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月下の花嫁~冷酷王と銀の契約
月下の花嫁~冷酷王と銀の契約
ゆる
異世界恋愛ロマファン
2025年05月19日
公開日
4.6万字
完結済
戦乱の続く異世界ルーフェリア王国に、「銀の花嫁」として召喚された玲奈。彼女を迎えたのは、冷徹と呼ばれる若き国王エリオスだった。 使命と運命を背負いながらも、玲奈はこの世界で懸命に生きようとする。初めは心を閉ざしていた王も、彼女の真っ直ぐな言葉と行動に少しずつ惹かれていく。 幾度もの危機、命を懸けた戦い―― そして、静かに芽生えていく絆。 「私が、あなたの力になりたい」 「……もう、お前を失いたくない」 満月の夜、二人が交わす未来への誓いとは。 切なさと温もりが交差する、異世界ロマンスファンタジー。

第1話 召喚されし銀の花嫁

1-1: 召喚の夜


葉月玲奈(れいな)は図書館の閉館作業を終え、静かな夜道を歩いていた。月明かりが優しく降り注ぐ中、疲れた足取りで自宅へ向かう。彼女は平凡な図書館司書で、日々の仕事とわずかな読書の時間だけが楽しみという、特に目立ったことのない生活を送っていた。


しかし、その夜はいつもとは違った。空には異常なほど大きく輝く満月が浮かび、まるで彼女を見下ろしているかのようだった。玲奈はその不気味な光に気づきながらも、疲れのせいだと自分に言い聞かせた。


「今日はちょっと月が綺麗すぎるかもね……」


呟きながら足を進めた瞬間、玲奈の目の前に突然、銀色の光が弾けた。驚いて足を止めた彼女の視界が、まるで霧がかかるように白く染まる。


「えっ、何……?」


声を出そうとするが、光の中で身体が引き寄せられる感覚に襲われ、足元がふわりと浮いた。目を開けていられないほどの強い光に包まれ、玲奈は訳も分からず意識を手放した。



---


気がつくと、玲奈は冷たい石畳の上に倒れていた。目を開けると、見たこともない広間の天井が視界に入る。天井には美しいステンドグラスがはめ込まれ、そこから差し込む月光が床を照らしていた。


「ここ……どこ?」


玲奈は混乱しながら起き上がる。辺りを見回すと、豪奢な衣装を身に纏った男女が何人も彼女を見下ろしている。その中でも、一際目を引く男性がいた。背が高く、鋭い金色の瞳を持つその男は、冷たい表情で玲奈を見つめていた。


「銀の花嫁……やっと現れたか」


低く響く声が広間に響く。玲奈はその言葉の意味が分からず、混乱したまま問い返した。


「銀の……花嫁? 何の話ですか? ここはどこ? 私は……!」


声を張り上げる玲奈を、金色の瞳の男が鋭い視線で制する。


「落ち着け。お前は選ばれた存在だ。このルーフェリア王国を救うために召喚されたのだ。」


「召喚……? 私が?」


玲奈は耳を疑った。自分がいるのは間違いなく見知らぬ場所。だが「召喚」という言葉に、まるで小説の中に入り込んだような非現実感を覚えた。


「冗談でしょう? 私はただの図書館司書で……そんな、国を救うなんて話、信じられません!」


玲奈の動揺をよそに、男は冷静に話を続ける。


「信じるかどうかはお前の自由だ。だが、お前が『銀の花嫁』であることは確定だ。これが証拠だ。」


彼が指し示したのは、玲奈の左手首。見ると、そこには銀色に輝く模様が浮かび上がっていた。美しい花のような文様で、肌の上に刻まれているようだった。


「何これ……? こんなの、なかったはず……!」


「それが『銀の花嫁』の証だ。この印を持つ者だけが、ルーフェリア王国を救う力を持つ。」


男は無表情のまま言い放つ。玲奈はその言葉をどう受け止めればいいのか分からなかった。ただの平凡な日常を送ってきた自分が、突然異世界に召喚され、国を救えと言われても、到底現実だとは思えない。


