星々が輝く、ノクティス王国。今夜は年に一度、夜空を舞台にした幻想的なお祭り『
星の光を結晶に封じた
けれど私には、その華やかさが遠い世界のものに感じて仕方がない。窓の外からでも見える、澄んだ夜空も、色とりどりの屋台も、人々の笑顔でさえも。今の私にとっては憂鬱なだけ。
ため息を吐きたくなるけれど、同じ部屋にいる金髪の女性を見て、グッと堪えた。
「あぁ、嫌だわ。せっかくの私の晴れ舞台なのに、従姉妹ってだけで、ミレイユなんかと一緒に立つなんて、ありえない」
金髪を手で払い、忌々し気に赤い瞳でロゼッタが吐き捨てる。語気が強いロゼッタだが、それを裏づけるだけの自信と派手さが彼女には備わっていた。その証拠に、自身の瞳と同じ、赤いドレスがよく似合っている。逆に私は……。
「地味な水色のドレスかと思っていたけど、デザインも古いのね。もしかして、伯母様の? ううん。使用人からお情けで借りたのかしら?」
「まさか。私も
ロゼッタと同じ、光の織手候補として舞台に立つのに、いくらなんでも失礼でしょう。
「これは、光の織手様から頂いたものなの」
「へぇ~。でも、『元』でしょう? 今年の星彩祭は、新たな光の織手を選ぶのだから」
「そうよ。儀式を終えていない以上、敬意を――……」
「うるさいわね!」
傍にあったテーブルを叩き、ロゼッタが勢いよく立ち上がった。
「ブリンモア伯爵家のお荷物のクセに、私に指図しないで! それとも何? 星彩師として私に敵わないからって、分家であるレイスフォード子爵家を盾に、下に見ているってわけ?」
「違うわ。逆にそれだけの才能があるのだから、光の織手様に敬意を称するべきだと思うの」
「相変わらずお堅いのね、ミレイユ。たったの数時間で、ただの人間に成り代わるのに、敬意ですって? むしろ次期光の織手となる私に、敬意を示しなさい!」
確かにロゼッタの実力ならば、あり得ない話ではない。その赤いドレスだって、まさに今日の主人公だと謂わんばかりである。胸元の星型のペンダントも、自信の表れなのだろう。
けれど、私には不敬に思えてならなかった。
「ふん! 今はできなくても、私がなったら従わざるを得ないんだからね、ミレイユ。覚悟しておきなさい」
「キャッ!」
ロゼッタはそういうと、私の横を通り、ワザと肩をぶつけてきた。その反動で、私は床に倒れる。
絨毯に広がる黒髪。ロゼッタはそこに向かって、遠慮なく足を振り上げた。
「っ!」
唇を噛みしめて、悲鳴を押し殺す。けれど痛みまでは消せなかった。
「ロゼッタ様。ミレイユ様。そろそろ舞台の方にお願いいたします」
扉越しから聞こえてくる使用人の声に、ロゼッタが一瞬、舌打ちをした。だが、私には両方とも安堵の音に聞こえてならなかった。
「せいぜいその汚いドレスで、私を引き立てなさい。地味で無能なミレイユには、それくらいしかできないんだから」
ロゼッタは吐き捨てるようにして、部屋を出て行った。残された私は、鏡の前に立ち、髪とドレスを整える。黒髪の奥に見える、青い瞳から薄っすらと出る涙を気にしないようにして。
***
今宵、『
「よしなさい。ミレイユは今日、光の織手様から贈られたドレスを着ているのだから」
「まぁ、道理で素敵なドレスだと思いましたわ」
「えぇ。さすがは光の織手様。ロゼッタ様に相応しい舞台を、わざわざ整えてくださったのね」
「次期光の織手として」
本当は違う、と言いたかった。光の織手様は、ブリンモア伯爵家での私の立場を理解してくださったから、このドレスを渡してくれたのだ。
分家であるレイスフォード子爵家のロゼッタよりも劣る私を、恥だと言うお父様に刃向かってまで、ドレスを新調してくれる者など、ブリンモア伯爵家にはいないからだ。
『晴れ舞台なのに、普段着で出るのはおよしなさい』
そう優しくおっしゃってくれた光の織手様。けして、そんな意図があって貸してくださったとは思わない。
「ミレイユ様。舞台の方に。心の準備はいいですか?」
「はい」
そうよ。今日はロゼッタとその取り巻きに構ってなどいられないんだから。この舞台で、私は変わるの。変わるんだから……!
