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第3話 出会い

 その後のことは、よく覚えていない。ロゼッタたちの会話から逃げるように、私は自室へと足を向けた。

 ミレイユの記憶を頼りに、ブリンモア伯爵邸の廊下を歩いていたことまでは覚えているのだが……。


「ここは、どこ?」


 明らかに外だと分かる、土の壁。手で触ると、少し湿っていた。これは外というより、洞窟のような気がした。湾曲した天井。それにこのジメッとした感覚も。


 だけど、どうして?


『僕が呼んだんだよ』

「だ、誰?」


 突然、近くから聞こえてきた。子どものような無邪気な声に驚いたけれど、自然と怖くは感じなかった。


『僕? 僕はエレモ。君は星彩師、だよね。ちょっと変なエネルギーを感じたから呼んだんだ』


 そう名乗った彼、彼女? いや僕と言ったから彼か。エレモはふわりとした銀髪が綺麗な、小さな妖精さんのような姿をしていた。

 私は思わず、目を擦って現実なのか、何度も確かめた。


 だって、この場所といい、魔法のような感覚についていけなかったんだもの。


「ほ、本物?」

『何が? あぁ、もしかして、僕の存在のことかな?』

「うん、そう。貴方は誰なの? 名前とかじゃなくて」

『エレモはエレモなんだけど。そうだなぁ~。君は星彩師だから、星のかけらに宿っている者っていったら分かる?』


 星のかけら? 星彩師のことを持ち出してくるくらいだから、それに関連したことかしら?


 必死にミレイユの過去から探していると、ある一点に行きついた。


「星の……精霊?」

『当たり!』


 エレモは余程嬉しかったのか、私の目の前で宙返りをしてみせた。銀髪から零れる光が舞い、キラキラとしていて美しい。


「えっ、星の精霊だって!?」


 飛び交うエレモに見惚れていると、今度は横から低い声が聞こえてきた。私が振り向く間もなく、その声の主はずかずかと近づき、銀色に光輝くエレモに顔を寄せる。

 思わず「あっ」と顔を後ろに引いた瞬間、壁に肩が当たり、バランスを崩した。すると、目の前に迫っていた男性と思わしき人物に抱き止められて、倒れることだけは逃れた。けれどホッとするのも束の間、突然ガシャンという大きな音に、私は目を瞑った。


 スポットライトが落ちてきた時の音。星彩が降り注いだ記憶。失敗、怒涛と嘲笑う声。


 聞こえてきた音は一瞬だったのに、次々へと映像が脳裏に浮かぶ。


『大丈夫?』


 エレモが心配そうに声をかけてくれるけれど、息を吸うことができず、声を出すのもままならない。代わりに顔を上げると、栗色の髪をした男性と目が合った。エレモと同じように、心配そうに覗き込む深緑色の瞳に、私は思わず彼に向かって手を伸ばした。


 助けて――!


「あっ、えっと……」


 戸惑いつつも、抱きしめてくれる男性。ぎこちなく回された手が、優しく私の背中を撫でてくれた。


「俺が言うのもおかしいけど、何も怖くないから。ゆっくり、ゆっくりで大丈夫。大丈夫だから」


 荒くなる息を落ち着かせようとしてくれているのか。リズムよく背中を摩ってくれるお陰で、段々と上手く息を吸うことができるようになった。

 すると今度は、涙が溢れてきた。他の人の体温を感じたからなのか。それとも、何度も「怖くない」「大丈夫」と言われ、張り詰めていた心の箍が外れてしまった。


 初対面だということも忘れ、私は泣き続けた。



 ***



「どうぞ。熱いから気をつけて」


 気が済むまで泣いた私に対して、彼、リオネルは何も言及しなかった。ただ黙々と、周りに散らばった荷物を片付けた後、その中からマグカップを取り出して、お茶を注いでくれたのだ。


「ありがとう。それからごめんなさい」

「それはこっちのセリフだから、気にしないでくれ」

「だけど――……」

「そもそも俺が、星の精霊に気を取られたのが原因なんだから」


 改めてリオネルから自己紹介を受けた時にも、同じことを言われた。ここが洞窟ではなく、祠だということも。


「星のかけらがここに安置されていることを知ってから、星の精霊に会いたくて通い続けていたんだ。そしたら今日は、奥の方から声が聞こえてきて。行ってみたら君が、ミレイユがいた」