「待ってください。本当に私が必要なんですか? 他に適任者がいるんじゃないですか?」


玲奈の必死の抵抗に、男は少しだけ目を細めた。


「残念だが、お前以外に選択肢はない。お前の力が、この国を滅びから救う鍵だ。」


玲奈は呆然とした。目の前の男の冷徹な言葉が、現実味を帯びて彼女にのしかかってくる。


「私は……そんな力なんて……」


言葉に詰まる玲奈の前で、男は鋭い声で命じた。


「名を名乗れ。」


玲奈は少し怯えながら答える。


「……葉月玲奈、です。」


「葉月玲奈。俺の名はエリオス・ルーフェリア。この国の王だ。」


彼の言葉に、広間の空気が一瞬凍りつくように感じられた。彼が「冷酷王」と恐れられている人物であることを、玲奈はこのときまだ知らない。彼の無表情の奥に隠された苦悩や、彼女を召喚した本当の理由が明かされるのは、もう少し先の話だった。


1-2: 宮廷生活の始まり


冷たく響くエリオスの言葉に、葉月玲奈はただ立ち尽くしていた。彼女の頭は混乱でいっぱいだった。自分はなぜここにいるのか、本当に「銀の花嫁」などという存在なのか。冷たい石畳の感触と、豪奢な装飾が施された広間の非現実感が、現実を否定するようだった。


「ついてこい。」


エリオスの短い命令で我に返る。彼は玲奈が返事をする間も与えず、背を向けて歩き出した。玲奈は仕方なく後を追う。広間を出ると、長く続く大理石の廊下が現れる。その壁には、歴史を感じさせる絵画や美しいランプが飾られていた。だが、玲奈の胸にはそれらを楽しむ余裕などなく、ただ不安が募るばかりだった。


