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第2話 契約の裏に潜む真実

2-1: 王の孤独


葉月玲奈が銀の花嫁として力を発現させてから数日が経った。宮廷では彼女の力が話題となり、一部の貴族たちは「国の守護者」として玲奈に期待を寄せ始めた。一方で、玲奈自身は未だにその役割に戸惑いを感じていた。特にエリオスの冷徹な態度に対しては、どう接して良いのか分からないままだった。


ある日の夕方、玲奈は庭園を歩いていた。満開の花々が風に揺れ、爽やかな香りが漂う。だが、その美しい風景を楽しむ余裕もなく、彼女の心は重いままだった。


「銀の花嫁……って言われても、私はただの普通の人間なのに……」


玲奈がそう呟くと、背後から静かな声が聞こえた。


「お前は普通の人間ではない。この国を救う力を持つ存在だ。」


驚いて振り返ると、そこにはエリオスが立っていた。彼はいつものように冷たい表情を浮かべ、玲奈をじっと見つめている。


「エリオス……王様……」


玲奈は思わず後ずさったが、彼は一歩も動かない。ただその金色の瞳で玲奈を見据えるだけだった。


「私が普通じゃないって、どうして言い切れるんですか? 私はただ、図書館で働いていただけの人間なんです。それなのに、いきなり異世界に連れてこられて、『国を救え』なんて……」


玲奈の声は震えていた。エリオスは一瞬だけ眉をひそめたが、その冷静さを崩すことはなかった。


「お前がこの国に召喚されたのは、偶然ではない。この国が求めた力が、お前を呼び寄せた。それが事実だ。」


その言葉に、玲奈は言い返すことができなかった。確かに、自分がここにいるのは何かの運命だという気がしなくもない。だが、それを受け入れることが、どうしてもできなかった。


