3-1: 新たな危機
ルーフェリア王国が一時的な平穏を取り戻したかに見えた頃、再び不穏な空気が漂い始めた。敵国ヴィルザリアが大規模な軍を動かし、国境付近の村々を侵略し始めたとの知らせが王宮に届いたのだ。
エリオスはすぐに軍議を招集し、緊急対策を練ることとなった。王宮の広間には将軍たちや高官が集まり、深刻な表情で地図を見つめている。玲奈もまた、その場に招かれていた。銀の花嫁としての存在が、戦局を左右する可能性を持っているからだ。
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会議の緊迫感
広間には張り詰めた空気が漂っていた。大きな地図がテーブルに広げられ、そこにはヴィルザリア軍の動きが赤い印で示されていた。エリオスが冷静な声で状況を説明する。
「ヴィルザリアは北部の村々を制圧しつつあり、次に城壁都市フェンリスを狙っている可能性が高い。フェンリスが陥落すれば、首都への道が開かれる。我々には時間がない。」
将軍の一人が声を上げた。
「防衛を強化するべきです。しかし、敵軍の規模は我々を上回っています。正攻法では厳しいかと。」
「ならば奇襲を仕掛けるべきです! 彼らが次に進軍する地点を予測し、そこに兵を集中させるのです。」
高官たちが次々と意見を述べる中、玲奈は圧倒されるような気持ちで彼らのやり取りを見守っていた。戦争という現実が目の前に迫る中で、彼女は自分に何ができるのかを考えずにはいられなかった。
エリオスが鋭い目で彼女を見つめ、短く言った。
「銀の花嫁の力を使う覚悟はあるか?」
その言葉に、玲奈は一瞬息を呑んだ。彼の言葉が重い責任を伴うものだと痛感したからだ。しかし、この国のために自分が選ばれた以上、何もしないという選択肢はなかった。
「……私は、力を使います。」
玲奈の決意に、広間にいた者たちは驚きの表情を浮かべた。彼女の声にはわずかな震えがあったが、その瞳には強い意思が宿っていた。
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出陣の準備
翌日、ルーフェリア軍はフェンリスの防衛を目的として出陣することが決定された。玲奈もまた、銀の花嫁としての力を発揮する場に立ち会うこととなった。彼女はリーナに手伝われながら、出陣のための準備を整えていた。
「本当に行くんですね、玲奈様……」
リーナの声には心配が滲んでいた。玲奈は彼女の手を握りしめ、微笑んだ。
「大丈夫。私ができることをするだけだから。でも、ありがとう、リーナ。あなたの励ましがあるから、勇気が持てるの。」
その言葉にリーナは涙ぐみながら頷いた。
「どうか、ご無事で……」
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戦場への旅路
ルーフェリア軍と共に馬車で向かう玲奈。戦場に近づくにつれ、兵士たちの表情が引き締まっていくのが分かる。玲奈もまた、胸の中で緊張が高まるのを感じていた。
馬車の中ではエリオスが地図を広げ、今後の戦略を再確認していた。その冷静な様子を見て、玲奈は彼の王としての責任感の大きさを改めて実感した。
「王様……」
玲奈が小さな声で呼びかけると、エリオスは視線を彼女に向けた。
「どうした?」
「私、本当にこの力をうまく使えるか不安です。でも……もし私が失敗したら、この国はどうなってしまうんでしょう?」
彼女の問いに、エリオスはしばらく黙っていた。そして、低い声で静かに答えた。
「お前が失敗したとしても、私がこの国を守る。だが、銀の花嫁としての力を信じろ。それが、この国を救う鍵だ。」
その言葉に、玲奈は少しだけ安心感を覚えた。彼の冷徹な言葉の裏には、彼女を支えようとする意図があることを感じたからだ。
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戦場の到着と決意
フェンリスに到着した軍勢は、すぐに防衛体制を整えた。敵軍が迫る中、玲奈は城壁の上から広がる風景を見下ろしていた。遠くに見えるのは、押し寄せるヴィルザリア軍の姿。彼らの規模は圧倒的で、その威圧感に思わず足が震えそうになる。
「怖い……でも、逃げちゃいけない……」
玲奈は小さく呟いた。そして、左手首に刻まれた銀の紋章を見つめる。その輝きが彼女に自分の使命を思い出させてくれた。
