おかしい。こんなことがあっていいはずがない。
セリーナ・イーガンは茫然とした気持ちで、周囲の若者たちを見回した。
丸テーブルを囲むように並べられた椅子に座った、自分以外の八人の男女。彼らがみんな、揃いも揃って自分を見ている。同情するような眼、呆れるような眼、軽蔑するような眼、憐憫の眼。どれもこれも、セリーナを助けるつもりがないのは明白だった。
「嘘よ」
震える声で、セリーナは告げる。
「こんなはずがない。私が、私が選ばれるわけがない……!何で、よりによって私が『追放者』なのよ!?一族から追い出されなきゃいけないのよ!!」
ガンッ!とテーブルに拳を叩きつける。白い板が派手な音を立てて揺れ、まだ幼い少年少女たちがびくりと肩を震わせるのを見た。それでも、セリーナは怒りを収めようとは思わない。思うはずがなかった。
この八人の中から、次の魔法族の継承者を決める。同時に、一番役立たずで魔女の素質がない追放者を多数決で決定する。それが、この会議の議題だった。
セリーナは、自分こそが継承者であるはずとばかり思っていたのである。そのために必要最低限の根回しはした。兄と姉にもしつこく自分に票を入れるように頼み込んだし、立場の弱いタスカー家の者達はしっかりと圧力をかけてきたはずだ。それなのに、何故。何故満場一致に近い票が、自分に集まるというのか。継承者ではなく、追放者として――魔女の素質に溢れた自分に何故。
「まだわからないのか」
「!」
冷たく言い放ったのは、パーセル家の次男――トレイシー・パーセル。艶やかな黒髪に怜悧な群青色の瞳を持つ青年は、その美貌で冷たくセリーナを見下ろしている。
「貴様の性根が腐っていることを、皆が皆同じように見抜いた。それだけのことだ」
「なんですって!?」
「セリーナ・イーガン。貴様には、我が魔女の一族の跡継ぎに相応しくない。継承者どころか、一族として迎えていること自体が恥というもの。貴様は一族の血を継承する資格もない」
彼が、この場の空気を支配していることは明白だった。セリーナの射殺さんばかりの視線を浴びても眉一つ動かさず、無情にも言い放ったのである。
「出て行け。貴様のような悪女の顔など、金輪際見たくはない」
***
伝統ある、磔刑の魔女の一族。それが、セリーナたちだった。
科学の力に押されて衰退しつつある魔法の力を維持し、守り続けていくのが自分達血族の役目である。ちなみに便宜上・魔女の一族と呼ばれるが、当主が常に女とは限らない。磔刑の魔女、とは称号の名前であり、仮に当主が男であってもそう呼ばれることになる。この世界は、男も女も平等に当主を継ぐ権利を持っているのだ。年功序列も関係ない。必要とされるのは、一族をまとめる器量があるかどうかと、魔法の素質があるかどうかだけである。
魔女の一族を仕切るのは、御三家と呼ばれる三つの家だ。
セリーナの家である、イーガン家。
あのトレイシーの家であるパーセル家。
そしてあと一つが、現在御三家で最も力が弱いとされるタスカー家である。
基本的に、次の一族の当主はこの御三家の中から選ばれることになる。現在の当主が一定の年齢になるか、もしくは病気や怪我で死の淵に立たされると『継承会議』が開催される。この会議では、跡継ぎとなる御三家の子供達が集まり、直に話し合って次の当主を決定するのだ。そして跡継ぎとなった者が、次代の当主、磔刑の魔女の称号を継ぐのである。
問題は、この会議で決められるのが継承者だけではないということ。
そう、伝統で必ず決められていることがあるのである。それは――継承者と同じくして、一人の追放者を決めなければいけないということ。
つまり跡継ぎ候補の子供達のうち、誰か一人、一族で最も足手まといで不要なものを追放者として選ばなければいけないということである。
追放者とされた者は、数日中に家を出ていかなければならない。当然、苗字も捨てることになる。一族では死んだものとして扱われ、二度と家族と会うことも叶わない。それがどれほど不名誉なことかは、言うまでもないだろう。
――だから、私は何がなんでも継承者になるつもりだった!そもそも、私のような優秀な魔法使いが、役立たず呼ばわりされるなんてことあるはずがないと思っていたのに!