「……でも、私にはそんな大それたことを背負える自信がありません。怖いんです。これからどうなるのか、何をすればいいのか……」


玲奈がそう言うと、エリオスはわずかに視線を逸らした。彼の冷徹な顔には、一瞬だけ影が差したように見えた。


「恐れるのは当然だ。だが、国を背負う者に恐怖を言い訳にする余裕はない。」


その言葉には、どこか自嘲のような響きがあった。玲奈はその声に違和感を覚え、思い切って問いかけた。


「……あなたも、怖いんですか?」


エリオスはその問いに一瞬動きを止めた。金色の瞳が玲奈を見つめ、彼の冷静な表情に微かな揺れが見えた。


「何を言っている?」


「あなたも、国を背負うことが怖いんじゃないですか? 私には分かりませんけど、きっと大変なんだろうなって思うんです。だから……」


玲奈の言葉を遮るように、エリオスは低い声で答えた。


「……王は恐れを抱いてはならない。恐れが見えた瞬間、それを利用され、国は滅びる。」


その言葉には、彼がどれほどの重圧を抱えているかが滲み出ていた。玲奈はその姿に、彼が「冷酷」と言われる理由を少しだけ理解したような気がした。


「でも……誰にも話せないんですか? その恐れを、誰かに相談することは……」


「必要ない。」


エリオスの短い答えに、玲奈は何も言えなくなった。彼の中には、誰にも触れさせない鋼の壁があるように感じた。



---


その夜、玲奈は自室でリーナと話をしていた。リーナは今日も優しい笑顔を浮かべ、玲奈の心をほぐすように話を聞いてくれる。


「王様って、本当に冷たい人なんですね……」


玲奈がポツリと漏らすと、リーナは少し困ったように微笑んだ。


「王は確かに冷徹に見えますが、それには理由があります。」


「理由……?」


「彼は幼い頃に家族を失い、その後は常に国のために自分を犠牲にしてきました。王としての責任を全うするために、感情を捨てたのだと思います。」


リーナの言葉に、玲奈の胸が少しだけ締め付けられる思いがした。冷たい態度の裏には、彼なりの孤独と責任があるのだと知り、少しだけ彼を理解した気がした。


「でも、それでも……誰かに頼ることはできないんですか?」


「王は強くあろうとしています。それが彼の選んだ道なのです。」


リーナの言葉を聞きながら、玲奈はふと、昼間のエリオスの金色の瞳を思い出した。冷たく見えるその瞳の奥に、ほんの僅かだけ孤独が見えた気がした。



---


翌朝、玲奈は決意したように立ち上がった。自分にはまだ何も分からないが、それでもエリオスともう少し向き合ってみようと思った。


「私は、私にできることをするだけ……」


窓の外に広がる青空を見上げながら、玲奈は小さく呟いた。その言葉が、新たな一歩を踏み出すための力となることを、彼女自身もまだ気づいていなかった。


2-2: 禁忌の魔法


数日が経ち、葉月玲奈はようやく宮廷での生活に慣れ始めた。侍女や護衛たちとのやり取りも自然になり、「銀の花嫁」としての立場にも少しずつ自覚を持とうと努力していた。しかし、心のどこかで、この異世界の「自分の役割」について疑問を抱き続けていた。


そんなある日の午後、玲奈は王宮の図書室に案内されることになった。侍女のリーナが彼女の手を引きながら言った。


「ここには、この国の歴史や魔法に関する文献がたくさんあります。銀の花嫁について書かれた記録もありますので、参考にしてください。」


玲奈は興味を引かれると同時に、不安も覚えた。自分がどんな存在で、なぜこの国に召喚されたのかを知るのは怖かったが、それ以上に何も知らないままでいることが嫌だった。



---


図書室は壮大で美しかった。高い天井まで届く書棚にぎっしりと本が詰まり、中央には読書用の大きな机が置かれていた。窓から差し込む陽光が暖かく、静寂の中に優雅な雰囲気が漂っている。