その時、エリオスが彼女の隣に立ち、静かに言った。
「お前が恐れるのは当然だ。それでも、恐怖に飲み込まれるな。お前の力があれば、この戦を勝利に導ける。」
その言葉に、玲奈は小さく頷いた。エリオスの言葉が、彼女に勇気を与えてくれる。
「……私、やります。この国のために。」
玲奈の決意を見て、エリオスは短く頷いた。そして、彼の瞳に一瞬だけ温かさが宿った。
「行くぞ。
」
戦場の空気が張り詰める中、玲奈は自分の中に眠る力を呼び起こす準備を始めた。彼女の決意は、これからの戦いにおいて重要な鍵となる――そして、エリオスとの距離を縮める第一歩でもあった。
3-2: 共同戦線
フェンリス城壁での緊迫した戦闘が始まった。ヴィルザリア軍は圧倒的な兵力を誇り、鋭い矢や重厚な攻城兵器でルーフェリア軍を攻め立てている。城内では兵士たちが必死に防戦しているが、状況は芳しくない。
葉月玲奈は、城壁の一角でエリオスの指揮を見守っていた。彼は冷静な判断で兵士たちを動かし、戦況を少しずつ押し返していたが、その顔には緊張が浮かんでいた。
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エリオスの指揮
「第二隊を南門に配置しろ!攻城塔を止めるんだ!」
エリオスの声が城内に響く。彼の命令に兵士たちは迅速に動き、防衛体制を整えていく。玲奈はその姿に目を奪われた。冷静で的確な判断を下し続けるエリオスは、まさに王としての威厳を体現していた。
しかし、その圧倒的な敵軍の数を前に、兵士たちの士気は次第に下がり始めていた。それを見たエリオスは、冷徹ながらも力強い声で叫んだ。
「恐れるな!この城壁は破らせない!我々が守るのだ!」
その言葉に、兵士たちは再び奮起し、敵に立ち向かっていく。玲奈はその様子を見て、彼がどれほどの覚悟と責任を背負っているのかを改めて実感した。
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玲奈の決断
しかし、それでも敵の攻撃は激しさを増すばかりだった。城壁が揺れ、爆発音が響く中、玲奈は自分の無力さを痛感していた。
「私も……何かしなきゃ……」
彼女は左手首の銀の紋章を見つめる。力を使えば命が削られる。それでも、このまま何もしなければ、ルーフェリアが危険にさらされるのは明白だった。
その時、エリオスが彼女のそばに来た。彼の金色の瞳が玲奈を真っ直ぐに見つめる。
「お前に頼むしかない。銀の力で、この状況を打開するんだ。」
彼の言葉には、玲奈に対する信頼と同時に、わずかな迷いが感じられた。玲奈はその迷いを感じ取りながら、小さく頷いた。
「わかりました……でも、私一人じゃ不安です。王様、どうか一緒に戦ってください。」
その言葉に、エリオスは驚いたような表情を見せたが、すぐに短く頷いた。
「当然だ。お前を一人にはしない。」
その答えに、玲奈の胸が少しだけ軽くなった。二人で共に戦うという決意が、彼女に勇気を与えたのだ。
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力の発動
城壁の上に立つ玲奈とエリオス。ヴィルザリア軍の攻撃はさらに激化している。玲奈は目を閉じ、左手首に意識を集中させた。すると、銀の紋章が眩い光を放ち始め、彼女の体を包み込んだ。
「これが……私の力……」
玲奈の体から放たれた光は、敵軍の前線に届き、彼らの動きを止めた。まるで目に見えない壁が作られたように、敵兵たちは次々と武器を手放し、混乱に陥った。
「すごい……」
兵士たちの中から驚きの声が上がる。その光景を見たエリオスも、わずかに目を見開いたが、すぐに声を張り上げた。
「今だ!敵軍を追い返せ!」
ルーフェリア軍が一斉に反撃を開始する。玲奈の力がもたらした一瞬の隙を活かし、彼らはヴィルザリア軍を押し返していった。
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戦闘の終息と新たな感情
激しい戦闘が終わりを迎え、ヴィルザリア軍は撤退を余儀なくされた。フェンリスの城壁は守られ、ルーフェリア軍は勝利を手にした。
城内では兵士たちが歓声を上げ、安堵の空気が広がる中、玲奈はふらりとその場に座り込んだ。力を使った代償で、体が酷く疲れていた。
