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第十五話 呑まれるな


 かくして、戸塚は僕たちと行動を共にすることになった。まだ底知れなさのある男ではあるが、ここまでのやり取りから察するに、根は悪人じゃないのだろう。

 それに一番大きいのは、彼がサカナの報酬に興味がないってことだ。僕と野崎が他の人間に頼ろうとしなかったのは、そこが主な理由だったから。


「とりあえずどうしよっか。俺は今日の目的果たせちゃったし、こっからは二人のプランに乗っかるよ」


 戸塚の言葉を受け、僕と野崎は目を合わせる。

 仲間が増えるということは、選択肢が増えるということだ。これまで二人の持ちうる武器でゲームを攻略する方法を考えていたが、戸塚という選択肢が加わり、よりできることも、チームとしての隙も増えた。


「と言われても、こっちは二人でどうにかすることしか考えてなかったからね。ある意味、振り出しより前に戻った気分」

「でも振れるサイコロはひとつ増えた」

「戸塚くんって不気味なくらいポジティブだよね」

「戸塚でいいよ、掛田くん。それに俺はポジティブってより、ネガティブが苦手なだけ。ウダウダ言うだけで時間無駄にしてんなって思っちゃうし、単純にキャラじゃないからね」


 戸塚のスタンスは、やはり野崎と近い気がする。もっとも、野崎はキャラとか気にするタイプじゃないけれど。


「求、下手に新しい策を練るより、戸塚くんを加えたかたちで、当初の作戦に移ろう」


 僕は野崎の言葉に頷いた。こういうとき、迅速な判断をしてくれるのは本当にありがたい。


「まずは商店街を半分に分けたとき、私たちが今いる、入り口側にいる人間を、殺すか追い出す。もちろん殺せたらベストだけど、最初はあまり深追いしない」

「それで抗争を激化させようってことだね。少人数でポイントを荒稼ぎするためには、どこかで漁夫の利を得なきゃいけない。だからまず、乗じるための騒ぎを起こそうって魂胆だ」


 戸塚は触りの部分を聞いただけで、僕と野崎の作戦の意図を汲んだようだった。そして彼は再び両手から糸を出し、手と手の間で網状にしながら微笑む。


「安心した。そういうことなら、俺のウロコはピッタリだ」


◇ ◇ ◇


「さっきのアレ、二人には種明かししとくよ」


 つい十数分前に佐野が死んだ現場に立ち戻り、戸塚は秘密を共有する子供のように無邪気な口ぶりで言う。


「さっきのって、あの……佐野の首を切り落としたやつ?」

「そうそう、でもさ、まずそこから違うのよ掛田くん。あれは切ったんじゃなくて、切れる場所に佐野が飛び込んできたの。俺は保身のために罠、張ってただけ」

「罠って、これのこと?」


 野崎は佐野のつくった血溜まりに躊躇することなく近づき、指さしながら言う。

 よく見ると彼女の目の前には、近くの電柱から街灯まで結びつけてある、ピアノ線くらいの細さのワイヤーが血に濡れて街灯の光を反射していた。


「さっすが野崎ちゃん! その通り、俺のウロコは多分『糸』なんだけど、細さも長さもわりと自由が効いてさ。試してみた感じ、細ければ細いほど丈夫になるっぽい。一回ロープくらいの太さにしたら、簡単に切れちゃった」

「……要は、極限まで細くしたその糸で、この辺りにトラップを仕掛けてたのか」


 そして佐野は攻撃に夢中で、この見えない刃に自ら突っ込んでいった。

 ……まだゲームが始まって間もないのに、用意周到というか、器用というか。


「手が早いね、戸塚くんは」

「語弊のある言い方だねえ野崎ちゃん!?」


 戸塚の叫びは当然のようにスルーされた。


「確かに使えるかも、この糸の罠。どこか暗くて狭い通りにこれをびっしり仕掛けておいて、そこに追い込めば楽に殺せそう」


 野崎は殺人を漁業か何かと勘違いしているのかもしれない。


「そう上手くいくかな。少なくとも、追い込むのが一人ずつじゃない限り、最初の一人が引っかかった段階でこの罠は使えない。……行き止まりをつくれるって点では有効かもしれないけど」


 僕が言うと、野崎は一理ある、という感じに顎に手をやった。代替案も浮かんでないのに指摘ばかりして、見方によれば冷や水をかけるような僕の言葉をちゃんと聞いてくれるところが野崎のすごいところだと思う。

