実はガレンから聞いた『願いを叶える石』の話は、業者の知り合いからも耳にしていた情報だった。王国と隣国の狭間に現れた遺跡のことを執事長様に詳しく説明し終えたら、少し待つように命令され、ふたたび控室でぼんやりすることになった。
俺の話に耳を傾けた執事長様のご様子は真剣そのもので、「ただの噂話にすぎない」と言い放ち、一蹴されるかもしれないと危惧した、俺の考えを覆すものだった。
(もしこの話を、この国にいる偉い方が信じてくれたら、遺跡に行くことができつかもしれない――)
控室の隅っこで両こぶしを握り締めたタイミングで、扉がノックされる。返事をしたら、白ひげを蓄えた品のいい初老の男性が執事長様を伴い、室内に足を踏み入れる。
執事長様よりも偉いお方なのを察し、すぐさま頭を深く下げると、向こうから話しかけられた。
「はじめまして。私はこの国の宰相をしているアーノルド・マクラリエンと申します」
「あっあの俺は馬の世話じゃなかった、使用人のアレックス・ブローリーです。はじめまして!」
頭をあげるタイミングがわからず、床を見つめたまま自己紹介してしまった。しかも馬の世話を生業にしている俺を城内で見下す輩が大勢いるせいで、こんなふうに丁寧に話しかけられたことはなく、柔らかい物腰で挨拶されたことが衝撃的だった。
「アレックス、きちんと頭をあげて、宰相様に顔をお見せしなさい」
執事長様に促され、キョドりながら顔を見せる。宰相様の優しげなほほ笑みのおかげで、そこまで緊張しなくて済みそうな気がした。
「執事長、彼の服装はなんとかなりそうですか?」
まじまじと俺を見つめた宰相様は、執事長様に問いかける。
(これでも一番小綺麗な服を着たのに、なんとかするように執事長に訊ねるなんて、いったい――)
「そうですね。少々お時間をいただければ、それなりのものをご用意できます」
「そうですか、大至急お願いいたします」
「御意!」
小さく頭を下げた執事長様が、すぐさま部屋を出て行く。きっと俺の服をなんとかするために、出て行ったに違いない。
扉の向こう側に消えた執事長様を、困惑を滲ませた視線で追いかける俺を見た宰相様は、ほほ笑みを絶やさずに話しかける。
「アレックス、執事長に説明したことを、国王様に報告していただきます」
「へっ?」
「私も人伝より遺跡のことを小耳に挟んでいたのですが、願いを叶える石については、詳しく存じておりませんでした」
「俺が国王様に報告するんですかぁああ!」
宰相様がどこか済まなそうに肩を竦めたのを眺める間もなく、素っ頓狂な声量で返答をしてしまった。それを聞いた宰相様は、人差し指を唇に当てて、静かにするように促す。俺は目を白黒させながら、両手で口元を覆い隠した。
「アレックス、第一王女様のことをご存知ですか?」
「はい。流行病に臥せっているのを、知り合いの騎士から聞きました」
「なら話は早い。城にいる凄腕の騎士を遺跡に派遣し、なんとしてでも奥の間に到達させ、願いを叶える石に王女様の病が治るように祈らせたいのです」
宰相様の願いが込められた言葉は、とても熱く俺の耳に響いた。だからこそ、現実を口にせずにはいられない。
「隣国の名だたる騎士が誰も戻って来ない遺跡に、我が国の騎士を派遣するというのでしょうか」
馬を扱っている関係で、騎士の知り合いが大勢いる。誰も試練を乗り越えることができず、遺跡から戻ってこないとなれば、城内はおろか、国の守りが手薄になるのは、バカな俺でも容易に想像ついた。
「募集で集めた騎士と選抜した騎士を集め、本人が遺跡に行くかどうかを改めて訊ねてから、派遣する予定です。無理強いは絶対にいたしません」
「それを聞いて安心しました。俺は執事長様に説明したことを、そのまま国王様に報告すればよろしいのですね?」
こうして宰相様と打ち合わせしている最中に、執事長様が俺にピッタリのサイズの衣装を手に戻って来た。すぐさまそれに着替え、宰相様に伴われて謁見の間に移動する。
国王様に逢うのははじめてではなかったものの、実際にお姿を拝見できたのは、馬の目よりも小さい大きさだった。なので間近でお逢いすることができるのは、ものすごく嬉しい出来事だったりする。
「宰相、急用ということだが、この者は?」
宰相様と一緒に左膝を床につき、頭を深く下げた俺たちに、立派な椅子に座った国王様が話しかけた。
「以前国王様に報告いたしました、隣国との狭間に出現した遺跡について、詳しい情報をこの者が知っておりました。彼の名はアレックス・ブローリー。城内で、馬の管理を任せている使用人でございます。どうやら遺跡に入ると試練が待ち受けていて、それに成功したら願いを叶える石に到達するようです。」
「なるほどな。アレックス、そなたの歳はいくつなのだ?」
いきなり年齢を訊ねられ、どう答えていいのかわからず、隣にいる宰相様に視線を注いでしまった。
「頭をあげて、国王様にお答えしなさい」
コソッと耳打ちされたことに小さい声で礼を述べ、恐るおそる頭をあげる。目に眩しい王冠や煌びやかな服装に身を包んだ国王様から、なんとも言えない威厳が放たれているのを感じ、一瞬だけ身を縮めたが、質問に答えなければと心を律し、大きな声を出してみる。
「先月の誕生日で、17歳になりました!」
「そうか。娘と同じ歳なんだな」
「はい。同じ歳ということで、姫様には仲良くしていただいてます。乗馬をするために、よく厩にいらっしゃっていたのですが、最近元気なお姿を見ることができなくなったのが、残念でなりません」
まくしたてるように告げた、俺のセリフをお聞きになった国王様は、まぶたをふせて寂しげな表情をお見せになった。そのお顔を明るいものに変えるために、俺は業者の知り合いから聞いた遺跡の話と、遺跡の傍に落ちていた石をお見せした。
「国王様、お願いがございます。我が国の腕のある騎士と一緒に、俺も遺跡に連れて行ってもらえませんか?」
「騎士でもない、おまえをか?」
迷うことはなかった。両親をいっぺんに流行病にやられ、残された家族の悲しみがわかるからこそ、参加したいと切に願った。
「俺は命令された仕事について、忠実にこなすのを目標にし、日々生活してます。派遣される騎士様方の命令には、全力でバックアップする所存です!」
両手に握りこぶしを作り、思いの丈を切々と語ったら、国王様は椅子から立ち上がり、俺の目の前まで近づいてきて、両肩を力強く叩いてくださった。
「アレックス、期待しているぞ。どうか派遣される騎士たちが試練に挑めるように、助けてやってくれ」
「ちょっと、よろしいでしょうか?」
俺の横で立ち上がった宰相様は、ハリのある声で質問を投げかけた。
「どうした宰相?」
「隣国との狭間に移動する際に、許可をとっていただきたいのございます」
「わかった。早急に手紙を飛ばす。そなたは有能な騎士を選抜し、万全の態勢を整えておいてくれ」
こうして宰相様たちが選抜した騎士50名と一緒に、隣国の狭間に向けて俺も進軍したのだった。