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第十七話 カノン・イベント②


「境ちゃん! ギリギリセーフ、って予定だったんだけど、ギリギリもギリだったよね!? その、とりま怪我ない?」


 突如現れたクラスメイトの男子、確か名前は……戸塚、だったっけな。なんかすっごい軽くて、軽い人。でも優しかった気がする。表面上だけかもしれないけど。あと、顔はいい。

 髪長めの男子って、なんか無条件に雰囲気出てズルいよな〜!


「……境ちゃん? 大丈夫そ?」

「えっ、あ……うん、なんとか。戸塚くん、助けてくれてありがとう」

「いいよそんなの、まあお礼って言葉の響きは好きだけどさ」


 言いながら戸塚くんは私の手を引いて、近くの小さいビルの軒下まで連れていく。

 ……なんか、前喋ったときも思ったけど、この人、どこからどこまで本気なのかわからない。


「私のこと助けても、なんにもないよ? いや、見捨ててほしいって意味じゃないんだけどさ」

「大丈夫、これただのお節介! 勝手に自分がやったことで見返り求めんのは違くない? 俺はね、違うと思う!」

「は、はあ……」


 不気味だ。

 けど、悪い人じゃ、ないのかな。

 少なくとも私に助ける価値がないことは自分が一番わかるし、こんなゲームに巻き込まれてて、損得勘定でこんなことできる人いないか。

 じゃあこの人は何? ただの馬鹿?

 もしくは、あれかな。

 私の人生に訪れた、ささやかな幸運ってやつ、なのかもしれない。


「馬鹿みたい」

「え? 嘘でしょ俺のこと!?」

「あ、いや、違くて! 完全に違くはないけど!」

「ははっ、いいね!」


 戸塚くんは無邪気に笑う。


「何が」

「いやあ、境ちゃんって、思ってたより面白いんだなって。俺、つまんないの苦手でさ、嬉しくなっちゃった」

「面白い? 私が?」

「面白い面白い! 脳内で人の悪口言いまくってそう! その感じからして、普段の境ちゃんは相当猫被ってたんだと俺は推理するね」

「……私、めちゃくちゃ失礼なこと言われてる?」

「ははっ、気のせいだよ」


 気のせいじゃない可能性は濃厚って感じするけれど、戸塚くんは笑うとき本当に心底楽しそうに笑うんだなってことはわかった。言葉こそペラッペラのスッカスカだけど、笑顔にだけは裏表がない、そんな気がした。

 なんか、私と似てるかも。

 そんなふうに、都合よく解釈し始めている自分もまた、いた。


「……それよりさ、境ちゃん。いつからあの矢に狙われてんの?」


 いきなり神妙な顔つきになって戸塚くんは私にそう訊いた。何そのギャップ、普通にちょっといい。


「えっと、グループ入るかって聞かれて、それを断ってからだから……五分前、くらい?」

「ちょい待ち! グループって、そいつの他には誰がいたの?」

「うわ、名前よく覚えてないけど、眼鏡の人と、その取り巻き? っぽいのが三人かな。いやでもよく考えたらおかしいな、その取り巻きが眼鏡の人イジメてんの、見たことあったし……」

「おっけい、わかった! なるほどね、矢の人、あそこのグループに入ったのか。となると……うげえ、結構めんどいなあ〜!」


 戸塚くんは情報通なのか、私の説明だけで誰のことなのか瞬時に察しがついたようだった。

 あのグループ、全員男子だったし、殺されないならと思って断っちゃったけど、失敗だったかも。

 いやでも、戸塚くんと会えたのはそのおかげでもあるわけで。

 あれ、さっきから何考えてんの私。

 おかしいって、典型的な吊り橋効果じゃん。こんなのに騙されるほど、私って頭悪かったっけ?


「まあ状況はわかったよ、ありがとね。じゃあ境ちゃんが狙われてんのは完全な逆恨みってことか。嫌だねえ〜ネチネチとさ。男の執着なんかフンコロガシのフンを転がすくらい虚しいもんだよ」