「大丈夫か?」
エリオスが近づき、玲奈に手を差し伸べる。その手を取りながら、玲奈は微笑んだ。
「なんとか……でも、こんな力を持っている自分が、少し怖いです。」
その言葉に、エリオスはしばらく黙っていたが、やがて低い声で言った。
「怖がるのは当然だ。それでも、その力がこの国を救ったのは事実だ。」
彼の言葉には、わずかに柔らかさが感じられた。玲奈はその瞳を見つめながら、小さく頷いた。
「王様と一緒に戦えて良かったです。あなたがいてくれたから、私は頑張れました。」
玲奈の言葉に、エリオスは一瞬だけ驚いたように見えたが、すぐに小さく笑った。
「お前がいたから、私も勝てた。」
その笑みはこれまでの冷たい態度とは違い、ほんの少し温かさを帯びていた。玲奈はその変化に気づき、胸が少しだけ高鳴るのを感じた。
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新たな想い
その夜、玲奈は疲れた体をベッドに横たえながら、今日の出来事を思い返していた。エリオスの頼もしさ、彼の隣で共に戦った感覚、そして彼の優しさ。彼女の中で、エリオスに対する感情が変わり始めていることに気づいた。
「私は……あの人のことを……」
言葉にするのが怖いほどの感情が、玲奈の胸に芽生え始めていた。それはまだ確かなものではなかったが、戦場での共同戦線を通じて、エリオスとの距離が少しずつ縮まっているのを彼女は感じていた。
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エリオスの内心
一方、エリオスもまた、城の一角で一人考え込んでいた。玲奈の力に驚かされると同時に、彼女が自分の言葉を信じて力を振るったことが頭から離れない。
「……あの女、ただの花嫁ではないな。」
冷徹な王としての仮面を被り続けてきた彼の心に、玲奈という存在が少しずつ影響を与えていることに気づき始めていた。
3-3: エリオスの過去
フェンリスでの勝利から数日が経ち、ルーフェリア王国には一時的な平穏が訪れていた。しかし、葉月玲奈の心は未だにざわついていた。エリオスの冷静で頼もしい姿に感銘を受ける一方で、彼の冷徹さの裏にある孤独を感じずにはいられなかった。
ある夜、玲奈は月明かりの差し込む庭園を歩いていた。夜風が心地よく、彼女の不安を少しだけ和らげてくれるようだった。ふと、遠くにエリオスの姿が見えた。彼は庭園の片隅で一人、月を見上げていた。
「王様……?」
玲奈がそっと声をかけると、エリオスは振り返り、冷たい目で彼女を見つめた。
「こんな時間に何をしている?」
「少し……月を見ながら考え事をしていただけです。王様も、何か考え事ですか?」
玲奈が恐る恐る尋ねると、エリオスは視線を月に戻し、静かに答えた。
「……月を見ると、思い出すことがある。」
その言葉に、玲奈は彼の横に立ち、そっと尋ねた。
「どんなことですか?」
エリオスはしばらく黙っていたが、やがて重い口調で語り始めた。
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エリオスの過去の傷
「私は幼い頃、家族をすべて失った。父は戦場で命を落とし、母はその知らせを聞いてすぐに病で倒れた。兄も、私を守るために敵の刃に倒れた。」
玲奈は息を呑んだ。彼の冷静な声には、感情を押し殺そうとする努力が感じられた。
「王族である以上、家族を失うのは珍しいことではない。しかし、私はその喪失を受け入れる時間も与えられなかった。父の後を継ぎ、国を守るためにすぐに王となることを強いられた。」
玲奈は黙って彼の言葉を聞いていた。その瞳には、彼が抱える深い悲しみが浮かんでいるように感じられた。
「私は、弱さを見せる暇も、誰かに頼る余裕もなかった。感情を捨てなければ、この国を守れないと思ったからだ。」
エリオスの言葉に、玲奈は胸が締め付けられるような思いだった。彼の冷徹さは、ただの性格ではなく、国を守るために自ら選んだ道だったのだ。
「それでも、時々考えることがある。もし家族がまだ生きていたら……もし私がただの一人の人間だったら、どんな人生を送っていただろうかと。」
エリオスの言葉に、玲奈はそっと彼の手に触れた。その手は冷たく、力が入っていなかった。
