年の瀬が近づいて、Pearl Moonにも少しだけ浮ついた空気が流れていた。壁際にはクリスマスカードがピンで留められ、共有スペースにはツリー代わりの観葉植物に、誰かが飾りを吊るしている。
「持ち寄りパーティ、出るでしょ?」
昼下がりに白石がいつものように編集の合間に水島に話しかける。
「食べ物は適当でいいんだって。僕は唐揚げ作ってくるつもり」
「……俺はそういうの、あまり得意じゃないからなぁ」
水島が視線を落としながら言ってくるので、白石は少し眉を下げて微笑む。
「まあ、水島さんの性格ならなんとなくわかるけどさ。人がたくさんいてみんな笑ってて、でも無理に話しかけてこない。僕そういう空気って好きでさ。忘れたくないっていうか」
昔、弟と町内のクリスマスパーティーに行ったことを思い出した。たくさんの大人と子供が集まり、好き好きに持ち寄ったオードブルを食べ、交換したプレゼントを開ける。その光景は今でもはっきり覚えている。記憶をなぞるたびに弟との思い出が蘇った。しかし水島は黙ったままで、無理に誘っては迷惑かもと思ってしまった。
「……じゃあ、レモンケーキ持っていくよ」
「すご! まさかの手作り⁉」
白石がそういうと「まさか」と眉尻を下げて水島が笑い「駅前のケーキ屋さん」と答えた。
最近はかなり水島と打ち解けてきたと思う。あのラーメン屋でお互いに胸に佇む記憶の話をしたからだろうか。今みたいにやさしい笑みを向けてくれることがうれしい。水島に向かってにこっと笑うと、彼もうれしそうに笑った。
持ち寄りの夜、オフィスには小さな温もりが満ちていた。コンビニのおつまみや、手作りのおにぎり、デリバリーのピザ。なんでもありのゆるやかな宴。
白石は端のソファに座って紙皿を手にしながら、たまに視線を上げる。水島はビールを片手に他の人と話していた。
(苦手だって言ってた割に、楽しんでるじゃん?)
明るい照明の下、笑顔が自然に混ざる空間。誰かの冗談に全員が一斉に笑う。けれど白石の視線はずっと水島を探してしまう。そして目が合った。水島が軽くグラスをあげる。その仕草だけでなぜか胸の奥が温かくなった。この気持ちはなんなのだろうか。
パーティが終わり、片付けを手伝ってから二人は自然と並んで駅まで歩いていた。真冬の空気は澄んでいて吐く息が白く、街灯に照らされていた。
「楽しかったね」
白石がぽつりと言った。
「うん。でも……ちょっとだけ寂しかったかな」
「なんで?」
「みんなが笑っていて。その中に自分もいるはずなのに、なにか……自分だけ止まったままな気がして。そう感じるのって変かな?」
「変じゃないと思うよ」
そう言って白石は立ち止まった。そしてふっと空を見上げる。いつの間にか雪が降っていた。
「ねえ、水島さん」
「ん?」
「僕、水島さんが好きみたい」
白石の唐突すぎる告白に、水島は虚を突かれたようだった。けれど彼はその言葉を否定も受け入れもせず、ただ目を逸らされただけだ。
正直、怖かった。
大切なものをまた失うかもしれない――そうなってしまうことが。
白石はそれ以上なにも言わなかった。
言えなかった。
ただ雪の降る道を、少しだけ距離を空けて歩く。降り積もる雪が二人の間に静かな境界線を描いていた。