「気を遣わないで。正直に、私よりもエレモ、星の精霊がいたって言っていいんだから」


 リオネルには恥ずかしい姿まで見られたのだ。気を遣われる方がいたたまれない。


「いや、始めは星の精霊には気づかなかったんだ。灯りかな、程度にしか思えなくて」

『あ、灯り……!』


 私の肩に乗っているエレモがショックを受けていた。しかし、リオネルにはその声が聞こえていないのか、言葉を続ける。


「それで咄嗟に、スケッチブックを取り出して……ごめん。勝手に描かせてもらった」

「見せてもらってもいい?」

「うん。本当に、ごめん」


 確かに、許可もなく描かれるのは不愉快だけど、リオネルから渡されたスケッチブックを前に、そんな感情は無粋だった。


 細身の体をカバーするような、ふわっとしたシンプルなデザインのドレス。長いストレートな髪が、さらに清楚な雰囲気を醸し出している。顔の正面に光があるお陰で、目鼻立ちもしっかりと描かれており、私はここで初めて自分の顔をまじまじと見た。


 『星彩祭』の後は慌ただしかったし、ブリンモア伯爵邸に戻ったら、着替える間もなくお父様に呼び出されたんだもの。ゆっくりと鏡を見ている暇なんてなかったわ。

 廊下で窓に映る姿は見たけれど、高が知れている。だから、ロゼッタたちの言葉を鵜呑みにしてしまったが、ミレイユがこんなに美人だったなんて……驚きだわ。


「その光が星の精霊だと知ったら、居ても立っても居られなくなってね。急いで向かったら、その拍子に鞄からパレットとかが落ちて……」

「ううん。リオネルは事情を知らなかったんだから、謝らないで」


 私も自己紹介をした時に、身分を証明するため、星彩師であることを話した。今宵開かれた、『星彩祭』で失敗したこと。お父様に叱咤されたこと。従姉妹のロゼッタが光の織手に選ばれたことも含めて。


 本当なら、過呼吸になった原因の出来事や泣いたキッカケを話せればよかったのだが、さすがに転生者です、とは言えなかった。


「それに、こんな素敵な絵を見せてもらったんだもの。怒ったら罰が当たってしまうわ」

「ありがとう。でもそれは、モデルが良かったからだよ」

「えっ?」

『うんうん。僕が選んだんだから、当然だよ』

「選んだ? 変なエネルギーを感じたからって言わなかったっけ?」


 変な空気になりかけた瞬間、エレモの発言に助けられた、と安堵していたのに、聞き捨てならなかった。


 そもそも、変なエネルギーって何?


『言ったよ。でも、重要なのはそれだけじゃ――……』

「えっ、ミレイユ。星の精霊の言葉が分かるの!?」


 リオネルが身を乗り出し、驚いたエレモが私の後ろに隠れた。さらにリオネルが追おうと、顔を近づける。好奇心に満ちた深緑色の瞳に見つめられ、私は顔が熱くなるのを感じた。


「星の精霊はなんて言っているの? それにさっき、エレモって言っていたけど、星の精霊の名前?」

「待って待って。とりあえず落ち着いて、リオネル。その……顔が、近い、から」


 彼の息がかかるほどの距離に、私は戸惑った。リオネルもそれに気づいたらしく、慌てて離れていく。


「ごめん。星の精霊を見たのも初めてだし、言葉が通じるとは思わなかったから。でも、俺には聞こえないみたいだ。やっぱり、これはミレイユが星彩師だからなのかな」

「多分。エレモが言うには、私に変なエネルギーを感じたから、ここに呼んだらしいの」

「それがなんなのかは分からないけど、よっぽどのことだよ。ここに祀られている星のかけらはさ、本来、神殿にあるべきものなんだ」

「あっ、思い出したわ。確か、何十年か前に神殿から盗み出されたのよね」


 ミレイユの記憶によれば、星彩師は神殿で祀られている光の精霊と星の精霊から、それぞれ力を与えられ、星彩を織れる者だけがなれるのだ。

 しかし、星の精霊が宿っている星のかけらが奪われてしまったため、今はその役割を光の精霊だけが担っている。お陰で、急激に星彩師が減ってしまったそうだ。


『光の織手の力が弱まって、代替わりをしようとしている時に、真の星彩師がいない。このままだと、光の織手によって守られてきたこの国が滅んじゃうよ』

「えー! そ、それは困るわ! この国が滅ぶだなんて」

『だから君を呼んだんだよ。変なって言ったけど、感じたその強いエネルギーは魂だから。君になら、僕の力を受け止められると思うんだ。真の星彩師になって、あの不快なエネルギーをどうにかして? 嫌な予感がするんだよ』

「今度は不快なエネルギー? どういうこと?」


 私に感じた魂のエネルギーは、おそらく転生者としてのものだろう。キッカケは星彩が降り注ぐという事故だったけれど、前世の記憶を取り戻すのは、相当なエネルギーが発生すると思うからだ。


「もしかしたら、俺の聞いた噂が、それに該当するかもしれない」

「リオネル?」

「星彩師って、貴族だけがなれるだろう? だけど、誰もがなれるわけじゃない。輩出できない貴族の家だってあるんだ。その劣等感を悪用して、金をふんだくっているらしい」

「詐欺を働いているってことね」


 どこの世界でも、あの手この手をよく考えるものだわ。

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