「……王様、そんなに自分を責めないでください。あなたは本当に強い人です。でも、強い人ほど、本当は弱さを隠しているものだと思います。」
玲奈の言葉に、エリオスは驚いたように彼女を見つめた。
「……弱さを隠す?」
「はい。でも、誰かに弱さを見せることも、時には必要だと思います。そうしないと、心が壊れてしまいますから。」
玲奈の優しい声に、エリオスの瞳が僅かに揺れた。
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過去を共有する二人
エリオスは再び月を見上げ、少しだけ口元を緩めた。
「お前は……不思議な奴だな。私にそんなことを言う人間は今までいなかった。」
「私はただ、自分の思ったことを言っただけです。」
玲奈がそう答えると、エリオスは深く息を吐いた。
「お前には感謝している。お前が銀の花嫁としてここに来てから、少しだけだが、この冷たい城に温かさを感じるようになった。」
その言葉に、玲奈は胸が熱くなった。エリオスが自分の存在を認めてくれたことが、彼女にとって何よりも嬉しかった。
「王様……私、あなたの力になりたいです。銀の花嫁としてだけじゃなくて、一人の人間として、あなたを支えたい。」
玲奈の真摯な言葉に、エリオスは一瞬だけ目を見開いたが、やがて静かに頷いた。
「お前がそう言うのなら……頼らせてもらうことにしよう。」
その言葉に、玲奈は微笑んだ。エリオスの中にある孤独が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
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心の距離
その夜、玲奈は自室に戻りながら、エリオスとの会話を思い返していた。彼の過去の話を聞き、彼がどれほどの重荷を背負ってきたのかを知ったことで、彼への尊敬がさらに深まった。
「私は……あの人のそばにいたい。」
彼女の中で芽生え始めた感情。それは、エリオスをただ尊敬するだけではなく、彼の痛みを分かち合いたいという想いだった。彼女はその感情に戸惑いながらも、自分の心が少しずつ彼に向かっていることを感じていた。
一方、エリオスもまた、玲奈の言葉が頭から離れなかった。
「弱さを見せるか……」
彼は自分の中に湧き上がる感情に戸惑いつつも、玲奈が自分にとって特別な存在になりつつあることを、少しずつ自覚し始めていた。
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二人の心は、過去の傷を共有することで少しずつ近づき始めていた。しかし、それと同時に、二人の間にはまだ越えなければならない壁が多く存在している。
エリオスの心を完全に開かせるためには、玲奈自身もさらなる試練を乗り越えなければならない。そして、その先に待つのは、二人の運命を大きく左右する出来事だった――。
3-4: 銀の力の代償
フェンリスでの戦いから数日が経過し、ルーフェリア王国には一時的な平穏が訪れていた。しかし、葉月玲奈は自分の体に起きている異変を感じていた。フェンリスで銀の力を発揮して以来、彼女は常に倦怠感に苛まれていた。体が重く、時折めまいに襲われる。だが、それを誰にも相談できず、ただひたすら耐え続けていた。
「大丈夫……これくらい……」
玲奈は自分にそう言い聞かせていたが、心のどこかでは気づいていた。力を使った代償が、自分の体に影響を与え始めていることに。
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王宮での訓練
その日、玲奈は王宮内の訓練場でエリオスと共にいた。銀の力を効率的に使う方法を学ぶため、エリオス自らが指導していたのだ。
「お前の力は強大だが、制御が未熟だ。その力を無駄に消耗しないようにすることが重要だ。」
エリオスの厳しい声に、玲奈は頷きながら訓練に励んでいた。しかし、体調が万全ではない彼女にとって、その訓練は酷く負担の大きいものだった。
玲奈が光を生み出す練習をしている最中、体がふらつき、その場に膝をついてしまった。驚いたエリオスがすぐに駆け寄る。
「どうした?」
「少し……目眩が……」
玲奈は無理に立ち上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。エリオスは彼女をじっと見つめ、鋭い声で問いかけた。
