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第2話 偽りの夜

 『星彩祭アステリズム』は、ロゼッタが新たな光の織手に選ばれたことを告げて、終演した。今宵、星彩を一番多く夜空に輝かせたのが、ロゼッタだったからだ。逆に私は、前世の記憶を取り戻したとはいえ、一つも星彩を夜空に帰すことができなかった。


 結果。今、私はお父様の執務室に呼び出されていた。ミレイユの記憶から、何を言われるのかは容易に想像がつく。


「光の織手に選ばれることはないと思っていたが、まさか失敗など……ブリンモア家に泥を塗りおって」

「申し訳ありません」

「謝って済む問題ではない! 光の織手にロゼッタが選ばれるなど。これではレイスフォード家が、ますます力を持ってしまうではないか!」


 分家が力を持つことは、本家であるブリンモア伯爵家にとって、けして悪い話ではない。レイスフォード子爵家が、ブリンモア伯爵家をバカにさえしなければの話である。


 それを増長させたのは、おそらくミレイユが原因だろう。今回のことでも分かるように、星彩師としての実力はロゼッタの方が上。

 力があるのに、本家と分家という自分ではどうしようもない問題を前に、苛立ちを覚えるのは当たり前のこと。落ちこぼれのミレイユに八つ当たりをするのも、逆の立場なら理解できた。


「聞いているのか、ミレイユ!」

「はい」


 といっても、『星彩祭』で披露していたのも、ロゼッタにバカにされていたのも、私だけど私ではない。前世の記憶を取り戻す前のミレイユだ。

 一応、怒られているものの、実感が湧かなかった。


「お前はこれから、ロゼッタの侍女として、神殿に行ってもらう」

「え? なぜですか?」

「光の織手になる以上、侍女を付ける必要があるからだ」

「ですが、ロゼッタはレイスフォード子爵家で、ブリンモア伯爵家ではありません。ここに私を置いておけないというのなら、領地でひっそりと暮らします」


 星彩師としての才能がなくても、これまでブリンモア伯爵家にいさせてもらったのは、世間体のためだ。光の織手は謂わば、前世の知識でいうところの聖女に値する役職。

 その候補であったため、最低限の衣食住は面倒を見てもらっていたのだ。けれど今の私にはもう、その資格も、面倒を見てもらう理由もない。


 だったら、ブリンモア伯爵家を早々に出る算段をした方がマシだった。前世の記憶を取り戻した今では、こんな家に執着はない。


「ロゼッタを養女として迎え入れ、ブリンモア伯爵家の名で神殿に送り出すからだ。お前は逆にレイスフォード子爵家の星彩師として、ロゼッタに付いて行ってもらう」

「っ!」


 じょ、冗談じゃない! あんな高飛車お嬢様に仕えろ、ですって!


「お前に拒否権があると思っているのか? これまで、育ててやったのだ。それくらいしてこい」

「……はい」


 すでにお父様の中では、決定事項なのだ。私とロゼッタの取り換えの有無を、レイスフォード子爵家にしているのかも怪しいところだが、向こうからすれば、悪い話ではない。

 ここでお父様に交渉を持ちかけても無駄。なら、神殿に行かなくても済む算段を考えた方がいい。


 私は大人しく引き下がり、お父様の執務室を後にした。



 ***



「上手くいきましたわね、ロゼッタ様」


 廊下を歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。

 レイスフォード子爵家は王都にタウンハウスを持っていないため、ロゼッタはブリンモア伯爵家に滞在している。その部屋が近くにあるのだろう。

 辺りを見渡すと、幸いにも使用人の姿がなかった。私はいけない、と思いつつも声のする方へと近づいた。


「言葉には気をつけなさい。ここは神殿ではないのよ。誰かに聞かれでもしたら――……」

「あっ、申し訳ありません。けれど知らない者からしたら、光の織手に選ばれた祝いの言葉だと、勘違いしてくれますわ」


 確かに、そんな風に聞こえる。しかし、取り巻きがそんな言い方をするのだ。おそらく別の意味があるのだろう。


 私は扉に耳を当てて、さらにその続きを聞いた。


「それに、さきほど朗報が届きました。ロゼッタ様をブリンモア伯爵家の養女に、とのことです」

「……ミレイユは?」

「レイスフォード子爵家へ。さらにロゼッタ様の侍女として、神殿に行くことも決まったとか」

「ふふふっ。計画通りね」


 え? どういうこと?


「ですが、この星型のペンダントの威力は、少しだけ危険ですね。まさか、あれほど力を吸い取られるとは思ってもみませんでしたから」

「えぇ。危うく気を失うところでしたわ」


 そういえば、ロゼッタが舞台に立っていた時、取り巻きの二人を見かけた、かな? 派手なパフォーマンスにと観客の歓声で、気にも止めなかったけれど……それに星型のペンダントって?


 あっ、ロゼッタがしていたのは覚えているけど、取り巻きたちもしていたかしら。舞台袖は暗かったから、よく覚えていないわ。そもそもあの時のミレイユは、取り巻きたちの言葉で俯いていたから、見ていなかった可能性の方が高い。


「でもお陰で、あれだけ多くの星彩を織り上げられたのよ。ペンダントの効果は凄いわ」

「私も見ました。夜空に舞う、ロゼッタ様の星彩を」

「えぇ。本来、星彩は夜空に『輝く』と表現しますが、我々が使う花型の星彩に相応しい『舞い』でしたわ」

「……たったそれだけの表現で、花型の星彩師が肩身の狭い想いをさせられるなんてね」

「ロゼッタ様が光の織手になれば、もう誰もそのようなことは言いません。いいえ、けして言わせません!」


 そうか。ミレイユの星彩は星型だから、花型の星彩を織り上げる星彩師の気持ちを、汲むことができなかったのね。星型は謂わば、正統派だから。

 光の織手様が、このドレスをくれた意味も理解していなかったのが、いい証拠。憐れみの他に、期待があったのかもしれない。


 だけど結果は……無残なものだった。


 私は唇を噛みしめて、この場を去ろうとした。けれど次の言葉を耳にした途端、体が動けなくなった。


「そのためには、もっと力が必要だわ」

「勿論です。私たちはロゼッタ様のためならば――……」

「貴女たちはダメ。今後も私を助けてくれないと困るの。だから代わりに、ミレイユにやってもらおうかと思っているんだけど、どうかしら」

「素晴らしいですわ、ロゼッタ様!」

「私たちを気遣ってくださるばかりか、あのお荷物を活用するなんて!」

「まぁ、活用だなんて、再利用の間違いでしょう? ねぇ、ロゼッタ様?」

「そうね。ミレイユがいなくなれば、私はずっとブリンモア伯爵令嬢でいられるわ。この星型のペンダントも、不正と一緒にミレイユに押しつけられる。一石二鳥ってわけ」


 すると再び、取り巻きたちの称賛が、部屋の外にまで響いた。

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