リラ・エトワールは、豪華な舞踏会場の中央で微笑みを浮かべていた。彼女はその夜の主役、王太子アルトールとの婚約者として紹介される場であり、誰もが羨む立場だった。シャンデリアの下で煌めく彼女の淡い青色のドレスは、夜空に輝く星々を彷彿とさせる。高貴な立ち居振る舞いと控えめながらも優雅な笑顔は、貴族たちの目を奪い、女性たちには嫉妬の視線を向けられる。だが、リラ自身はその視線を心から楽しんではいなかった。
「リラ、今夜の君も美しいね。」
隣に立つアルトールが囁くように言った。彼はリラの婚約者であり、次期国王となる人物だ。整った顔立ちと堂々たる態度で人々を魅了する彼に、リラも最初は心をときめかせた。しかし、婚約から一年が経つ頃には、その魅力の裏にある冷淡さに気づいていた。
「ありがとうございます、殿下。」
リラは礼儀正しく答えたが、その声にはどこか疲れが滲んでいた。アルトールはリラの返事に気づくこともなく、すぐに周囲の貴族たちに目を向けてしまう。彼にとってリラは、王位を固めるための道具でしかなかったのだ。
そんな彼女の心の中では、期待と不安が入り混じっていた。リラは父であるエトワール伯爵家の跡取りとして、幼い頃から完璧を求められて育った。今回の婚約も家の繁栄のためであり、リラが個人として望んだものではなかった。しかし、今夜の舞踏会が終われば、そんな生活も少しは安定するだろう。そう考えていた――その瞬間までは。
「皆さま、お静かに!」
司会役の高官が声を張り上げた。会場のざわめきが一瞬で静まり返る。そして次の瞬間、アルトールが場の中央に進み出た。
「本日は、皆さまに重要な報告があります。」
その言葉に、リラの胸がざわつく。何の相談もなく、突然の発表があるなど聞いていない。アルトールが話を続ける間、リラは自分の手が冷たく震えるのを感じた。
「我が婚約者であるリラ・エトワール嬢は――」
一瞬、時間が止まったように感じた。彼の次の言葉が何を意味するのか、リラには分かっていた。だが、それでも耳を疑いたかった。
「王宮の宝物庫から、貴重な装飾品を盗んだ容疑があります。」
「――!」
会場はざわめきに包まれた。貴族たちが一斉にリラを見る。彼らの目には驚き、疑惑、そして軽蔑が浮かんでいた。リラは呆然と立ち尽くしたまま、自分の耳を疑った。
「殿下、それは――」
リラが口を開く前に、アルトールが冷たく言い放った。
「証拠は揃っている。リラ・エトワール嬢、君との婚約を破棄する。」
リラの視界が揺れた。周囲の声が遠く聞こえ、体の感覚が失われるようだった。今、何が起こっているのか。これは何かの悪夢だろうか。そんな彼女の様子を、アルトールは冷淡に見下ろしていた。
「待ってください! 私は何も――」
リラは声を振り絞った。しかし、貴族たちの間から嘲笑が聞こえた。
「おやおや、伯爵令嬢ともあろう方が、泥棒だとはね。」
「王太子殿下も見る目がなかったようだ。」
その言葉に、リラの目が熱くなった。言い返す力もなく、ただ涙がこぼれ落ちるのを必死でこらえるだけだった。
「リラ、すぐに城を出て行け。」
アルトールは冷たく命じた。彼の言葉は絶対だ。リラはもはや、抗うことも許されない。
護衛に腕を掴まれ、リラは無理やり舞踏会場を引きずられるように連れ出された。煌びやかなシャンデリアの光も、貴族たちの視線も、すべてが遠ざかっていく。彼女の心には絶望と怒り、そしてほんの少しの自分への疑問が渦巻いていた。
「どうして……私がこんな目に……。」
つぶやいた声は、誰にも届かなかった。
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リラが舞踏会を追われたその瞬間、彼女の人生は大きく変わろうとしていた。だが、この追放は彼女にとって終わりではなく、新たな始まりであることを、彼女自身はまだ知らなかった――。
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