 自他の優先順位の差がほとんどない、みたいなところが野崎にはある。


「なるほどね。野崎ちゃんが発想力、掛田くんが論理的思考でそのサポートをしてる感じか」


 こめかみのところを指先で軽く叩きながら、戸塚は僕と野崎のやり取りを観察して、そんなふうに評した。なんだか自分の脳内を覗き見されているようで、あまりいい気分じゃない。


「そんなとこ。で、仲間になった戸塚くんは、私たちのために何してくれるの?」


 観察されることが気に食わないのは野崎もそうなのだろう。野崎から戸塚に向けられた熱のない視線は、ある種のやり返しのようにも思えた。


「おお怖い怖い。でも……俺があげられるのは、そうだね。――都合のいい混乱、とかかな」


 都合のいい、混乱。


「まあ、少なくとも後悔させないことだけ約束するよ」


 へらへらと笑う戸塚の言葉の意味がわかるのは、それから間もなくしてのことだった。


◇ ◇ ◇


 当たり前だけれどこのゲームの参加者は僕たちだけじゃない。

 昨日の一日目を経て、各々が間違いなく、生き残るために思考を巡らせているはずだ。隠れて生き延びるのも、自ら進んで戦闘を仕掛けるのも、目的は全て、生き延びるため。

 だから偶然でもなんでも、スケールメイトがスケールメイトと遭遇してしまったとき、必ず何かが起きる。生き延びるため、僕たちはクラスメイトと殺し合う。


「そろそろ来る」

「……うん」


 物音にいち早く反応した野崎に従うかたちで、僕たち三人は裏路地へ戻った。何が起こったときの退路を確保するため、裏路地に戸塚が張っていた糸は回収して、背後をフリーにしてから、建物の陰に身を隠して物音の正体を待った。


「……はあっ、はあっ」


 入り口とは反対側から走ってきたのは、ツインテールを揺らしながら走る女生徒の姿だった。

 彼女は何かから必死に逃げるように、なりふり構わないフォームで商店街を走り抜ける。


「おっ、境ちゃんじゃん」


 戸塚は彼女を、というより女生徒の名前は完全に覚えているのだろう。どこか嬉しそうな声で言った。


「境香音。中学では陸上部でそれなりに有名だったっぽいね。超女子って感じなのに、走りのキレはさすがだ」

「彼女、誰かに追われてる」

「誰だよ、あんないたいけな美少女追い回すやつは」

「戸塚くん、黙って」

「はい」


 すっかり野崎も戸塚の扱いに慣れているようだった。


「きゃあっ!」


 走り続ける境さんの足元に、後方から飛んできた矢が次々と突き刺さる。


「っはあ……しっつこいなあ、もう……」


 彼女は実に軽やかな動きでそれを避けながら走るが、その息切れ方からして、体力はもう残っていないようだった。


「求、あれって」

「うん、昨日僕たちを狙ってきた人だ」


 そして野崎が返り討ちにした、確か将棋部の男子生徒。僕は顔も見てないけれど。


「どうする? 居場所さえ割れれば叩くのは簡単だよ」


 野崎は僕に判断を委ねる。どうするって、言われても。


「わざわざ掛田くんや野崎ちゃんが体力使わなくてもさ、俺がやるよ。境ちゃんとは結構話したことあるし、見殺しってのも夢見が悪いや」

「出しゃばるのはいいけど、怪我したら置いてくよ」

「ひゃあ、容赦ないんだから野崎ちゃん」

「多分だけど、戸塚、矢の相手は……」


 僕が言い終わる前に、戸塚の人差し指が僕の口の前でピンと立つ。


「大丈夫。わかってるよ掛田くん」


 戸塚の余裕のある表情には、どこか野崎に感じる安心感と似た何かを感じた。それも、戸塚がそういうふうに演じているだけかもしれないけれど。


「求、ちゃんと見てよう」

「……野崎?」


 戸塚が飛び出していったその背中を、野崎はじっと見つめていた。


「これで、戸塚くんがどういう人なのかわかる気がする」


 野崎のまっすぐな目を見て、少しだけ、焦る自分がいた。僕は、この視線に応えられるだろうか。


「そうだね」


 野崎にならって、僕も戸塚の動きに目を凝らす。

 不安に呑まれるな。野崎がどうだ、戸塚がどうだって考えに固執するな。

 ただ自分のために、生き延びるために頭を使え、掛田求。

 死にたくないなら、生きてる間、思考を止めるな。

 そう自分に、言い聞かせる。

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