「ちょっと待ってください!」


玲奈は急ぎ足で歩くエリオスの背中に声をかけた。彼が振り返ることはなかったが、足を止める。その背中を見つめながら、玲奈は自分の不安をぶつけた。


「私は、なぜここにいるんですか? 『銀の花嫁』と言われても、意味が分かりません! 元の場所に戻してほしいです!」


エリオスは冷たく振り返り、その金色の瞳が玲奈を鋭く射抜いた。


「お前に選択肢はない。この国を救う力を持つのはお前だけだ。」


「でも、私はただの普通の人間です! 国を救うなんて、そんな大それたことできるわけが――」


「黙れ。」


エリオスの声は低く、鋭く響いた。玲奈は息を飲む。その場にいる他の侍従たちも、彼の一言で静まり返った。


「お前がこの場にいるのは偶然ではない。『銀の花嫁』として召喚された時点で、お前はルーフェリア王国の一部だ。それを拒む権利はない。」


彼の冷徹な言葉に、玲奈の体が震える。拒否権すらない状況に、恐怖と怒りが交錯する。だが、それを言葉にする勇気はなかった。


「……こちらだ。」


エリオスはそれ以上話さず、再び歩き出す。玲奈は渋々従いながら、これが夢であってほしいと心の中で祈った。



---


玲奈が案内されたのは、広々とした部屋だった。高い天井には美しいシャンデリアが輝き、豪奢な家具が並ぶ。ベッドのカーテンは純白で、繊細な刺繍が施されていた。


「ここがお前の部屋だ。」


エリオスが無表情のまま告げる。玲奈は部屋を見渡して思わず言葉を失った。豪華すぎるその空間は、自分の小さなアパートとは比べ物にならない。


「私がここに住むんですか……?」


「そうだ。明日から宮廷の生活が始まる。しっかりと順応しろ。」


「順応って……私はただ元の生活に戻りたいだけなんです!」


玲奈が叫ぶように言うと、エリオスは一瞬だけ微かに眉を寄せた。しかし、すぐに冷たく言い放つ。


「それは無理だ。お前の役目を果たすまで、元の世界には戻れない。」


その言葉に、玲奈は絶望を覚えた。ここに閉じ込められるような生活が始まるのだと実感し、目の前が真っ暗になるようだった。



---


部屋を出ていくエリオスを見送り、玲奈はベッドに腰を下ろした。ふかふかのベッドが体を優しく包み込むが、彼女の心は一向に休まらない。


「どうしてこんなことに……」


呟くように漏らしたその声を、部屋の外から聞いたのだろう。ノックの音が響き、玲奈が「どうぞ」と言うと、優しそうな侍女が入ってきた。


「初めまして。私はリーナと申します。今日からこちらでの生活をお手伝いさせていただきます。」


リーナは柔らかい笑顔を浮かべて頭を下げる。その姿に、玲奈は少しだけ安堵した。


「リーナさん……私、本当にここにいるべき人間なんでしょうか?」


玲奈の問いに、リーナは少し困ったような顔をしたが、優しく答えた。


「『銀の花嫁』が現れるのは、国にとって大変な喜びです。お疲れだと思いますが、きっとお役目を果たせる方だと思いますよ。」


「でも、私は……ただの図書館司書なんです。国を救うなんてできるはずがありません。」


玲奈の声が震える。リーナはそんな彼女にそっと寄り添い、安心させるように微笑んだ。


「今は信じられなくても大丈夫です。きっと王も、時間が経てば分かってくれると思いますよ。」


「……王様も?」


その言葉に、玲奈は少しだけ驚いた。あの冷たく見えるエリオスにも、そんな変化が訪れるのだろうか――。



---


その夜、玲奈はなかなか眠ることができなかった。広すぎるベッド、豪華すぎる部屋。これまでの自分の人生とは全く違う世界に放り込まれた恐怖と不安が胸を締め付ける。


だが、窓の外に見える満月の光だけは、どこか慰めのように彼女を包んでいた。


「私はここで、何をすればいいの……?」


答えの出ない問いを抱えながら、玲奈はようやく目を閉じた。明日から始まる異世界での生活が、彼女にとってどんな運命をもたらすのか――まだ誰も知らない。



1-3: 契約婚の提案


翌朝、葉月玲奈は豪奢なベッドで目を覚ました。カーテン越しに差し込む陽光は柔らかく、どこか現実離れした美しさがあった。しかし、目を覚ますたびに思い出すのは、この異世界での状況だった。


「本当に夢じゃないんだ……」


小さく呟くと、昨夜の出来事が頭をよぎる。突然異世界に召喚され、「銀の花嫁」としてこの国を救う役目を押し付けられた現実。ため息をついたその時、部屋の扉がノックされ、侍女のリーナが顔を覗かせた。


「お目覚めですか?朝食の準備が整っております。王がお呼びです。」


玲奈は「王」という言葉に少し身震いした。昨夜の冷徹な態度を思い出し、彼に会うのは気が重い。しかし、ここで断る自由はない。玲奈はリーナに促されるまま、重厚な廊下を歩いていった。



---


食堂に入ると、そこは絢爛豪華な空間だった。壁には美しいタペストリーが掛かり、テーブルには眩しいほどの銀食器が並んでいる。その中央に座るエリオスは、昨夜と同じ冷徹な表情を崩さず、玲奈に視線を向けた。


「座れ。」


短く命じられ、玲奈は彼の向かいに座る。食事が運ばれる間、エリオスの鋭い目に見つめられるプレッシャーに、玲奈は言葉を発することすらできなかった。沈黙が続く中、エリオスが口を開く。


