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第二十話 聖刀ハーファザート

 黄金の光輝が視界を遮る。


 その輝きが消えたとき、ザーミーンの右手には、光り輝く秀麗な刀が握られていた。

 守護者ハーファザートの名を冠したザーミーンだけの刀。

 かつて、ハームーンの封印された神殿で、ザーミーンに授けられた女神の神具。

 百年前の大戦以来抜いていなかった刀を、今こそザーミーンは抜き放った。


 空中で、二人の姿が重なる。

 ザーミーンは、刃を合わせない。

 回転する斧が少女を捉え、激しい衝撃とともに地面に叩き落される。

 だが、起き上がったザーミーンの身体の周囲には、輝く鱗の紋様が浮き出ていた。


「ひゃははは、てめえ、預言者アルンナビが探していた女だな! いいところに来た。おれの手でぶち殺して、死体をやつに届けてやる……」


 着地したニザールは、笑いながらザーミーンに追撃をかけようとする。

 だが、違和感に気づき、目をぱちくりと数度瞬かせた。


 それを見て、ザーミーンが笑った。


「不思議ですか。わかっていないんですね。もう、終わりじゃけん。ハーファザートの刃は、もうあなたに届いている」


 ニザールの胴が、斜めにずれた。

 上半身がずり落ち、地面に落ちる。

 頑強な独角族ワヒドルクンの身体を一刀で斬る斬れ味。

 守護者の刀は、王国の武器でも有数の鋭さを持っている。

 遅れて、泉のように血が噴き出した。


「なるほどなあ。その守りあっての攻撃か。気に入らねえなあ」


 上半身だけになってなお、ニザールの口が動く。

 岩の上にできた血溜まりの上で、独角族はまだ闘志を衰えさせない。

 不気味な光景に、ザーミーンも思わず身体を強張らせた。


「自分の力じゃねえ。借り物の力じゃねえか。そんなの、認められねえよなあ」


 ニザールの下半身がしゃがむと、上半身が地面に腕を突き、その上へと戻る。

 額の角が黒く輝くと、切断した臓物や筋肉が粘体のように蠢き、接合し始めた。


「──化物じゃけん……。独角族っていうのは、みんなそんなことができるんですか?」

「さあなあ。だが、おれはできる。胴を斬られた程度じゃ、終わってやらねえぜ?」


 ぱん、とニザールは自分の腹を叩く。

 その様子では、先ほどの傷の影響はあまり見られない。

 不死身とでも言うのだろうか。


(いや……少なくても、百年前の大戦で独角族にそんな力はなかったけん)


 ザーミーンは、ここが砦の内部だということを思い出す。

 黒炎珠アルナール・サウドの力が、ここには及んでいる。

 独角族だけでは、こんな不死性は出ない。

 神脈から吸い上げた力を、侵食して自己のものとしているのではないか。


「ザーミーン!」


 洞窟の中に、キミヤーの声が響き渡る。

 その声には、複雑な感情がにじみ出ていた。


「角よ! べバールは、タイシルの角を斬り落としていたわ!」


 額の角。

 確かに、独角族の力の源泉はあの角だ。

 だが、バーバクの大刀の一撃を受け止めた硬度を考えると、簡単に斬れるとは思えない。

 ザーミーンの膂力は、バーバクに比べれば半分もないであろう。


(べバールさんは、どうやって斬ったんじゃろ)


 べバールも、バーバクほどの力はないはずだ。

 すでに初老を迎え、全盛期の筋肉はあるまい。

 それでも、あの角を斬ったというのだから恐れ入る。


(うちには、そこまでの技の冴えはないけん)


 聖刀を構えつつ、ザーミーンはニザールの左へと回り込む。

 独角族は、身体の感触を試すようにこきこきと首を鳴らした。


「角ねえ。──面白え。その刀で、おれの角が斬れるかねえ。双角神クァーニアンに与えられしこの角を」


 腰を落とし、斧を持った両手を前に出す。


「てめえの竜の鱗マワーズ・アルティン、攻略できねえ無敵の鎧ってわけじゃあねえぜ」


 ニザールの角が、再び黒く輝く。

 神脈から吸い上げられた膨大な魔力が、額の角に集結しているのがわかる。

 その魔力が、ニザールの斧を黒く覆っていく。

 それは、黒衣の魔術師たちが使用していた侵食せよアズ・ディアブロソーメの魔術と同じ輝き。

 独角族は、それを呪文ではなく、角を媒介として行使できるのか。


(──闇の魔術。双角神の信者は、炎と雷と闇と死の魔術を得意とするけん、使って当然なのだけれど……)


 この独角族はマージドの部下だから、使うのは炎の魔術だと思っていた。

 だが、見たところ闇と死の魔術が得手なのか。


(このふたつの魔術は、面倒な術が多いから厄介じゃけん)


 警戒度を、上げる必要がある。

 迂闊に聖鱗モギアス・アレイエに頼った戦い方をすれば、足もとをすくわれかねない。


「行くぜ!」


 大地を蹴って、ニザールが突っ込んでくる。

 旋風のような斧の連撃。

 軽く見えて、一撃一撃が必殺だ。

 刃を合わせれば、刀ごとザーミーンは吹き飛ばされる。

 だから、回避するしかない。


 ザーミーンの動きは羽根のごとき軽さで、踊っているかのようであった。

 黒く尾を引くニザールの斧を、最小限の動きで鮮やかにかわす。

 そうしながらも、冷静にニザールの動きを観察していた。


(目えと足なら、うちも負けないけん)


 ニザールの攻撃は、竜巻のように矢継ぎ早で終わりがない。

 驚異的な体力である。

 ただでさえ重い斧を二丁も持って、これだけの連続攻撃を仕掛けているのだ。

 必ず、どこかで息をつくはずである。

 勝機があるとしたら、その一瞬。

 だが、ニザールの動きに衰えは見えない。


「ちょこまかと逃げ回るだけか! へっ、それでも英雄の子かよ。父親が泣くぜ」


 猛攻をしのぐザーミーンに苛立ったか、ニザールが挑発する。

 きゅっとザーミーンの唇が固く結ばれた。

 父エスファンディアルは、ザーミーンの憧れであり、誇りでもある。

 英雄の名を出されると、心穏やかではいられない。

 しかし、ここで冷静さを失っては負けである。

 ザーミーンは自分の頰を叩くと、ぎりぎりと歯を噛みしめた。


「くそっ!」


 挑発が通じないことに焦ったか、ニザールが跳躍して前転する。

 遠心力を乗せた斧の連撃。

 必殺を狙ったのは、ニザールも連続攻撃の限界が近づいていたのか。

 ここで決めようと、技が大きくなった。


(ここじゃけん)


 上空から斧が降ってくる。

 これを大きく回避したら、次に繋がらない。

 だが、小さく避けたらもう一本の斧が来る。


光翼バル・サバール


 唱えたるは、輝く翼を背に出す魔術。

 同時に、ハーファザートを掲げて飛び上がる。

 飛び続けることはできないが、瞬間的にニザールの上に出ることはできる。

 前転しているニザールの弱点は、その頭上。

 回転の頂点を見切り、横に一閃。

 角自体ではなく、額ごと角を斬り飛ばした。


「が……あ……」


 着地したニザールは、限界がきて一瞬息を吸う。

 その硬直の一瞬。

 頭上から降下したザーミーンが、ニザールを両断した。





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