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第3話 星空の誓い



辺境の村での新しい生活を始めて数日が経った夜、リラは宿の部屋から出て、村の外れにある丘へと足を運んだ。村全体が静まり返り、辺りを包むのは月の淡い光と星々の煌めきだけだった。リラは夜空を見上げ、深く息をつく。


「ここでは、星がこんなにも近く見えるのね……」


王都では、夜空を見上げる余裕などなかった。社交界の華やかさや、伯爵令嬢としての責務に追われる日々は、確かに豊かで恵まれていたはずだった。だが、その煌びやかさの裏には、自由を奪われた自分がいた。今はすべてを失った身であるが、星を眺めるこの瞬間だけは、かつての自分よりもずっと自由に感じられた。


だが、リラの胸には、失ったものへの痛みと怒りが未だに渦巻いていた。特に、アルトール王太子とヴィヴィアン公爵令嬢に対する思いは、日が経つにつれて鋭くなっていく。自分を陥れたあの二人が、いまも何食わぬ顔で王都の中心に立ち、笑っているのだと思うと、悔しさが押し寄せてきた。


「……私は、あの人たちに復讐すべきなの?」


自らに問いかけるその声は、夜風にかき消された。リラの心には確かに復讐心が芽生えていた。だが、彼女はすぐにその思いを打ち消した。復讐を果たしたところで、自分が救われるわけではない。リラの胸に残ったのは、自分が無力だったという現実と、それを克服するための方法を見つけたいという願いだった。


「私にできることを見つける……それが、きっと答えなのよね。」


リラは丘の上に腰を下ろし、夜空を見上げた。無数の星が瞬いている。その中でひときわ輝く星に向かって、彼女はそっと祈りを捧げた。



---


そのとき、近くで足音が聞こえた。リラは振り返り、驚いたように声を上げた。


「……セリウス?」


そこに立っていたのは、旅人の青年セリウスだった。リラが王都を追放される道中で偶然出会い、少しの間同行してくれた人物である。彼がこの村にもいることに驚いたリラは、思わず立ち上がった。


「こんな時間に一人でいるなんて、危ないな。」

セリウスは微笑みながらリラに近づいた。その手には小さなランタンが揺れている。柔らかな光が彼の整った顔立ちを照らし出し、リラはなぜか少しだけ胸が温かくなるのを感じた。


「危ないなんて思いませんでした。ただ……少し星を見たくて。」

リラは正直に答えた。セリウスはその言葉に目を細め、彼女の隣に腰を下ろした。


「こんな美しい星空が見える場所で、誰かと一緒に眺めるのも悪くない。」

セリウスの穏やかな声に、リラは少しだけ緊張を解いた。


「セリウスさんは、どうしてこの村にいるのですか?」

リラの問いに、セリウスはしばらく空を見上げた後、静かに答えた。


「君が言っていた村に、少し興味があったからだよ。それに、君が無事に暮らしているかも気になっていた。」


リラは驚いた。王都で出会ったばかりの自分のために、ここまで来てくれるような人がいるなんて思わなかった。


「でも、なぜ私を気にしてくれるのですか? 私なんて、いまやただの追放者なのに……」


リラの声には、どこか自虐的な響きがあった。だがセリウスは真剣な表情で彼女を見つめ、言った。


「追放者だとか、身分だとか、そんなものはどうでもいい。君は君だ。それだけで十分だと思う。」


その言葉に、リラの胸がじんわりと熱くなった。王都にいた頃は、誰も彼女を「リラ」として見てはくれなかった。すべては「エトワール伯爵令嬢」としての立場に基づく評価だった。それがここでは、初めて「自分自身」として扱われたように感じた。



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ふたりはしばらく無言のまま星空を見上げていた。やがてセリウスが立ち上がり、リラに手を差し伸べた。


「そろそろ戻ろう。夜露が冷えるからな。」

リラは彼の手を借りて立ち上がり、小さく微笑んだ。


「ありがとうございます、セリウスさん。」


ふたりはランタンの光に導かれながら、村へと帰る道を歩き始めた。リラは心の中で、新たな誓いを立てた。星空の下で感じたこの感謝と自由の気持ちを胸に、もう一度人生をやり直そう、と。


「私は私の力で生きる。そして、自分を認めてくれる人たちのために、何かを成し遂げるわ。」


その決意が、彼女の新たな運命を切り開く第一歩となることを、リラはまだ知らなかった。






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