「お前には、この国を救うために果たすべき役割がある。それには形式が必要だ。」


「形式……ですか?」


玲奈が問い返すと、エリオスはため息をつき、続けた。


「この国の慣習に従い、王妃としての地位を与える。それが『銀の花嫁』としての象徴だ。つまり、形式的に私と婚姻を結ぶことになる。」


「えっ……!?」


玲奈は驚きのあまり声を上げた。婚姻など思ってもみなかった提案に、彼女の心臓は高鳴る。


「ちょ、ちょっと待ってください!いきなりそんなことを言われても……」


「必要なことだ。国民にお前が『銀の花嫁』であると示すため、そして敵対勢力を抑えるためだ。」


エリオスの声は冷静で淡々としているが、彼の言葉は玲奈に重くのしかかった。


「でも……結婚って、もっと愛とか気持ちがあってするものじゃないんですか?」


玲奈が反論すると、エリオスの目が僅かに細くなった。そして、まるで何かを断ち切るように冷たい声で言い放つ。


「愛など不要だ。この婚姻は契約に過ぎない。私には王としての責務があり、感情に流される余地はない。」


その言葉に、玲奈は胸が締め付けられる思いだった。彼の冷徹さには、どこか悲しげな響きがあったからだ。しかし、彼の態度に対抗する術はない。


「……わかりました。形式的なものなら、受け入れます。でも、それ以上のことは期待しないでください。」


玲奈が視線を下ろして呟くように言うと、エリオスは静かに頷いた。


「その覚悟があれば十分だ。今日から正式に『銀の花嫁』として行動してもらう。」



---


婚姻の手続きはあっという間に進んだ。王と花嫁が誓いを交わすという儀式は、簡素でありながら荘厳なものだった。玲奈は華やかなドレスをまとい、王宮の庭園で行われた小規模な式に臨む。参列者の視線が彼女に注がれる中、玲奈の胸は緊張でいっぱいだった。


エリオスは儀式中も一貫して冷たい態度を崩さず、誓いの言葉も形式的だった。しかし、彼の隣に立つと、彼の存在感の大きさを改めて実感する。威厳に満ちたその姿に、彼がこの国の王である理由を理解せざるを得なかった。


「これでお前は私の王妃だ。だが、忘れるな。これは契約に過ぎない。」


式が終わった後、エリオスは再びそう釘を刺した。玲奈は無言で頷くしかなかった。



---


その夜、玲奈は一人で自室の窓辺に座り、満月を見上げていた。結婚という言葉に抱いていた憧れや夢とは程遠い、冷たい契約の日々がこれから始まるのだと思うと、ため息が出る。


「形式的な婚姻……愛なんて必要ない……そんなの、本当に王妃って言えるのかな……」


小さく呟く声は、月明かりに溶けて消えていく。だが、窓の外の美しい庭園に目をやると、ふとエリオスの孤独な瞳が思い浮かんだ。彼の冷たさの奥にある何かが、玲奈の心をわずかに引っかける。


「彼も……何かを抱えているのかもしれない。」


玲奈はそう思いつつ、静かに目を閉じた。異世界での生活が始まったばかりだが、これから先の運命は、まだ何も見えないままだった――。


1-4: 銀の力の発現


異世界での生活が始まり数日。葉月玲奈は慣れない宮廷生活に戸惑いながらも、少しずつ新しい日常を受け入れようとしていた。侍女のリーナをはじめ、周囲の人々は優しく接してくれるものの、「銀の花嫁」としての特別扱いにどうしても気後れしてしまう。


そんなある日、王宮の一角で不穏な空気が漂い始めた。侍女たちの間で「国境付近で反乱軍が動きを見せている」という噂が囁かれ、宮廷全体が緊張感に包まれている。玲奈もそれを耳にし、不安を感じずにはいられなかった。



---


その日の夕方、玲奈は宮廷の広大な庭園を歩いていた。青々と茂る木々や色鮮やかな花々が広がる美しい庭園は、彼女にとって数少ない安らぎの場だった。しかし、その平穏を壊すように、遠くから甲高い声と足音が聞こえてきた。


「敵が攻め込んできました!早くお逃げください!」


侍従の一人が庭園に駆け込んできた。玲奈は一瞬動けなくなるが、すぐに背後で重厚な足音を感じる。振り返ると、そこにはエリオスがいた。彼は鋭い眼差しを侍従に向け、冷静に命じた。


