隣国との狭間を目指す騎士団の行軍は、まるで王国の命運を背負う最後の希望のようだった。50人の騎士たちは鎧を鳴らし、山道を延々と進む。
だが道端に点在する廃村や病で倒れた旅人の骨が、俺の胸を何度も締め付けた。身分の低い俺は騎士たちの後ろをついて行きながら、自分の場違いさを痛感していた。
「アレックス、疲れていないか?」
ガレンが隣に並んで、明るい口調で声をかけてくる。彼はいつも冗談で場を和ませるが、今日は目が真剣だった。
「はい、なんとか。けど俺、こんな大それた旅についてきて、役に立てるのかな」
「お前がいるから馬たちが落ち着いてる。それだけで十分だ。自信持てよ」
ガレンの笑顔に少し救われるが、前を行くベテラン騎士のバルド様が鼻を鳴らす。
「馬番が遺跡に行くなんて、国王の気まぐれだろ。足手まといになるなよ」
「バルド、黙りなさい」
女性騎士のレイナ様が鋭い声で遮った。
「彼は姫様を救うために、一緒にいるの。あなたよりも覚悟があるわ」
ふたりのやり取りにガレンは笑って場を収めるが、俺の胸には重いものが残った。
三日目の夜、遺跡が見えた。切り立った崖の間に、巨大な石門が聳える。門には無数の渦巻き模様が刻まれ、両親の体で見た発疹が石に転写された見た目に、病との関連を頭の中で考えた。びゅーっと風が吹き抜けると、ときおり低い唸り声が遺跡の奥から響く。
「……これ、生きてるみたいだ」と誰かが呟き、俺は背筋が凍るのを感じた。
騎士団が門の前に陣を張る中、ベテラン騎士のバルド様が指揮を執る。
「最初の試練は、この門を開くことだ。壁になにかヒントがあるはず」
騎士たちは門の渦巻き模様を調べ始めるが、力ずくで押しても、剣で叩いてもびくともしない。苛立つバルド様が「無駄だ! 爆薬でも持ってくるべきだった!」と叫ぶ。
俺は馬の鞍に手をやり、業者のハンスがくれた石片を思い出す。ポケットから取り出すと、それは渦巻き模様の一部が描かれた欠片だった。
「これ!」
「どうしたの、それ?」
俺の声に反応した、騎士のレイナ様が駆け寄る。
「業者のハンスからもらった石です。試してみます!」
門のくぼみに石を嵌めると、ゴゴゴと音を立てて門が開き始めた。その振動で嵌めた石が落ちたので拾い上げる。騎士たちが驚きの声を上げる中、ガレンが俺の肩を親しげに叩いた。
「お前、ただの馬番じゃねえな。やるじゃないか」
初めて、俺は自分の存在に意味を感じた。
だが、喜びも束の間。開いた門の奥から、冷たい風と共に突如、くねくねした影が這い出てきた。騎士二人が叫ぶ間もなく、影に飲み込まれる。
「逃げろ!」
ガレンの叫び声が響く中、俺は愛馬を落ち着かせながら、恐怖に震える自分を抑えた。レイナ様が剣を構え、大きな声で叫ぶ。
「これは試練よ! 怯んでる場合じゃない!」
門の奥に続く通路は、暗闇に吞み込まれていた。騎士様たちは松明を手に中に入る。壁には古い文字が刻まれていた。
『病は石の怒り。癒すは試練を越えた者のみ』
俺は姫様の笑顔を思い出す。
「私になにかあったら、アレックスが民を導いてね。優しいアナタならきっと、私の代わりができると思うの」
そう言った彼女の声が、俺の背中を押す。
「行くぞ、皆!」
バルド様の号令で、騎士団は通路に踏み込んだ。俺も最後尾で愛馬ルーンの手綱を握り、遺跡の闇へと進む。
何が待っていても、姫様を救うために――俺は絶対に諦めない。