「お前、無理をしているな。」
その言葉に、玲奈はハッとしたように顔を上げた。彼の冷たい視線に隠された心配を感じ取り、彼女は嘘をつくことができなかった。
「……力を使った後から、体が少し……重くて……でも、大丈夫です。これくらい……」
玲奈の言葉を聞いたエリオスは眉をひそめ、短く命じた。
「休め。」
「でも、訓練を続けないと……」
「命を削るほど訓練する必要はない。休めと言ったら休め。」
エリオスの声には、いつもの冷徹さとは違う感情が込められていた。それは玲奈を思いやる優しさだった。玲奈はその言葉に反論できず、静かに頷いた。
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倒れる玲奈
その夜、玲奈は自室でリーナに看病されていた。体調は悪化の一途を辿り、ついに立ち上がることすらできなくなっていた。
「玲奈様、本当にお医者様をお呼びしましょう!」
「……大丈夫、リーナ……ちょっと休めば良くなるから……」
リーナの心配をよそに、玲奈は無理に微笑んでみせた。しかし、その笑顔は次の瞬間には崩れ、玲奈はベッドに倒れ込んでしまった。
その知らせはすぐにエリオスの耳にも届いた。彼はすぐに玲奈の部屋へと向かい、倒れている彼女を見て顔を曇らせた。
「玲奈!」
エリオスは玲奈の側に膝をつき、彼女の顔を覗き込む。その冷静な表情の裏には明らかな動揺が見えた。
「お前……なぜ無理をした?」
玲奈は薄く開けた目でエリオスを見つめ、か細い声で答えた。
「だって……私は……銀の花嫁だから……あなたやこの国の役に立たなきゃいけない……そう思って……」
その言葉に、エリオスの眉がさらに深く寄せられる。
「馬鹿な奴だ……誰もお前にそこまでしろとは言っていない。」
彼の声には、怒りとも悲しみともつかない感情が滲んでいた。玲奈は微かに微笑みながら呟いた。
「でも……私には、それしかできないから……」
その言葉を聞いたエリオスは、初めて感情を露わにしたように彼女を抱きしめた。その力強さに、玲奈は驚きつつも安心感を覚えた。
「もう無理をするな……お前を失うわけにはいかない。」
エリオスの言葉は、彼自身が抑えてきた感情の本音だった。玲奈はその声を聞きながら、薄れゆく意識の中で微笑んだ。
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目覚めた朝
翌朝、玲奈はぼんやりとした意識の中で目を覚ました。窓から差し込む陽光が彼女の顔を照らし、部屋には静寂が広がっている。
「ここは……?」
目を覚ました玲奈のそばにはエリオスが座っていた。彼は目を閉じたまま、腕を組んで椅子に座っている。その姿を見た玲奈は、彼が自分のためにずっとそばにいてくれたことを悟り、胸がじんと温かくなった。
「……王様?」
玲奈が小さく呼びかけると、エリオスは目を開け、彼女を見つめた。
「起きたか。」
「私……迷惑をかけてしまいましたね……」
玲奈が申し訳なさそうに言うと、エリオスは短く息を吐いた。
「馬鹿なことをするなと言ったはずだ。」
その冷たい言葉の裏には、彼女を心から心配する気持ちが隠されていた。玲奈は少しだけ微笑みながら、エリオスに向き直った。
「ごめんなさい。でも、王様がそばにいてくれて……嬉しかったです。」
その言葉に、エリオスは短く頷き、再び腕を組んで静かに座り直した。その姿には、彼女を守りたいという強い決意が滲んでいた。
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新たな絆
その日以降、玲奈は無理をせず、少しずつ体を休めながら自分の力と向き合っていくことを決意した。彼女とエリオスの間には、これまで以上に強い絆が生まれつつあった。
玲奈にとって、エリオスはただの王ではなく、信頼できる支えとなりつつあった。一方のエリオスもまた、玲奈の存在が自分の冷徹な心を少しずつ溶かしていくことを感じていた。
二人の絆は深まり、互いにとってかけがえのない存在になりつつあった――しかし、彼らを待ち受ける運命は、決して甘くはないものであった。
3-5: 王と花嫁の絆