「全員避難させろ。王妃を守るのが最優先だ。」


「王妃……!? 私、逃げるんですか?」


玲奈が驚きながら口を開くと、エリオスは彼女を一瞥し、冷たい声で言い放った。


「お前は何もしなくていい。ここでただ守られていろ。」


その言葉に、玲奈の胸の奥に小さな怒りが芽生えた。彼の言う「ただ守られる存在」という言葉が、どうしても自分を無力な存在と見下しているように感じられたからだ。


「……そんなの嫌です。私だって、何か役に立てるなら――」


玲奈が言いかけたその時、庭園の反対側から突如として敵兵が現れた。彼らは鎧をまとい、鋭い剣を手にしている。玲奈の中で恐怖が沸き上がるが、同時に不思議な感覚が体を包み込むのを感じた。


「下がれ!」


エリオスが玲奈を背後に押しやる。彼は剣を抜き、敵兵たちに立ち向かおうとするが、玲奈の体が動いた。自分でも理由が分からないが、彼を助けたいという気持ちが胸の奥から溢れてきたのだ。


「ダメ……私も、何かしないと!」


玲奈の手が無意識に動くと、左手首に浮かぶ「銀の花嫁」の紋章が眩い光を放った。次の瞬間、彼女の体から白銀の輝きが広がり、敵兵たちを覆い尽くした。その光に包まれた敵兵たちは怯え、次々と武器を手放して倒れていく。


「……これは?」


玲奈自身が何が起きたのか分からず、その場に立ち尽くす。だが、エリオスは冷静に彼女の背後に立ち、低い声で言った。


「それが『銀の花嫁』の力だ。」



---


戦いが一段落し、敵兵たちは捕縛された。エリオスは玲奈を見つめながら、彼女の力を改めて認識したようだった。その瞳には、いつもの冷徹さだけではなく、わずかな驚きと感心が宿っている。


「お前は、この国を救うために選ばれた存在だ。この力を正しく使えば、ルーフェリアを守る盾となる。」


「でも……こんな力、私には扱いきれない……」


玲奈は震える声で呟いた。自分が放った光景が現実だと信じられず、ただ戸惑うばかりだった。


「恐れるな。その力を制御する術を覚えればいい。」


エリオスの冷静な声は、玲奈を少しだけ落ち着かせた。しかし、彼女の中には新たな疑問が生まれていた。


「私が……本当にこの国を救えるんでしょうか?ただの図書館司書だった私に……」


玲奈の問いに、エリオスはしばらく黙り込んでいたが、やがて低い声で答えた。


「お前が救うのではない。この国が救われるかどうかは、これからの選択次第だ。ただ、その選択肢を増やせるのがお前の役目だ。」


玲奈はその言葉の意味を完全に理解することはできなかったが、エリオスの瞳には冷徹さの裏に隠れた何かがあるように感じられた。



---


その夜、玲奈は自室で一人、左手首の銀色の紋章を見つめていた。その紋章はかすかに光を放っており、昼間の出来事が夢ではないことを告げていた。


「これが……私の力……」


自分の中に眠る未知の力。それが国を救う鍵であると同時に、自分の命を削る代償があることを、玲奈はまだ知らない。それでも彼女の胸には、不思議な使命感が芽生え始めていた。


「私にできることがあるなら……」


そう呟きながら、玲奈は静かに目を閉じた。冷酷に見えるエリオスの真意と、彼女自身の運命が、少しずつ動き始めていることを感じながら――。



1-5: 初めての距離感


銀の力を発現させた後、葉月玲奈の生活は少しずつ変化を見せ始めた。宮廷の中で「銀の花嫁」としての立場が明確になり、彼女に対する周囲の目も少しずつ敬意を帯びるようになった。だが、玲奈自身は未だにその力をどう扱えばいいのか分からず、不安に揺れていた。


