目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第8話 過去の影



隣村での熱病の治療に成功し、リラの評判はさらに広がった。周辺地域では彼女を「癒しの乙女」と呼ぶ者も現れ、薬草店には遠方からも訪れる人々が絶えなくなっていた。そんな中、リラは自分の働きが人々にとって役に立っていることに充実感を覚えつつも、心の奥底で過去の影に悩まされる日々を過ごしていた。



---


広がる評判と責任


薬草店での仕事は以前にも増して忙しくなった。隣村だけでなく、さらに遠方の村からも薬を求める人々が訪れ、リラは昼夜問わず働いていた。彼女の知識と経験は確かに役立っていたが、評判が広がるにつれて、自分に寄せられる期待の重さを感じるようになっていた。


「私は、こんなに頼られる存在でいていいのだろうか……」


リラはふと、自分が追放者であることを思い出し、不安に駆られる瞬間があった。王都では泥棒の濡れ衣を着せられ、名誉も未来も失った身。いくらここで評判を得ても、いつか過去のことが暴かれれば、すべてが無に帰すのではないかという恐怖が彼女の心を縛っていた。



---


ヴィヴィアンの影


そんな不安が現実のものとなるような出来事が起きた。ある日、薬草店に訪れた旅の商人が、王都の噂話をリラに語り始めた。


「そういえば、王都ではヴィヴィアン公爵令嬢がまた婚約者を探しているらしいな。」

その名前を聞いた瞬間、リラの動きが止まった。彼女を陥れ、追放の原因を作った張本人の名前を久しぶりに耳にしたのだ。


「ヴィヴィアン公爵令嬢が……どうして婚約者を?」

努めて冷静に尋ねたが、心臓の鼓動が早まるのを感じた。


「どうやら、王太子アルトール殿下との関係が冷え切っているとか。リラ嬢を陥れたことで彼女が王妃になると噂されていたが、最近は殿下が距離を置いているらしい。『本当はリラ嬢が無実だったのでは』という声も一部で上がっているとか。」


商人の言葉は、リラの心に深い波紋を呼んだ。彼女を追放したヴィヴィアンとアルトールが、今も安穏とした生活を送っていると思っていたが、実際には内部で亀裂が生じているようだった。そして「リラが無実だったのでは」という噂の存在は、リラにとって救いのようでもあり、再び過去に向き合う恐怖でもあった。



---


セリウスの助言


その夜、リラは星空を見上げながら、深い思索に耽っていた。追放された過去を思い出し、悔しさと不安が胸を締め付ける。そんな彼女の元を、セリウスが訪れた。


「こんな時間に一人で何を考えているんだい?」

セリウスの柔らかな声に、リラは少し驚いたが、隠すことなく正直に答えた。


「過去のことを思い出してしまって……私を陥れたヴィヴィアン公爵令嬢の噂を聞いて、どうしても心が乱れてしまうんです。」


セリウスは静かに頷き、隣に腰を下ろした。

「君が過去に傷つけられたことは知っている。でも、それが君の今を曇らせる理由にはならないよ。君はここで、多くの人を助けている。それが君の価値だ。」


リラは彼の言葉に少しだけ気持ちが軽くなるのを感じたが、それでも自分の無実を証明したいという思いが胸をよぎった。


「でも……私は本当に濡れ衣を着せられたんです。それを明らかにすることができなければ、私はずっと追放者のままです。」


セリウスはしばらく沈黙した後、穏やかな声で言った。

「真実はいつか明らかになる。だけど、焦らないでほしい。君がここで得た信頼や評判は、君自身が作り上げたものだ。それが何よりの証拠だよ。」


その言葉に、リラは目を閉じて深呼吸をした。過去に縛られるのではなく、今を大切にすることが、自分にできる最善の道なのかもしれない――彼の言葉を受けて、そう思い始めた。



---


新たな決意


翌日、リラは薬草店で働きながら、新たな決意を胸に抱いていた。過去に向き合うことは、いずれ必要になるかもしれない。しかし、今の自分にできることを全力で果たし、目の前の人々を助けることが何よりも重要だと感じていた。


「私はもう、過去の影に怯えたりしない。今ここで、人々のためにできることを続ける。それが私の未来を切り開く鍵になるはず。」


リラはそう自分に言い聞かせ、再び調合に集中した。周囲の人々がリラを信頼し、感謝を伝える姿を見ていると、自分の存在意義が少しずつ確かなものになっていくのを感じた。



---


未来へ向かって


その夜、リラは星空を見上げながら心の中で誓いを立てた。

「私が選ぶ道は、自分の力で切り開く。そして、過去に囚われるのではなく、未来を作るために歩いていく。」


星々がまるで彼女の決意を祝福するかのように、夜空で輝いていた。リラの瞳にも、かつての絶望ではなく、未来への希望が確かに宿っていた。



-

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?