リラの評判は辺境の村やその周辺地域を超え、ついに王都にも届き始めた。「癒しの乙女」として人々を助け続けるリラの名声は、彼女を追放した者たち――アルトール王太子とヴィヴィアン公爵令嬢の耳にも入ることとなった。
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王都の動揺
王都の宮廷では、リラに関する噂がひそやかに囁かれるようになっていた。特に、熱病を治療した話が貴族たちの間で注目を集めていた。ある日、アルトールの私室に侍従が控えめに訪れ、報告を始めた。
「殿下、リラ・エトワール様が滞在されている村での評判が、ますます高まっております。」
アルトールは興味を失ったように手を振り、「くだらない」と呟こうとしたが、侍従の続きの言葉に耳を奪われた。
「特に、隣村での熱病を治療された功績が話題となり、殿下の一部の側近や貴族たちの間では、追放が不当だったのではないかとの声も上がっております。」
その言葉に、アルトールの顔色が変わった。濡れ衣を着せたはずのリラが、このような形で名を上げるなど思いもよらなかった。
「そんな馬鹿な……あの女は、ただの追放者だ。どうして名誉を取り戻すようなことができる?」
アルトールは苛立ちを隠せず、立ち上がって窓の外を睨みつけた。
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ヴィヴィアンの焦り
一方、ヴィヴィアン公爵令嬢の邸宅でも同様の話題が広がっていた。彼女の侍女が、宮廷で広がる噂を持ち帰り、ヴィヴィアンに耳打ちする。
「お嬢様、リラ様の評判がますます高まっております。王都の貴族たちの間では、もはや追放者としてではなく、医術の才を持つ人物として注目され始めています。」
ヴィヴィアンの表情は明らかに歪んだ。その端正な顔立ちが、怒りに震えている。
「どうしてあの女が……! あのまま忘れ去られるべきだったのに!」
ヴィヴィアンは、自らが仕掛けた計略が完全に失敗だったと認めざるを得なかった。追放されたリラが、完全に消え去るどころか、より高い評価を得ている。自分の立場を脅かす存在になる可能性に気づき、ヴィヴィアンは焦りを隠せなかった。
「殿下に何とかしてもらわなくては……」
ヴィヴィアンは王太子アルトールに助けを求めるべく動き出した。
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再び交わる陰謀
翌日、ヴィヴィアンはアルトールのもとを訪れ、リラの名声について話し始めた。彼女の表情にはいつもの高慢さが影を潜め、切迫感がにじみ出ていた。
「殿下、あのリラという女が、再び人々の注目を集めています。このままでは、追放の正当性が疑われかねません。」
アルトールは彼女の言葉にうなずきながらも、内心では苛立ちを隠せなかった。リラを陥れたのはヴィヴィアンの提案だったが、その計略が結果的に自分の評判にまで影響を及ぼしていることに気づいていたからだ。
「それで、ヴィヴィアン。どうするつもりだ? 私の手を借りようというのか?」
アルトールは冷たい口調で問いかけた。ヴィヴィアンは動揺しながらも答えた。
「殿下のお力をお借りしたいのは確かです。しかし、まずはリラの評判を落とす方法を探らねばなりません。」
二人の間に重苦しい沈黙が流れる。陰謀を再び仕掛けようとする二人だが、今のリラは当時のように孤立した存在ではなく、多くの人々の信頼を得ていた。その状況に、二人は次の一手を決めかねていた。
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リラへの波紋
そんな中、リラ自身は王都での動きについて全く知らなかった。彼女は村での仕事に集中し、人々の健康を守るために日々を忙しく過ごしていた。
ある夜、セリウスがリラの元を訪れ、静かに語りかけた。
「リラ、君の評判が王都にも届いているよ。」
その言葉に、リラは驚きと不安を感じた。
「王都に……? それは、どういうことですか?」
セリウスは慎重に言葉を選びながら説明を続けた。
「君の功績があまりにも大きいから、王都の貴族たちが君の存在に注目し始めている。それだけじゃない。アルトールやヴィヴィアンの耳にも入っているはずだ。」
リラはしばらくの間、何も言えなかった。自分が王都での生活を捨て、新しい人生を始めたはずなのに、再び過去が追いかけてくるような感覚だった。
「私は、ただこの村で人々を助けたいだけなんです。それが、どうしてこんな形で問題になるのでしょう……」
リラの声には苦悩がにじみ出ていた。セリウスは彼女の肩に手を置き、優しく言った。
「君の生き方が正しいからだよ。だからこそ、彼らは焦っている。君が何をしているか、どれだけの人を救っているか、それを考えてほしい。」
セリウスの言葉に、リラは少しだけ心を軽くした。自分が今までしてきたことが、誰かを救い、希望を与えている。それを信じて進むしかない――彼女はそう自分に言い聞かせた。
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希望と不安
リラは、過去に囚われるのではなく、今を生きることを選んだ。しかし、王都での動きが再び彼女の人生に影響を及ぼすことは避けられないだろう。
夜空を見上げるリラの瞳には、決意の光が宿っていた。過去を乗り越え、自分の力で未来を切り開く。その道を歩む覚悟を、彼女は新たにしたのだった。
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