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<2・Britney>

 トレイシーを自分にベタ惚れにさせ、最後の継承会議でゴミのように捨ててざまぁしてやる!それが自分の復讐!――と、決めたはいいものの。

 これをやるためには結構課題が多い、ということにセリーナは早々に気が付いたのだった。何故なら、あのトレイシーのことはセリーナの方がずっと避けていて、認識といったら『イーガン家の次男のくせにクソ偉そうなムカつくイケメン』くらいなものでしかないからである。

 確かに顔はいい。悔しいが、滅茶苦茶いい。大学でもファンクラブができるくらいには、ものすごく良い。

 自分と同い年の二十歳であるはずなのだが、彼ときたら昔から大人びた性格に顔立ちだったものだから、年上に見られることが多かったのである。高等学校に通っていた時から、隣接する大学の生徒と誤解されて先生に引っ張られそうになったエピソードは正直笑ってしまったものだ。本人があまり言葉数が多いタイプではないから余計間違われるのだろう。


――まあ、普段あんまり喋らないくせに、私に対するイヤミには事欠かないんだけどね!特に継承会議では人を死ぬほどコケにしてくれやがって……ああもうっ!


 才能があるのも認める。もっと言うと、次期継承者の候補として名前が挙がっていた人物であることは確かなのだ。どちらかというと『魔女』という称号なだけのことはあり、磔刑の魔女の称号を得て当主に選ばれるのは女性が多い。にも拘らず、先代、今代と珍しく男性が続くかもしれないと大人達は噂していた。セリーナとしては「そんなことにはならないけどね!」とタカをくくっていてこのザマなのだけれども。

 とはいえ、セリーナからしてトレイシーに関する知識なんてのはその程度のもの。

 彼に惚れられるためには、とりあえず彼について知らなければいけないのだが、当然トレイシーの好みのタイプなんてものも分かってはいないのである。というか、本当に異性愛者であるかも怪しい。なんせ、あれだけ女性ファンが多いのに、まったくといっていいほど誰それとお付き合いしたというエピソードが聴こえて来ないからである。

 残された時間は、一年しかない。ということで、まずは情報収集である。


「まあ」


 セリーナからお茶に誘われた実姉、ブリトニー・イーガンは。目を丸くして、席に着いたのだった。


「セリーナが私とお茶がしたいなんて。珍しいこともあったものですね。何か悪巧みでも?」

「……なんでそうなるのよ」

「だって、セリーナって私のこと好きじゃないでしょう?」

「うぐっ……」


 席に座ってくれたはいいが、随分とぐさぐさと言葉を投げてくるものである、この姉上は。

 まあ、疑われるのも無理はないことなのだろう。継承会議でも同じテーブルを囲むことになる、二十五歳の姉ブリトニーは――セリーナと同じ赤髪に緑色の目をしたお嬢様であるのだが、性格は全く異なるのである。

 一言で言うと、天然っぽいくせに結構な毒舌。

 丁寧な言葉遣いで、ストレートに言いたいことははっきり言うタイプ。

 魔法の成績も運動神経もセリーナに劣るくせに、長女というだけでエラそうなので、正直苦手に思っていたのは事実だった。一緒の家に住んでいるので話すことがないわけではないが、今までならば彼女から仮にお茶に誘われてもセリーナの方から断っていたことだろう。

 それでも今日、ブリトニーに声をかけた理由はただ一つ。トレイシーについて知っていることを教えてもらうためだ。

 セリーナは既に大学を卒業して等しい。が、彼女は大学教授をやっている伯父を手伝って研究助手をしており、大学に出入りすることは少なくないのだ。そして伯父のゼミに所属しているのがトレイシーである。研究を通じてとはいえ、トレイシーと話す機会が多いことは間違いない。


「い、今は!お姉様の話がしたいんじゃないのよ、私は!」


 自分達の関係を突っ込まれると、面倒になるのはこっちの方である。

 この姉も、将来的には継承会議ではトレイシーを継承者として選び、セリーナを追放者に選ぶことになる戦犯の一人なのだ。恨んでいないはずもないし、長話もしたくはないのだから。


「し、知りたいのはトレイシーのことなの!」

「トレイシー?パーセル家次男の?」

「そーよ!あいつ、ファンクラブのやつらにきゃーきゃー言われてるわりに全然女の噂がないじゃない?本当に女の子に興味あるのかしらと思って!興味あるなら、もう少し好みのタイプとか、誰それと付き合ったとか、そう言う話が出てきそうなもんじゃない?」

「ふーん?」


 やや焦ったような口調になってしまったことで、どうやらブリトニーには余計な勘ぐりをされてしまったらしい。明らかに、気合を入れるように椅子に座り直す姉。


「なるほど、セリーナも女の子になったってわけね。うんうん、トレイシーってばイケメンだものね。高嶺の花だし、欲しくなるのはわかりますわ、ええ」

「ちっがあああああああう!」


 自分はあんな男一ミリも好きなんかじゃない。逆にあいつを自分に惚れさせるためにどうすればいいのか知りたいだけなのだ!――なんて正直なことを言うわけにもいかない。とにかく!とセリーナは繰り返す。


「あいつがどういう女が好みとか、どういう趣味があるとか、何でもいいから姉様教えなさいよっての!」


 しまった、と思ったのは。その言葉で、明らかに姉のニヤニヤ笑いが濃くなったからだ。


「それが人にものを教えて欲しいという態度?残念だけれど、私はそこまでお人よしではないのですよ」

「ちょっ……」

「うーんそうねー。少しは殊勝な態度を見せてくれたら、考えも変わるかも。例えばこれ」


 彼女は自分の手元のコップを持ち上げて言った。メイドに入れさせた、フレイルティーである。フレイルピーチ、というフルーツの葉を浮かべたフレーバーティーだ。やや淡いピンク色に染まっているのが特徴である。ほどほどに渋みと甘味があって、セリーナと姉が共通して好きな紅茶の一つだった。