「そ、そうだね」


 頭の先からつま先までちゃんと意味不明だけれど、戸塚くんが私の味方をしてくれているようでよかった。

 人の気持ちとか考えるほど意味ないし、ざっくりの印象で判断したことが間違ってることの方が少ないくらいだ。


「じゃあさじゃあさ、境ちゃんのウロコってなんなの?」

「え? 私のウロコは……」


 ちょっと待てよ。私の頭の中で黄色信号が点滅する。

 ウロコのことって、このゲームだと結構重要っていうか、なんなら急所に近い情報なんじゃない? 私、このほとんど知らない男子にこんなこと喋っていいんだっけ。


「ちなみに俺は糸! 糸ってかワイヤーなんだけど、なんか『糸』って方がかっこよくない? ほら、『イトのショウネン、トヅカトモエ』ってさ。あの魚は胡散臭いけど、あの機械みたいな声がそうやって読み上げてくれるって想像すると、ちょっとワクワクするよね」

「……ははっ、似てる」

「でしょでしょ! 俺、結構モノマネとか得意なんだから。リクエストあれば他にもどうぞ」


 私が思わず吹き出すと、戸塚くんは読書感想画を褒められた小学生みたいに目を輝かせて言った。

 なんだ。

 やっぱりただの馬鹿じゃん。

 ただの馬鹿で、多分、いい人じゃん。

 私はいつからか、自分以外の人間を見下すようになっていた。それは前からうっすらわかってたんだけど、戸塚くんを前にすると、自分のそういう驕ったところが浮き彫りになったような感覚になって、恥ずかしくなる。

 私もこんなふうに、他人の笑顔に同調して笑えるような人になりたい。いや、なりたかったんだよな。


「……私は、私のウロコは、この靴」

「靴? 確かに、学校指定の外履きの色とは違うけど」

「結構すごいんだよ、これ。私の現役時代より早く走れる上に、全然疲れないの」

「へえ、俺みたいなインドア派には喉から手が出るほど羨ましいなあ」


 そして戸塚くんはまたけらけらと笑う。

 あ、なんか楽しい。


「私これでも県内トップクラスランナーだったんだからね」

「ええ!? 超絶可愛い境ちゃんが!?」

「そう言えば全女子好きになると思ってない?」

「え、バレた?」


 こいつは、どうしようもないな。

 でも楽しいな、なんか。

 こんなに人に気を遣わず喋るの、いつぶりだろ。

 軽口を軽口って取ってもらえるの、いつぶりだろ。


「ははっ、最低!」

「いいじゃん、最低って」

「……どういうこと?」

「今が最低なら、それ以上の下はないってことでしょ?」


 そう言って意地悪く戸塚くんは歯を見せて笑う。本当に子どもだ。

 子どもみたいに、悪意がない。


「そうかもね」


 私は誰とも上手く生きれない星の元に生まれてきたんだと思ってた。だから走るの、必死だったし、走れる私を保つために必死だった。それから逃げた先の今だってそう、ほどよい感じにモテる私に、私は必死に縋りついてた。

 また知らないうちに、私は同じ地獄に向かっていたのかもしれない。

 それがトラックじゃなくなって、教室のカーストになってただけで。


「でしょ? ならさ、俺たちにできることは、あるかわかんないゴールに向かって走ることだけだよ。そしたら、今よりもいい、最低より一個上の、なんかになれるかもしれないじゃん?」


 私はずっと、苦しかったんだ。


「……うん」

「危ない!」


 戸塚くんが私を押し倒して、一瞬前に私が立っていた場所に矢が突き刺さる。コンクリートの壁を簡単に貫いた矢は、明確な『殺意』を纏っていた。


「あんにゃろ、結構移動してやがんな。……ってことは、隠れるだけ向こうに移動の隙を与えるだけか」


 あ、また真面目な顔。

 それかっこいいよ。


「あっ、境ちゃん大丈夫?」


 ほとんど倒れている私の腰に手を置いて、戸塚くんは焦ったような顔をして言う。私の顔を見下ろすかたちで、戸塚くんのやけに整った顔がこっちを見つめる。


「え……ああ、大丈夫」

「そっか、よかった〜!」

「それより、ここ見つかったんだね」

「まあ向こうも必死なんでしょ。でも、体力には限界がある。そうパッパっと移動できるわけじゃない」


 そこでさ、と言いながら、戸塚くんは私の耳元に近づく。息、近っ。

 少女漫画脳かよって思うやつ、私と一緒のシチュになってから言えよ! ちょっと泣きそうになるくらい、私はこの人のこと、好きになりかかってんだから。

 そんな私の脳内シャウトを知る由もない戸塚くんは、さっきよりもいっそう優しい声で続けた。


「俺と境ちゃんであいつを倒す作戦を思いついたんだけど、手伝ってくれる?」


 ……そんなのイェスしかないでしょうが!

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