「ここに記録があります。もし分からないことがあれば、すぐにお呼びください。」


リーナが頭を下げて退出すると、玲奈は一人静かに本棚を見上げた。「銀の花嫁」と書かれた古びた本を見つけ、それを手に取ると机に座った。


本を開くと、そこには「銀の花嫁」の力についての記述があった。玲奈は興味深そうに目を通していく。



---


銀の花嫁の力


銀の花嫁は、召喚された国の災厄を鎮める力を持つ。


その力は光と癒しを司り、破壊的な力も秘めている。


しかし、その力を使うたびに「命の代償」が必要となる。




---


「……命の代償?」


玲奈の目がその言葉に釘付けになった。手が震え、本を閉じることも開き続けることもできない。呼吸が浅くなり、思わず声を漏らす。


「私が……死ぬってこと?」


ちょうどそのとき、図書室の扉が開いた。振り返ると、そこにはエリオスが立っていた。彼は無表情のまま近づいてきて、玲奈の手元にある本を一瞥した。


「読んだのか?」


「……これ、本当なんですか? 銀の花嫁の力を使うたびに命が削られるって……」


玲奈の声は震えていたが、エリオスの瞳には動揺の色は見えなかった。ただ冷静に頷くだけだった。


「そうだ。それがお前の力の代償だ。」


その簡潔な答えに、玲奈の胸が締め付けられる。


「じゃあ、私が力を使えば使うほど……死に近づくってことですか?」


「その通りだ。」


玲奈は目を見開き、椅子から立ち上がる。エリオスに詰め寄り、叫ぶように問いかけた。


「そんなの聞いてない! どうしてそんな大事なことを隠していたんですか?」


「お前が恐れるだけで何もしなくなるのを防ぐためだ。」


エリオスの声は冷たく響いた。その冷徹な態度に、玲奈の怒りが爆発する。


「命を削るって分かっていて、それでも『国を救え』って言うんですか? 私には、そんな覚悟なんて……!」


「覚悟を決めるのはお前だ。だが、銀の花嫁としての力を拒めば、この国は滅びる。」


玲奈はその言葉に返す言葉を失った。彼の言うことは正しいのかもしれない。だが、自分の命を賭けることを簡単に受け入れることなどできるはずがなかった。



---


その夜、玲奈は眠れなかった。ベッドに横たわりながら、左手首に刻まれた銀の紋章を見つめる。その光が、どこか重苦しく感じられた。


「私にこんな力があるなんて……どうして私が選ばれたんだろう……」


声に出しても答えは返ってこない。ただ静寂が広がるばかりだった。


そのとき、ふと昼間のエリオスの言葉を思い出す。


「覚悟を決めるのはお前だ。」


冷たい言葉の裏には、彼自身もまた多くの覚悟を背負っているのではないかという考えが頭をよぎる。彼の冷徹さの裏にあるものに、玲奈はわずかな興味を持ち始めていた。



---


翌日、玲奈はリーナに頼んで再び図書室を訪れた。彼女はもう一度「銀の花嫁」に関する記録を読み返し、代償の真実を自分の中で受け止めようとしていた。


「私にできることがあるなら……でも……どうやって?」


玲奈の心の中で恐れと使命感がせめぎ合っていた。異世界での生活が続く中で、彼女は少しずつ「銀の花嫁」としての運命と向き合い始めていた。だが、その力の代償を完全に受け入れるには、まだ時間が必要だった。


玲奈がエリオスと真正面から向き合う時、その答えが見えてくるのだろうか――。


2-3: 宮廷舞踏会


銀の花嫁としての力の代償を知った玲奈は、重い心を抱えながらも、宮廷での生活を続けていた。その中で彼女に新たな試練が課されることになった。それは王宮で開かれる舞踏会への参加だった。


侍女のリーナがその知らせを伝えに来たとき、玲奈は思わず目を丸くした。


「舞踏会ですか? 私が?」


「はい。国中の貴族たちが集まる大切な場です。銀の花嫁である玲奈様も、王妃として正式に紹介されることになります。」


リーナの言葉に、玲奈は息を呑んだ。まだ「銀の花嫁」としての自分を完全に受け入れきれていない中で、そんな重要な場に立つ自信はなかった。


「私……無理です。そんな大勢の人の前に出るなんて、きっと失敗します。」


不安を隠しきれない玲奈に、リーナは優しく微笑みながら言った。


「大丈夫です。私たちがお手伝いしますし、玲奈様はもう銀の花嫁として十分に立派ですよ。」


その励ましにも関わらず、玲奈の胸の中には緊張が膨らむばかりだった。



---


舞踏会の夜


当日、玲奈は豪華なドレスを身にまとい、髪を美しく整えられて舞踏会場へと向かった。リーナをはじめ侍女たちの手によるその姿は、誰が見ても「王妃」と呼ぶにふさわしいものだった。


だが、彼女の表情には緊張の色が浮かんでいる。壮麗な舞踏会場の扉が開かれた瞬間、目の前に広がる光景に圧倒された。


巨大なシャンデリアが天井から輝き、煌びやかな装飾が施された広間には、多くの貴族たちが集まっていた。彼らの視線が一斉に玲奈へと注がれる。


「これが……宮廷舞踏会……」


玲奈が足を進めると、会場は静まり返り、次第にざわつきが広がった。彼女の存在を初めて目にする貴族たちが、興味津々に彼女を観察しているのだ。


そして、その中心に立つエリオスが、彼女を迎えるように一歩前に出た。


「ようこそ、銀の花嫁。」


彼の低く響く声に、会場が再び静まり返る。玲奈はエリオスの隣に立つと、彼から軽く手を差し出された。


「踊れ。」


その短い言葉に、玲奈は驚き、目を見開いた。


「えっ、私がですか?」


「そうだ。ここでお前がどんな存在かを示す必要がある。」


エリオスの冷静な瞳が玲奈を見つめる。その瞳には、迷いや感情は見えなかった。彼にとってはただの「役目」なのだ。


玲奈は小さく息を呑み、意を決して彼の手を取った。



---


初めてのダンス


音楽が流れ始め、二人は広間の中央で踊り始めた。玲奈は舞踏会など経験したことがなかったが、エリオスのリードは驚くほど的確で、その動きに自然と身を任せることができた。


