城を追われたリラ・エトワールは、ひとり馬車に揺られながら、深い絶望に沈んでいた。隣国との国境にほど近い、辺境の地への追放を命じられた彼女には、わずかな荷物と追放命令書が手渡されただけだった。王都を後にする馬車の中で、リラは窓の外に広がる風景をぼんやりと眺めていた。だが、美しい田園風景さえも、彼女の心に慰めをもたらすことはなかった。
「なぜ、こんなことに……」
誰に向けたでもないつぶやきが漏れる。家族に恵まれ、貴族として何不自由なく育ったはずの自分が、いまや泥棒の汚名を着せられ、名誉を失い、城を追い出されるなど、考えたこともなかった。濡れ衣だと叫びたい気持ちはあったが、王太子アルトールの言葉は絶対であり、それを覆す術はない。
思い返せば、アルトールとの婚約が決まった瞬間から、自分の人生は歪み始めていたのかもしれない。愛を交わすどころか、リラは彼にとってただの「飾り物」でしかなかった。だが、それでも彼女は耐えた。家の名誉と、自分の誇りのために。だが、その結果がこれだ――裏切り、そして追放。
リラは拳を握りしめ、震える唇を噛んだ。涙を流すことすら許せない気がした。自分を追い詰めた者たちを思い、怒りが沸き上がる。特に、アルトールとその取り巻きであるヴィヴィアン公爵令嬢の顔が脳裏に浮かび、そのたびに胸が締め付けられた。
「私を陥れたのは、あの女……」
ヴィヴィアンはアルトールの婚約者の座を狙い、リラを失脚させるために動いたと確信していた。だが証拠がない以上、彼女を追及することはできない。
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馬車は夜になってようやく目的地である辺境の小さな村に到着した。運転手が無愛想に馬車の扉を開け、「ここで降りろ」と告げる。冷たい風が吹き付ける中、リラはためらいながらも外に降り立った。辺りは暗く、かろうじて村の輪郭が見えるだけだった。
「ここが……私の新しい居場所?」
誰に話しかけるでもなくつぶやいたその声は、虚空に消えた。彼女が立っているのは、村のはずれにある小さな宿屋の前だった。追放命令には、この宿に滞在することが指示されていた。王都での豪華な暮らしとは程遠い、古びた木造の建物だ。
リラは宿屋の扉を開けた。そこには、見るからに気難しそうな中年の女主人が立っていた。彼女はリラを見るなり、険しい顔で命じるように言った。
「お嬢さん、ここが王都の城とでも思っているのかい?贅沢なんて許さないよ。ほら、部屋は二階の一番端。晩ごはんは期待しないことね。」
無愛想な態度に、リラは言葉を失った。だが、この状況に文句を言っても仕方がない。無言で鍵を受け取り、指定された部屋へと向かった。部屋に入ると、そこには粗末なベッドと、窓が一つあるだけだった。城での豪華な暮らしとは天と地の差だ。
ベッドに腰掛けたリラは、再びため息をついた。これからどうすればいいのだろう? 王都に戻ることもできず、家族に助けを求めることもできない。伯爵家の名誉を汚したとされ、父も彼女を見捨てたのだ。
その夜、リラは眠れないまま、窓から見える星空を眺めていた。夜空は澄み渡り、無数の星々が輝いていた。王都では見られないほど美しい星空だった。リラはその光景に、わずかながら心を癒された。
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翌朝、宿を出たリラは、村の広場で地元の人々が行き交う様子を見た。素朴な服装をした村人たちは、彼女に特に興味を示すことなく、各々の仕事に精を出している。リラはその様子を見ながら、思った。
「私も、ここで何か役に立てることを見つけなければ。」
だが、何から始めればいいのか分からない。ただ、何もしなければ自分の存在がさらに無意味に思える。そんなとき、彼女の目に、広場の片隅で薬草を扱う店が映った。
「薬草……」
リラはその店に足を向けた。かつて王都で、彼女は宮廷の学問の一環として薬草学を学んだことがあった。ほんの基礎的な知識だが、それでも人々の役に立てるかもしれないという期待が湧いてきた。
店の主人は年配の男性で、リラが店に入ると、驚いたように顔を上げた。「お嬢さん、見ない顔だね。何か探しているのかい?」
リラは小さく頭を下げ、「いえ、私は薬草学を少し学んだことがあって……ここで働かせていただけないでしょうか」と申し出た。主人は一瞬怪訝そうな顔をしたが、リラの真剣な眼差しに心を動かされたのか、少し考えてから頷いた。
「いいだろう。ただし、王都のお嬢さんみたいな贅沢は通用しないからな。」
こうして、リラの新しい生活が始まった。まだ小さな一歩だったが、それは確かに、彼女が自らの未来を切り開くための一歩だった。
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この夜、リラは宿屋に戻り、再び星空を見上げた。夜風が彼女の頬を撫でる中、彼女は決意を新たにした。
「私は私の力で、生き抜いてみせる。」
リラの中に芽生えた小さな希望の光は、星空のように、これから彼女の道を照らしていくのだろう――。
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