今。セリーナは地下牢に入れられ、ベッドで唇を噛み締めている。
磔刑の魔女、つまり跡取りになりたかったわけではない。それでも、自分は一族で最も優秀な魔法使いだと信じていたセリーナにとって、己が“認められない”ことなどあり得ない事であったのである。自分は当然選ばれ、讃えられるべき存在だ。魔女の仕事などどうでもいいが、それによって与えられる名誉がセリーナはどうしても欲しかったのである。何より、いけすかない兄弟姉妹たちを見返してやりたかったのだ。
それが何故、よりにもよって自分が追放者になるのか。しかも、地下牢に入れられた直後、セリーナは現在の当主である父、バリー・イーガンに告げられることになるのである。
『追放者となった者は、正確には追放されるのではない。一週間以内に、人知れず処刑されることになるのだ。役立たずの魔女の血を、よそで残させるわけにもいかんからな』
そう。
自分はもうすぐ処刑されることになる。あの継承会議で、追放者に選ばれてしまったばかりに。
「ふざけんじゃないわよ……!」
ガン!と石牢の壁を殴りつけるセリーナ。
「この私が!追放されるばかりか処刑されるですって!?この優秀な私が?ありえない……ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないっ!」
こうなったのも全て、あいつのせいだ。
トレイシー・パーセル。
次男のくせに、兄のドミニクを差し置いてパーセル家を仕切る冷血漢。追放者が処刑されることもきっと知っていたのだろう。あいつが、自分を追放者に選ぶためにあれこれと裏工作したに決まっているのである。
元々いけ好かない男ではあったのだ。セリーナの美貌に一切靡かない、優しさの欠片も向けない、実力を認めないムカつく人物。あいつがパーセル家を牛耳るようになってから、何もかもがおかしくなったのである。
継承会議でも、それとなくあいつが指揮を執っていた。父もきっと、あの男に懐柔されたに決まっているのだ。
「許さない……!」
ぶちり、と。セリーナは右手の親指の腹を噛み切った。
「絶対許さないわ!復讐してやる。あいつの全てを奪ってズタボロにして殺してやるわ……!」
イーガン家の地下に封印されていた、禁術。昔こっそりと忍び込んで、その術を勉強していたことがここで役に立つとは。
ただ一度だけ使えるその魔法の名は、“
ベッドをどかして、その下に魔方陣を書くセリーナ。書く道具が自分の血しかないのが辛いが、今は贅沢を言ってはいられない。己の名誉のために、なんとしてでも成し遂げなければならないことがあるのだ。
戻れる期間は、約一年のみ。
その一年で、自分は何故己が追放者に堕とされたのかを突き止めるのだ。
そして、自分を追い詰めたあの男に復讐するのである。
――ふふふふ、目にもの見せてやるわ、トレイシー!
セリーナは思う。時間を遡ったら、何がなんでもあの男を籠絡させてやるのだと。自分に惚れさせて、思い通りに操って、最後の最後で捨ててやるのだ。そして、あいつを追放者に貶めてやる。裏切られた絶望を感じて、あいつも死んでいけばいい。これは、どこまでも正当な報復なのだと。
――私の虜にして、ゴミのように捨ててやるわ!見てらっしゃい!
幸いにして、セリーナは無事に魔方陣を書ききることができ、ベッドの下の魔方陣が処刑の日までに見つかることもなかったのである。
あとは、処刑の苦しみにセリーナが絶えられるかどうか。魔法使いの力を完全に封印するためには、普通に殺すだけでは駄目だというのが通例であったからである。つまり、拷問した上で殺さなければいけないのだ。
セリーナは全身に杭を打たれて、苦しみ抜いて死ぬことになる。この時、心が壊れて魂が崩壊してしまえばせっかくの魔法は成就しない。トレイシーへの憎しみを糧に、セリーナは死ぬその瞬間までを歯を食いしばって耐え抜いた。いつも手入れされて自慢に思っていた指を切り落とされても、両手の甲に大きなピアスを開けられても、腿や膝の骨を打ち砕かれる激痛に悶えても。
そして、意識が遠ざかり、どこか遠い場所へと力強く引っ張り上げられ‐――気が付いた時、セリーナは自分が死ぬ約一年前まで逆行することに成功していたのだった。
カレンダーの日付を見て、ほくそ笑む。
自分は、復讐のために人生をやり直すことに成功した。あとは、あの忌々しいトレイシーを自分の虜にして、ゴミクズのように捨てて踏みつけてやるだけ。
「悪いけど……私は悪役令嬢なんかじゃ終わらないわよ」
鏡の中。己の顔を見つめて、セリーナは笑ったのである。
「覚悟しなさい、クソトレイシー!最高のざまぁ展開を見せてあげるんだから!!」