「意外と踊れるな。」


エリオスが小さく呟く。その声にはほんの少しだけ驚きが混じっているように聞こえた。


「初めてですけど……あなたが引っ張ってくれているからです。」


玲奈が小さく答えると、エリオスは視線を合わせないまま言った。


「銀の花嫁として、国の前に立つ覚悟が必要だ。これはその第一歩だ。」


その言葉に、玲奈の胸が少しだけ軽くなる。彼の厳しさは、彼自身が王として背負う責任の裏返しなのだと感じた。


周囲の貴族たちは二人のダンスに魅了されている様子だった。玲奈はその視線を感じながらも、次第にエリオスのリードに身を任せることができるようになった。



---


終わりと新たな始まり


ダンスが終わり、玲奈は深く息をついた。エリオスと共に舞踏会場の中央に立つその姿は、誰の目にも堂々とした王妃として映ったことだろう。


周囲からは拍手が沸き起こり、玲奈はその音に少しだけ驚いた。彼女に向けられた敬意の表れに、胸の中に少しだけ誇らしさが芽生えた。


「よくやった。」


エリオスの短い言葉に、玲奈は驚きつつも小さく微笑んだ。それは初めて彼から認められたような気がして、ほんの少し心が軽くなった瞬間だった。


しかし、その夜、玲奈の胸には新たな思いが芽生えていた。


「私は、何のためにここにいるんだろう……?」


舞踏会での役割を果たしたことで、彼女の中に「銀の花嫁」としての意識が少しずつ芽生え始めていた。それでも、自分の命を削る力を使う覚悟には、まだ至らないままだった。


彼女の中の迷いや葛藤、そして使命感――それらはこれからの運命に大きな影響を及ぼすことになる。だが、その時点で玲奈はまだその未来を知らなかった。


2-4: 敵国の陰謀


宮廷舞踏会が成功裏に終わったその数日後、葉月玲奈は再び平穏な日常に戻ったかのように思えた。しかし、それは表面上のことであり、実際には王宮内外で緊張が高まっていた。


反乱軍の動きが活発化し、国境地帯では小規模な戦闘が繰り返されているという報告が相次いでいた。その背後には、隣国ヴィルザリアが関与しているのではないかという噂が広がっていた。銀の花嫁の力を恐れた敵国が、玲奈の存在を脅威とみなしているのだ。



---


静かな朝の不穏な知らせ


玲奈が庭園で散歩をしていると、エリオスの侍従であるセザールが急ぎ足で近づいてきた。彼は王の側近としていつも冷静だが、その表情には緊張が滲んでいた。


「葉月様、急ぎ王の執務室へお越しください。重要なお話があります。」


玲奈は戸惑いつつも、セザールに案内されてエリオスの執務室へと向かった。扉を開けると、そこには重々しい空気が漂っていた。エリオスは地図を広げ、何人かの重臣たちと話し合っている最中だった。


