四方を険しい山に囲まれた静かな国、カトルッツ王国。林業と農業を基盤に、隣国との貿易で豊かさを築いてきたが、今その王国は死の病に蝕まれている。
数ヶ月前から、原因不明の奇病が民を襲い始めた。体のあちこちに渦巻き模様の発疹が浮かび、高熱にうなされ、やがて幻覚に苦しむ――風邪とは明らかに異なるその病は瞬く間に広まり、ついには隣国との交易も途絶えた。
街は人影もまばらで教会は患者で溢れ返り、夜ともなれば遠くから、うわごとのような叫び声が風に乗って届く。
「やめてくれ……誰もいないのに……ああ、燃えてる!」
そんな幻覚に苦しむ声を、俺も何度となく耳にした。
「おいアレックス、聞いたか?」
馬にブラシをかけている俺に、城の厩へ血相を変えて駆け込んできたのは、騎士のガレンだった。昔からの顔なじみで、城の中でも一番気さくに話せる相手だ。
「リリアーヌ姫が、例の病にやられちまったらしい」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
――リリアーヌ姫。
剣を手に笑う、勇敢で明るいあの少女。かつて厩で俺に向かって「どんなことがあっても、怖がらずに進むのよ」と笑いかけてくれた彼女が今、死の淵にいるなんて。
「俺の両親も、あの病で死んだ。姫様までこのまま……」
思わず言葉が詰まり俯く俺に、ガレンは首を振って言った。
「けどな、希望があるかもしれねえ。隣国の山に突然“遺跡”が現れたんだってよ。どうやら、どんな願いでも叶えるお宝が眠ってるらしい。まあ今のところ、誰一人戻ってきちゃいねえがな」
「遺跡?」
「ああ。でな、王国が今、その遺跡に挑む者を募ってる。もちろん、命懸けになるが……。アレックス、機転の利くお前ならもしかしたら――」
軽口の裏にある真剣な眼差しを、俺は見逃さなかった。
姫様を救えるかもしれない。
そう思ったら、体が勝手に動いていた。
俺は急いで身なりを整え、遺跡行きへの志願を申し出るため、城の執事長様に面会を願い出た。
直接の口添えは難しいため、仲のいいメイドを通じて話を取り次いでもらう。
執事長様は、城内の采配を一手に担う多忙な人物。返事がいつ来るかもわからなかったが、幸いにも控室で待たせてもらえることになった。
本来の持ち場を離れることにはなってしまうが、今は致し方ない。覚悟を決めて椅子に腰を下ろして、小一時間ほどで執事長様が現れた――予想より、ずっと早かった。