ってポイントを稼ぎたいだろうけど、さすがに無謀な特攻を許すわけにはいかなかったし、彼女もそのリスクはわかっているようだった。


「求、もう少し隠れなきゃ見つかるよ」


 野崎が、ごくごく小さな声でそう僕に注意する。

 深夜の、それも無人の商店街は虫も寄りつかないほど静かだ。あちこちで交戦が始まればそこまで気にすることでもないけれど、最初の火蓋が落とされるまでは、気配を消すことに気を張る必要がある。

 が、もうそれは手遅れだった。


「おい! そこ、誰か隠れてるんだろ、出てこいよ」


 慌てて身を隠したけれど、既に野崎の心配は的中していたらしい。僕たちの隠れている方向に向かって、スケールメイトの一人の声が響く。

 いかにも運動部って感じの、エネルギーが有り余った声量だった。


「あれ、誰だろ」

「さあ? クラスメイトの名前も覚えてないの?」

「野崎に言われたくない」

「いい加減名前で呼んだらいいのに」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」


 僕は野崎の横顔を窺う。いつも通り、彼女の顔色は焦りの「あ」の字すら感じさせないほど平熱を保っていた。野崎の顔を見ていると、やはりなんだか少し安心してしまう自分がいて悔しい。


「……なんなんだよ、俺のこと馬鹿にしてんのか?」


 声の主は憤りを隠せない口ぶりでそう言いながら、僕たちの方に歩み寄る。街灯が彼の顔を照らして、僕はようやく思い出した。

 転校の下見の際、所属するつもりもなかったけれど部活動の紹介も受けた。そこで見かけた。

 何やら学校では有名な生徒らしく、学校を案内してくれた教師の口からもすぐに名前が出ていたからなんとなく覚えている。


「あれ、佐野だ。サッカー部の、なんか軽そうなやつ」

「へえ、じゃあ運動神経じゃ勝ち目ないね」

「野崎でも勝てない?」

「徒競走じゃ勝てないだろうね。……でも、このゲームはそうじゃないから。スポーツとか勉強とか、そういう加点方式の考え方は通じない」


 言うと、野崎は右手の指を広げ、虚空を掴むようなポーズをとる。


「どっちかっていうと、学校じゃ減点されるような方法でしか、勝ち残れないゲームだよ」


 そして野崎の右手には、直径五十センチほどの、黒く大きな鉄の塊、『杭』が現れる。

 僕は昨日の作戦会議で野崎に受けた追加説明を思い出す。

 杭は彼女の手から離れても物質として存在し、野崎が九本以上の杭を出すと、一本目に出した杭から順番に消えていく、らしい。まだウロコを持って半日なのに、よくそこまで実験している。


「クソっ、っぜえな、マジで。なんでこんなこと、俺が……俺が! しなきゃいけないんだよ!」


 そして佐野も、僕らの詳しい位置までは把握していないようだけど、攻撃の意思は固まったらしい。

 彼はサッカーのフリーキックを蹴るようにその場で数歩後ずさり、彼が元いた場所の地面からは、黒いボールのような物体が出現する。あれが佐野のウロコなんだろう。


「もうめんどくせえからこの辺、全部更地にしてやろうか」

「来る」

「……待って、求」


 野崎が言うと同時に、街灯の下に立っていた佐野の、短い呻き声のようなものが響く。


「もう、あいつゲームオーバーだ」

「え……?」


 僕の目線の先、夜の商店街の真ん中に、噴水みたいな血飛沫が上がる。


「……先を越されたみたいだね」


 ドチャ。

 腐った野菜を地面に落としたような音が鼓膜に張りつく。勢いが徐々に落ち着いてきた鮮血は血溜まりとなり、街灯の光で怪しく光りながらコンクリートに広がっていく。

 そして、さっきまで佐野だった、人間だったはずの肉塊が、首から下を残してその場に崩れ落ちた。


「あ……また、だ」


 また一人、クラスメイトが死んだ。

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