「来たか。」


エリオスが短く言い、周囲の重臣たちは一礼して退出した。玲奈は部屋の中央に立ち、彼の冷静な目を見つめた。


「何かあったんですか?」


「敵国ヴィルザリアが、お前の命を狙っている。」


その一言に、玲奈は息を呑んだ。


「私の……命を?」


「銀の花嫁の存在が彼らにとって脅威であることは明白だ。お前の力を封じるか、もしくは消すことが彼らの目的だろう。」


冷静に語るエリオスの声には微かな怒りが込められているように感じられた。玲奈は不安を覚えながらも問いかけた。


「私は……どうすればいいんですか?」


「警備を強化する。だが、それだけでは不十分だ。お前自身も注意を怠るな。王妃としての立場を利用される可能性もある。」


玲奈はその言葉に頷いたが、心の中では恐怖が渦巻いていた。自分が命を狙われる立場になるなど、想像すらしていなかった。



---


襲撃の夜


その日の夜、玲奈はリーナと共に自室で過ごしていた。リーナが準備したお茶を飲みながら、昼間の話について考えていた。


「私が狙われているなんて……本当にそんなことがあるんでしょうか?」


「可能性はありますが、どうかご安心ください。王宮には強力な護衛がついていますし、私たちも全力でお守りします。」


リーナの優しい言葉に少しだけ心が落ち着いた玲奈だったが、その時、突然外から叫び声が聞こえた。


「侵入者だ! 王妃を守れ!」


その声に、玲奈とリーナは凍りついた。扉が急に開き、護衛の兵士が駆け込んでくる。


「葉月様、急ぎ隠れてください! 敵が王宮に侵入しています!」


「敵が……?」


玲奈は混乱しながらも、リーナに手を引かれて部屋の隅に隠れた。扉の外からは金属音や怒号が響いてくる。王宮の中が戦場と化していることを実感し、彼女の手は震えていた。


「大丈夫です、葉月様。必ず守りますから……」


リーナの言葉に励まされるものの、玲奈の心は不安でいっぱいだった。その時、扉が激しく開かれる音がした。敵が侵入してきたのだ。



---


銀の力の再びの発現


敵兵が部屋に踏み込んできた瞬間、玲奈の左手首に刻まれた銀の紋章が眩い光を放った。それはまるで玲奈自身の恐怖に反応するかのようだった。


「何だ、この光は……!?」


敵兵たちが怯む中、光は部屋全体を包み込み、玲奈の周囲に防壁のような形を作り出した。その光景に、リーナや護衛の兵士たちも驚きを隠せない。


「これが……私の力……?」


玲奈自身もその光景に驚きながら、胸の奥から湧き上がる感覚を感じ取っていた。それは恐怖ではなく、守るべきものへの強い意志だった。


その力は侵入者たちを圧倒し、彼らは次々と武器を手放して逃げ出していった。部屋の中には静寂が戻り、玲奈はその場にへたり込んだ。



---


エリオスとの対話


襲撃が収束した後、エリオスが駆けつけてきた。彼は部屋の惨状を一瞥し、無事だった玲奈に安堵の表情を見せることはなく、ただ冷静に問いかけた。


「無事か?」


玲奈は頷きながら、自分が発現させた力について口を開いた。


「これが……私の力なんですね。でも、どうして私が……」


その問いに、エリオスは短く答えた。


「それが銀の花嫁の宿命だ。だが、今は考えるな。お前が無事であることが何より重要だ。」


その言葉に、玲奈は胸の奥で微かに安堵を覚えた。彼の冷徹さの中にも、自分を気遣う気持ちがあることを感じたからだ。


「でも……この力は怖いです。」


玲奈が小さく呟くと、エリオスは少しだけ柔らかい声で言った。


「恐れるな。その力はお前だけのものだ。使い方を学べば、お前はもっと強くなれる。」


その言葉は玲奈にとって救いとなり、彼女の中に新たな決意が生まれつつあった。



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終わりに向けての思い


その夜、玲奈は再び窓辺に座り、銀の紋章を見つめていた。自分に託された力が何を意味するのか、まだ完全には理解できない。しかし、今日の襲撃を乗り越えたことで、彼女の中には少しずつ使命感が芽生え始めていた。


「私は……この力を正しく使えるようにならなきゃ。」


その決意は、これからの運命に向き合うための小さな一歩となるだろう。しかし、その力の代償が何をもたらすのか――玲奈はまだ知らない。



2-5: 王と花嫁の絆


敵国ヴィルザリアの襲撃を退けてから数日、葉月玲奈は王宮内で再び穏やかな日々を過ごしていた。だが、その静けさは嵐の前の静寂に過ぎないことを、彼女もエリオスも心のどこかで理解していた。銀の花嫁としての力を目にした者たちは、彼女を畏れ敬う一方で、その力を利用しようとする者も少なくなかった。



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孤独な王との再会


襲撃の日以来、玲奈はエリオスと顔を合わせる機会がほとんどなかった。彼は忙しそうに国の危機を処理し、王としての職務を全うしている。その背中を遠くから見ていると、彼の孤独がどれほど深いものか、玲奈には少しだけ分かる気がしていた。


そんなある日の夕方、玲奈が宮廷の庭園を散歩していると、久しぶりにエリオスと顔を合わせた。彼は庭園のベンチに一人腰掛け、手元の書類に目を通していた。ふと玲奈に気づいた彼は、目線だけで彼女を促す。


