目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第十六話 カノン・イベント①


 マジでなんなの、なんなのよ!

 ネチネチネチネチしつこい矢を避けながら走るのも、もう長くは持たない。

 ……私、また死ぬのか。

 すぐ諦め始める頭の中は、一体いつからこうだったっけ。


◇ ◇ ◇


 私、境香音は不幸に見舞われやすい体質だ。

 中学のときの部活で肝心な大会の前日には必ずと言っていいほど怪我をするし、それは最後の最後、三年の引退間近の大会でもそうだった。

 それでも、今までしてきた怪我に比べたら全然大したこともない部類の怪我で、一年生が調整したハードルが少し基準より高く設定されてて、それに引っかかって足首を捻っちゃったとか、そんなことだったような気がする。記憶の中の、思い出したくないフォルダに鍵付きで閉まっちゃってるからあんまりはっきりとは思い出せないんだけど、なんかそれで、全部萎えちゃったのは覚えてる。


「香音ちゃん、また怪我?」

「一年生にあんだけ怒れんの尊敬するわ」

「別にプロになるんじゃないのに泣かなくても」


 ああ、やっぱりこうなんだって。

 頑張れば頑張るほど敵つくるし、ちょっとしたトラブルでイライラしちゃうし、何かに熱中すると周り見えなくなって、配慮の足りない、頭悪いやつだって思われるし。

 お前らだって本気になればそうだろって感じ。自分が本気になれないのを、本気でやってるやつのせいにしてんじゃねえよ。

 陸上なんか、脳の何割体動かすのに費やして本気になれるかって話だし、他のものかなぐり捨てて、重たいもの脱ぎ捨てて走んなきゃ、全然気持ちよくないでしょって、言っても伝わるわけないけど。

 とにかく私はその瞬間に諦めた。

 本気になるのを、本気で生きるのを諦めた。

 ずっと肩より下になったことなかった髪を伸ばして毛先を少し丸くしてみたら、今まで話しかけてもこなかったクラスメイトに話しかけられた。これでいいんだって思った。


 これでいいんかよって思った。


 まあいいならいいよ、別に究極どうでもいい。ただこうした方が生きやすそうだったから、私はそれに従ってみてるだけ。スポーツは観察から始まる、真似事は得意な方だ。

 髪は長い方がモテる、言葉選びはときどき鋭いくらいがちょうどいい、相槌は適当でも、愛嬌があればプラマイプラス。完璧な人間は嫌われるから、あえて突っ込ませるための欠点はあった方がいい。

 そうやってできあがった私は、わりと順風満帆な高校生活を送れてた、はずだった。

 あの魚が、教室にやってくるまでは。


「キミたちにはこれから、『生きるリユウ』をカけてコロしアいをしてもらう」


 突然始まったデスゲーム。マジでありえない。生きる理由ってなんだよ、知らねえよ。

 こっちはそういうの、やっと手放したところなんだよ。

 そんな文句を脳内で垂れているうちに、私は死んだ。しかも鉄パイプで頭ぶん殴られて。いや普通に考えて顔面殴んな。今の私の立ち位置からして、メイク薄めでそこそこのビジュしてんのが売りなのに。私の労力どうしてくれんだよ、なあ、そんなにほしいかよ、生きる理由。持て余すでしょ、そんなもん。

 そんで死んでも生き返るこのシステム、これが一番腹立つ。死ぬなら死ぬで、死んだら終わりにしてくれないとさ。終わんないなら死にがいなんかひとつもないじゃんか。

 あんだけ痛い思いしたら、誰だってもう二度と死にたくなくなるっての。


◇ ◇ ◇


 そして今。

 私をしつこく狙ってくる矢は絶え間なく飛んでくる。

 ああもう、マジでふざけんな。

 ふざけんなは連鎖性がある。多分人間の憤りを嗅ぎとって、不条理な出来事は手を繋いでやってくる。私の人生、その連鎖から一生抜け出せない。走るのやめた日から、ずっと。


「……っはあ、はあ……」


 足、動かなくなってきた。

 ってか、もう走れない。しんどい。


「いい加減に……してよ」


 なんで私!? 私そんなにちょろく見えるかなあ!? もっと悪いことしてる悪い人はいるじゃん、私別に誰にも何もしてないじゃん、むしろ邪魔されてばっかじゃんか、可哀想じゃんか!

 疲れもストレスもピークだった。それに、心はずっと前から折れてた。だからこんな、なんでもないところで躓いて、なんでもないように今日も死ぬんだ。

 地面に転び、慌てて振り返ると、顔の中心めがけて飛んでくる矢と目が合った。


「……なんだよ、つまんない」


 ああつまんないな、私の人生!

 いや、こんなゲーム始まる前から、私の人生はずっとクソゲーなんだよな。

 矢が顔面に突き刺さる直前なのに、なんか時間の流れがスローに感じる。これ、走馬灯ってやつ? の割になんも浮かんでこないけど、私の人生振り返る余地もないっての? 黙れカス。

 まあでもあれだな、こんなクソゲー立て直すんなら、それこそ超絶怒涛のスーパーヒーローでもいなきゃ始まんないよ。私みたいにスッカスカのヒロインでも成立させてくれるくらいの、王子様的な……。

 戯言以下の脳内独り言もネタ切れになってきたころ、私の真横を風が吹き抜けた。瞬間、眼前まで迫っていた矢が空中でバラバラになる。

 そして現れたのは、


「よっ、境ちゃん。今日も超可愛いね! ヤバそうな状況だけど安心して。だってほら、最強でヤバい俺が来たんだからさ」


 王子様としては軽薄で、ヒーローとしてはさすがにお喋りすぎる男子だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?