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第2話

 実はガレンから聞いた『願いを叶えるお宝』の話は、業者の知り合いからも耳にしていた情報だった。


 王国と隣国の狭間に現れた遺跡――その内部で試練を受け、成功すれば願いを叶えるお宝もとい、魔石が手に入るという噂は、商人や傭兵の間でも広まっていた。


 噂の出どころは、どうやら試練を断念して命からがら戻ってきた者たちらしい。彼らは「奥の間で奇妙な光を見た」とか、「声が聞こえた」など、曖昧ながらも意味深な証言を残している。


 完全な信憑性はなかったが、実際に遺跡から帰還した者がいる以上、まったくのデマとも言い切れない。俺はそんな話を頭の片隅に残したまま、執事長様に遺跡のことを説明し終えた。すると少し待つよう命じられ、また控室でぼんやり過ごすことになった。


 噂話として一蹴されるのでは――そう思っていた俺の不安は、執事長様の真剣な眼差しによって覆された。


(もしこの話をこの国の偉い方が信じてくれたら、ガレンと一緒に遺跡に行けるかもしれない――)


 そんな思いを胸に、控室の隅で両こぶしを握ったその時、扉がノックされた。返事をすると白ひげを蓄えた品のある初老の男性が、執事長様と共に室内へ入ってくる。


 彼の雰囲気からして、執事長様よりも上の立場にあることはすぐにわかった。俺は慌てて頭を深く下げる。


「はじめまして。私はこの国の宰相、アーノルド・マクラリエンと申します」

「あっ、あの、俺は馬の世話を……じゃなくて、使用人のアレックス・ブローリーです。はじめまして!」


 頭を上げるタイミングを失い、床を見つめたまま名乗ってしまった。普段、使用人の俺なんかに丁寧な言葉をかけてくる者などいない。宰相様の柔らかな物腰が、あまりに衝撃的だった。


「アレックス、きちんと頭を上げなさい。宰相様にお顔をお見せして」


 執事長様に促され、戸惑いながら顔を上げると、宰相様は優しく微笑んでくれていた。そのおかげで、少し緊張がほぐれた気がする。


「執事長、彼の服装はなんとかなりそうですか?」


 宰相様が俺をじっと見つめながら尋ねた。


(これでも一番小綺麗な服を着てきたのに……まさか、見苦しいってことか?)


「少々お時間をいただければ、それなりのものをご用意できます」

「そうですか。大至急、お願いいたします」

「御意!」


 執事長様は小さく頭を下げると、そそくさと部屋を出ていった。きっと俺の服を整えるために動いてくれたのだろう。


 呆気に取られてその背中を見送っていると、宰相様が変わらぬ穏やかな笑みで語りかけてきた。


「アレックス。あなたが執事長に説明した遺跡の話――それを国王陛下に直接報告していただきます」

「へっ?」

「遺跡の噂については、私も人伝に聞いていましたが、遺跡の内部のことについては、詳しく存じておりませんでした」

「俺が国王様に……報告をぉおおおお!?」


 宰相様の言葉に思わず素っ頓狂な声をあげてしまい、慌てて口元を両手で押さえる。宰相様は人差し指を唇に当てて、静かにと優しくたしなめてくれた。


「アレックス、第一王女のことは知っておいでですね?」

「はい。流行病に臥せっておられると、知り合いの騎士から聞きました」

「なら話は早い。城にいる優秀な騎士たちを遺跡へ派遣し、何としてでも奥に辿り着かせたい。そして願いを叶える石に、王女様の病が癒えるよう祈らせたいのです」


 宰相様の願いが込められたその言葉は、熱く真っ直ぐに俺の胸に響いた。だが、現実もまた無視できなかった。


「……ですが隣国の名だたる騎士たちが戻ってこない遺跡に、我が国の騎士を派遣するのは――」


 俺は馬を扱う立場として、騎士たちと顔を合わせることが多い。彼らがいなくなれば、国の守りが薄くなるのは明白だった。


「もちろん無理強いはしません。志願者と、王宮で選抜された騎士たちそれぞれに、遺跡に行く意思を確認した上で派遣します」

「それを聞いて安心しました。では俺は執事長様にお話しした内容を、そのまま国王様にお伝えすればよいのですね?」


 そうこう話しているうちに、執事長様が俺にぴったりの衣装を手に戻ってきた。すぐさまそれに着替え、宰相様に伴われて謁見の間へと向かう。




 国王陛下にお目にかかるのは、これが初めてではない。だがこれまでお姿を拝見できたのは遠くからで、馬の目よりも小さくしか見えなかった。だからこそ、こうして間近で拝謁できることは、俺にとって夢のような出来事だった。


「宰相、急用とのことだが、この者は?」


 謁見の間で宰相様と共に左膝をつき、深く頭を下げる俺たちに、国王様が厳かな声で問いかけられた。


「陛下、以前ご報告いたしました隣国との狭間に現れた遺跡について、詳しい情報をこの者が知っております。名はアレックス・ブローリー。城内で馬の管理を任されております。どうやら遺跡の奥には、試練を越えた者だけが手にできる“願いを叶える石”があるようで――」

「なるほど。アレックス、そなたの歳はいくつだ?」


 突然の問いに、思わず宰相様へ視線を向けてしまった。


「頭を上げて、陛下にお答えしなさい」


 そっと促され、小さく礼を述べながら恐るおそる頭を上げる。王冠と豪奢な衣服をまとった国王陛下の姿から、凄まじい威厳が放たれていた。


「せ、先月の誕生日で、17歳になりました!」

「そうか。娘と同じ歳だな」

「はい。姫様には、よく厩でお世話になっています。乗馬をなさるときにお会いすることが多かったのですが、最近はお見かけできず……とても、寂しく思っております」


 思わず早口になった俺の言葉に、国王様はそっとまぶたを伏せ、寂しげな表情を浮かべられた。


 俺は意を決して業者から聞いた遺跡の話と、その遺跡の傍で拾った石を取り出して見せる。


「国王様、どうかお願いです。我が国の騎士と一緒に、俺も遺跡へ連れて行ってください!」

「騎士でもない、そなたを……?」


 俺の心に迷いはなかった。両親を流行病で一度に亡くした――そんな悲しみを知っているからこそ、誰かの支えになりたいと強く願った。


「命令されたことを忠実にこなすのが、俺の信条です。派遣される騎士の皆様を、全力で支え抜く覚悟です!」


 強く握ったこぶしに思いを込め、まっすぐ訴えかけた。すると国王様は静かに立ち上がり、俺の前へと歩み寄ってきて、両肩を力強く叩いてくださった。


「アレックス、期待しているぞ。どうか騎士たちを支え、試練を乗り越えられるように助けてやってくれ」

「……少々、よろしいでしょうか?」


 隣で宰相様が立ち上がり、声を発した。


「どうした、宰相」

「隣国の領地へ向かうにあたり、通行の許可が必要かと」

「わかった。早急に手紙を出そう。そなたは有能な騎士を選び、準備を整えておけ」


 こうして、王国が選抜した騎士五十名と共に――俺もまた、願いを叶える石を求め、隣国との狭間に現れた遺跡へ向かうことになったのだった。

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