「お前も座れ。」


その言葉に、玲奈は少し戸惑いながらも彼の隣に腰掛けた。しばらくの間、二人の間には静寂が続いたが、玲奈が先に口を開いた。


「最近、ずっと忙しそうですね。休む暇もないんじゃないですか?」


「王に休息は不要だ。」


冷たく、短い返答だった。しかし、彼の声にはわずかな疲労が滲んでいた。


「……でも、王様も人間ですよね。そんなに無理をしていたら、いつか倒れてしまいます。」


玲奈の言葉に、エリオスは小さく笑った。彼が笑うのを目にするのは、初めてだった。


「倒れる暇があるなら、それを国のために使う。王とはそういうものだ。」


その言葉に、玲奈は胸が締め付けられる思いだった。彼の冷酷さの裏には、自分を犠牲にしてでも国を守ろうとする強い覚悟があることを、改めて感じたからだ。


「……私も、力を使うたびに命が削られるかもしれないと分かって、怖くなりました。でも、王様はもっと怖いものを抱えているんですね。」


玲奈の言葉に、エリオスは視線を彼女に向けた。その金色の瞳には、冷徹さの奥に隠された苦悩が垣間見えた。


「恐怖を抱くのは自然なことだ。ただ、それに屈するわけにはいかない。」


玲奈はその言葉に、小さく頷いた。エリオスの存在が、彼女にとって少しずつ特別なものに変わりつつあることを自覚していた。



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秘密の部屋


その夜、エリオスは玲奈をある場所へと案内した。それは、王宮の奥深くにある秘密の部屋だった。重厚な扉を開けると、そこには古い文献や地図、そして銀の花嫁に関する記録が保管されていた。


「ここは……?」


「銀の花嫁の力について知りたいと言ったな。この部屋には、お前が知るべき全てが揃っている。」


エリオスの言葉に、玲奈は驚きと緊張を覚えた。彼が自分にこれほど重要な情報を託すのは、初めてのことだった。


「なぜ……私にここを見せてくれるんですか?」


玲奈が尋ねると、エリオスは少しの間沈黙した後、低い声で答えた。


「お前には、自分の力を知り、受け入れる覚悟が必要だ。だが、それ以上に……お前を信じているからだ。」


その言葉に、玲奈の胸は熱くなった。冷酷で感情を表に出さないエリオスが、自分に信頼を寄せていると告げたことが、彼女にとって大きな意味を持っていた。


「ありがとうございます……私、頑張ってみます。」


玲奈の小さな決意の言葉に、エリオスは軽く頷いた。それ以上の言葉はなかったが、その沈黙が二人の間に特別な絆を作り出していた。



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銀の花嫁としての自覚


玲奈はその日以来、銀の花嫁としての自分の役割を改めて考えるようになった。自分の力がただ恐ろしいものではなく、国を守るための重要な存在だということを少しずつ理解し始めていた。


「私は……この国のために何ができるんだろう?」


彼女の中で湧き上がる問い。その答えを探すため、玲奈はエリオスと共に歩む覚悟を固め始めていた。



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エリオスの孤独


一方で、エリオスもまた変化を感じていた。冷徹で孤独な王であり続けることを選んだ彼だったが、玲奈と過ごす時間が少しずつ心に影響を与えつつあった。彼女の純粋な言葉や行動が、自分の中に閉じ込めた感情を揺り動かしていることに気づいていた。


しかし、エリオスはそれを認めることを恐れていた。王としての立場を守るために、感情を押し殺す日々が続いていたからだ。


「私は……彼女を守れるのだろうか?」


冷たく光る月明かりの下、エリオスは一人静かに問いかける。その答えを見つけるために、彼もまた銀の花嫁との絆を深めていく必要があった。



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玲奈とエリオスの間に生まれたわずかな絆。それは、国の未来を左右する大きな力となるだろう。だが、その道のりは決して平坦ではない。敵国の陰謀、銀の力の代償、そしてお互いに抱える孤独――それらが二人を試す試練として立ちはだかる。


それでも、二人は少しずつ歩み寄り、お互いの存在を支え合うようになっていく。それは、まだ気づいていない愛の始まりだった。













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