ある朝、侍女のリーナが玲奈の部屋を訪れた。彼女はいつも通りの穏やかな笑顔を浮かべている。


「王が広間でお待ちです。今日は銀の花嫁としての公務についてお話があるとのことです。」


玲奈は「公務」という言葉に戸惑いを感じながらも、リーナに促されて準備を整え、広間へ向かった。



---


広間に到着すると、エリオスがすでに待っていた。彼はいつものように冷静な表情を浮かべ、玲奈に視線を向ける。広間の中央には大きな地図が広げられ、周囲には数人の王宮の重臣たちが控えていた。


「来たか。」


エリオスが短く言うと、重臣たちは頭を下げて退室し、広間には二人きりとなった。玲奈はその視線の圧に耐えきれず、思わず言葉を発した。


「公務って、一体何をすればいいんですか?」


エリオスは地図を指しながら答える。


「お前の力は国境近くで発生している反乱を鎮める鍵となる。だが、力を使うのは最後の手段だ。それまではお前が銀の花嫁としての存在を示すだけで十分だ。」


「示すだけ……?」


玲奈が首を傾げると、エリオスは冷徹な声で説明を続けた。


「敵対勢力はお前の存在を恐れている。その威光を使い、反乱を抑え込む。だが、何かあれば再び力を発動する覚悟を持て。」


玲奈はその言葉に少しだけ反発を覚えた。自分の力がただ「見せるためのもの」として利用されることが、どこか釈然としなかったのだ。


「それで……私はただ黙って立っていればいいんですか?」


エリオスは玲奈の言葉に微かに眉をひそめた。


「お前に何ができる?」


その問いに、玲奈は返事ができなかった。自分が異世界で果たすべき役割について未だに実感が湧かず、どう答えていいのか分からなかったからだ。


「……分かりました。やります。でも、これが国のためになるのかどうか、まだ分かりません。」


玲奈の消極的な返事に、エリオスは何も言わず、ただ地図を指し示した。



---


その日の午後、玲奈はエリオスの案内で宮廷内を回ることになった。彼は広間や宴会場、そして王宮の庭園など、玲奈が銀の花嫁として姿を見せるべき場所を丁寧に説明していく。しかし、彼の言葉はどこか事務的で、感情がこもっているようには感じられなかった。


庭園を歩く二人。エリオスはふと足を止め、玲奈に向き直った。


「お前が発現させた力には可能性がある。その力を完全に制御できれば、国を救うだけでなく、新たな未来を築けるだろう。」


玲奈はその言葉に少しだけ驚いた。エリオスが「未来」という言葉を使ったのは、初めて聞いた気がしたからだ。


「……あなたは、この国の未来をどうしたいと思っているんですか?」


玲奈が思い切って問いかけると、エリオスはしばらく沈黙した。そして、静かな声で答えた。


「未来など、考える余裕はない。ただ、目の前の問題を解決する。それが私の責務だ。」


その言葉には、どこか疲れた響きがあった。玲奈は彼がどれほどの重責を背負っているのかを初めて意識した。


「でも、目の前の問題を解決するだけじゃ、何も変わらないんじゃないですか?」


玲奈の言葉に、エリオスは微かに目を見開いた。そして、珍しく柔らかな声で返す。


「……お前のような考え方をする者が、この国には必要かもしれないな。」


玲奈はその言葉に驚きながらも、少しだけエリオスとの距離が縮まったような気がした。



---


その夜、玲奈は自室の窓辺に座り、昼間のエリオスとの会話を思い返していた。彼の冷徹さの裏には、国を守るために犠牲を厭わない覚悟があることを感じ取った。そして、彼自身もまた孤独と戦い続けているのではないかと思った。


「私がこの世界に来た意味って、何なんだろう……」


玲奈はぽつりと呟きながら、左手首に刻まれた銀の紋章を見つめる。そこに込められた力が、自分にどんな運命をもたらすのかはまだ分からない。だが、彼女の心の中には、小さな使命感が芽生え始めていた。


「……私にできることがあるなら、やってみよう。」


そう心に決めた玲奈の瞳には、ほんの少しだけ強さが宿っていた。満月の光が静かに彼女を包み込む中、異世界での新たな一歩が始まろうとしていた――。









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