薄暗い中、私は誘導に従い、階段を一段一段ゆっくりと上がっていった。
初めて立つ『星彩祭』の舞台。ずっと見ている側だった舞台は、意外なほどにシンプルだった。装飾は舞台外にいる者たちへ向けたもので、そこに立つ者からは見えない。おそらく、花や蔦が飾られているのだろう。去年がそうだったように。お祭り用の演出だった。
舞台に立つ星彩師には必要のない装飾である。なぜなら、今から星彩師の私が舞台を彩らせるからだ。
「大丈夫。大丈夫」
私は舞台の真ん中に立ち、胸に手を当てた。そこには水色のドレスに付いている、私の瞳と同じ青い宝石があった。黒い髪は夜空と一体になり、星々から輝きを受け取る。その光を指で糸のように操り、空中に星型の結晶を織り上げる。私はそれを、再び夜空へと返した。
その結晶こそが星彩であり、夜空に浮かんだその姿で、私たち星彩師は光の意思を読み取り、予言や結界などを張ることができるのだ。そう、本来は。
「え? 何?」
予想外のことが起きた。いくら私がロゼッタよりも劣る落ちこぼれであっても、星彩を夜空へ返すことはできるのに。
「どうして?」
青い星型の星彩が、私のいる舞台に降り注いだ。その瞬間、全く知らない記憶が脳裏を過る。
黒い枠にはまった、黄色い丸型の星彩のような形をしたものが、今のと同じように、私を目がけて倒れてくる光景だった。
あれは、スポットライト……そうだ。照明の設営をしていた時にミスをして……私はそのまま。ということは、これは前世の記憶?
いや、今はそれどころではない。ここから逃げないと、また! 私は二度も死ぬわけにはいかないの!
咄嗟に舞台から降りたお陰で、危機からは脱したけれど、星彩師としては致命的だった。
「やってくれたわね、ミレイユ」
後ろを振り向くと、赤いドレスを身に纏った金髪の美女が不敵に笑いかけてきた。あれは確か……。
「ロゼッタ……」
そうだ。私こと、ミレイユ・ブリンモアの従姉妹、ロゼッタ・レイスフォード子爵令嬢。舞台に上がる前から私をバカにしていたから、さぞかし面白いのでしょうね。私の失敗が。
前世でもそうだった。照明デザイナーとして成功すればするほど、やっかみを受け、最後は……。
コードでスタンドが倒れるにしても、私に向かって一斉に来ることはあり得ない。おそらく、私を妬んだ誰かの仕業だったのだろう。悔しいけれど、それ以外考えられなかった。
「でもお陰で、台無しになった舞台をより輝かせられるわ。ふふふっ。せいぜいそこで、私が光の織手に選ばれる様を見ているといいわ」
私の横を通り過ぎ、自信満々に舞台へ向かうロゼッタ。そして彼女は、さっき私がしたように、星の輝きを集め、赤い花型の星彩へと織り上げる。
まるでその名前に相応しい、薔薇のような星彩を、夜空に浮かべ光が放たれる。
「綺麗……」
近くにいた者が、そう呟いた。だけど……何かがおかしい。ミレイユの記憶では、まさに星のような煌めきなのに、あれは……。
「まるで花火のようだわ」
そう。儚い命のような光に感じる。どうして……という疑問は、大きな歓声と共に掻き消えた。だから私はすぐに気づかなかったのだ。
ロゼッタの晴れ舞台なのに、取り巻きの二人が舞台の近くにいなかった、ということに。