「このフレイルティーを入れるには、フレイルピーチの果実と葉が両方必要ということは、貴方も知っているはず。このお茶一杯を入れるためだけに、メイドさんや執事さん達が収穫に走らなければいけないのですよね」

「それが何か?」

「セリーナってば、このお茶が好きなことと、メイドさんに嫌がらせしたいがために頻繁に収穫に走らせるでしょう?他の仕事もそっちのけにして。駄目ですよ、そういうことばっかりしているから悪役令嬢なんて言われるんです」


 ブリトニーはにこにこしながら、とんでもない事を言ってきた。


「私、もう一杯このお茶が飲みたいんですよね。それも、可愛い妹が自ら収穫したフレイルピーチで、最高に美味しい紅茶が飲みたいわ。……どう?そこまでしてくれたら、相談に乗ってもいいのだけれど」




 ***




――あんのクソ姉!足元見やがってええええ!


 本当は、誰があんな姉のために桃の収穫作業なんかするか!というのが本音だったのである。情報源は、姉だけではない。そこまでしなくても、他に訊く相手はいくらでもいる。セリーナも断ろうとしたのだ、しかし。


『あらあらあらあら、そうね、無理はよくないですものね。セリーナってばお嬢様だから、まともに木登りをすることもできないしましてや本当に美味しい桃を見分ける眼もないし、なんなら木の上から落ちてもダメージを緩和する魔法をとっさに唱えるなんて判断力もなさそうですし。ああ、そもそもどうやって収穫をするのかとか、そういうコツも一切勉強したことがなさそうですものね、なんといっても今までメイドさんや執事さん達を馬鹿にしてきてたりいじめてばーっかりでちっとも仲良くしないものだから、そんな初歩の初歩といった情報もちっともお耳に入れてなくて、ましてやそういった方々に教えを乞うような殊勝な態度も取れないでしょうし。いえいいんですのよ、私は可愛い妹が怪我をしないならその方がずっと大事です。ただうちの妹はちょっとした運動もできないか弱い子だから、とてもじゃないけれどハードな恋愛なんてさせられないし、なんならトレイシーに興味があるけれどきっと無理ですよねって話をリオや皆さんにちょっとお話しておこうと思っているだけですから、ええ、ええ』


 こんなことを、そりゃあもう早口でべらべらべらーっと言われてしまっては。セリーナも後に退くことなんてできないのである。ちなみに、リオ、というのは兄の名前だ。現在のイーガン家は上から順に長女のブリトニー、長男のリオがいて、末の妹がセリーナという構成になっているのである。


――絶対嫌がらせだわ!私がお姉様より優れてるからって嫉妬してるのよ、ああもうムカつく、クソムカツクううううう!!


 そんなわけで、イライラしながら現在セリーナは訓練用の武術着に着替えているのだった。この国は、常に近隣諸国からの侵略の脅威に晒されている。よって、魔法使いもそうでない者達も、老若男女問わず常に何らかの武術を鍛えるのが習わしとなっているのだった。貴族の娘であるセリーナも例外ではなく、代々受け継がれた格闘術を家庭教師から学んでいる。同時に、学校でも武術を教える授業はあるのだ。

 訓練や体育の時間以外で着ることがないパンツスタイルになって、セリーナは庭のフレイルピーチの木を見上げるのである。話を聴いて駆けつけたメイドのダーシーが、おろおろとした様子で声をかけてきた。


「あ、あの……セリーナお嬢様。どうして今日は、ご自分で桃の収穫を?あ、危ないですよ……」

「はあ!?私にはできないっての!?」

「そ、そうじゃないですが、でもお……」


 十代半ばのおさげにそばかすの少女は困ったように木とセリーナを交互に見上げている。彼女は何度もセリーナがパシリに使ってやったこともあり、フレイルピーチの収穫方法は熟知しているはずだった。彼女の隣に立っている老齢の執事頭、マイルズも同様に。

 マイルズの方は何も言わない。ただ黙って、セリーナの方を見るばかりである。その態度がかえってムカついてしまった。何か、言いたいことがあるならはっきりと言えばいいものを。


「これくらいの作業朝飯前よ!お姉様にあんな風に言われて、引き下がれるもんですか!」


 フレイルピーチの木は非常に背が高く、木の実は高い木の上に生っている。実が太陽の光を吸収して、鮮やかなピンク色に染まるのが特徴。熟した実の場合、葉までピンク色になっていることでも知られているのだ。自分もそれくらいのことは知っている。

 とにかく、よく熟した桃ならどれでも美味しいはずだ。問題は、収穫するためには気に登らなければいけないということ。風魔法で遠くから枝をちょん切ることもできなくはないのかもしれないが、いかんせんセリーナは魔法の細かなコントロールが苦手だった。落ちた実を上手にキャッチできなければ潰れてしまうという問題もある。面倒だが、実際に気に登ってもいだ方が早いだろう。


――見てなさいよおおお!


 ぎろり、と屋敷の方に視線を向ける。窓の向こうで、ブリトニーがにこにこしながら手を振っているのが忌々しい。このフレイルピーチの木は、ブリトニーとお茶をしたあの部屋から非常によく見えるのだ。不正はできない。するつもりもないけれど。


「行くわよっ!」


 かっこよく作業を終えて、あの姉をぎゃふんと言わせてやる。セリーナは勢いよく、幹に足をかけたのだった。

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