銀の力を使いすぎた代償で倒れた玲奈は、ようやく体調を取り戻しつつあった。しかし、その出来事は彼女の心に大きな影響を与えていた。命を削る力を抱える自分の存在意義、そして、それを支えてくれるエリオスの存在。その全てが、彼女の中で整理しきれない感情を生み出していた。
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月明かりの庭園
ある夜、玲奈は久しぶりに庭園を訪れた。夜風が心地よく、満月の光が柔らかく庭を照らしている。彼女は静かに歩きながら、自分の手首に刻まれた銀の紋章を見つめた。
「この力は……本当に役立つものなんだろうか……」
玲奈が独り言のように呟いたその時、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「何を悩んでいる?」
振り返ると、そこにはエリオスが立っていた。彼はいつものように冷静な表情を浮かべているが、その瞳にはわずかな優しさが宿っているように見えた。
「……自分が本当に、この国のために役立っているのか分からなくて……」
玲奈がそう答えると、エリオスは彼女の隣に立ち、満月を見上げた。
「お前はすでに、この国を救った。」
その短い言葉に、玲奈は驚き、彼を見つめた。
「でも……私は、力を使いすぎて倒れてしまいました。むしろ、迷惑をかけただけじゃないですか?」
玲奈の声には、自責の念が滲んでいた。エリオスは少しだけ眉をひそめたが、すぐに静かに言葉を紡いだ。
「迷惑だと? あの日、お前の力がなければ、フェンリスは陥落していただろう。そして今頃、この国はヴィルザリアの手に落ちていた。お前の力がどれほど重要だったか、お前自身が一番理解しているはずだ。」
エリオスの言葉には力が込められており、玲奈は反論できなかった。しかし、彼女の中にはまだ不安が残っていた。
「でも……私の力は、使えば使うほど命を削っていきます。それが怖いんです……」
その言葉に、エリオスは玲奈をじっと見つめた。そして、低い声で静かに告げた。
「お前が力を使うとき、その代償を一人で背負う必要はない。お前が命を削る覚悟をするなら、私も共にその重みを背負う。」
玲奈はその言葉に息を呑んだ。エリオスがこんなにも率直に、そして深い覚悟を持って自分に向き合ってくれるとは思っていなかった。
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互いの心の告白
「……どうして、そこまでしてくれるんですか?」
玲奈が思わず尋ねると、エリオスはしばらく黙ったままだった。しかし、やがて静かな声で答えた。
「お前が、この国に必要だからだ。そして……お前が必要だからだ。」
その言葉に、玲奈の胸は高鳴った。エリオスが自分を「国のための存在」としてだけではなく、一人の人間として必要としてくれていることに、彼女は気づいた。
「……王様……ありがとうございます。」
玲奈は目を潤ませながら微笑んだ。その笑顔に、エリオスはわずかに目を細めた。
「私も……この国を守りたい。そして、あなたを支えたいです。」
玲奈の言葉に、エリオスは微かに驚いたような表情を見せたが、すぐに静かに頷いた。
「その言葉、忘れるな。」
彼の短い言葉には、玲奈への深い信頼と感謝が込められていた。
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満月の誓い
その後、二人は庭園を歩きながら、これからのことを話し合った。エリオスは、今後のヴィルザリアとの対立を見据えた計画を玲奈に説明しつつ、彼女の意見にも耳を傾けた。
「お前の力を無闇に使わせるつもりはない。だが、必要な時には頼らせてもらう。」
エリオスの言葉に、玲奈は力強く頷いた。
「はい。私も全力でお手伝いします。でも……無理をしないように気をつけますね。」
その言葉に、エリオスは短く笑みを浮かべた。
「それがいい。」
満月の光が二人を照らす中、玲奈は自分がエリオスと共に歩む未来を少しずつ受け入れ始めていた。そして、エリオスもまた、冷徹な王としての仮面の下に隠されていた感情を、玲奈にだけは見せ始めていた。
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新たな一歩
その夜、玲奈は自室に戻りながら、エリオスと交わした言葉を思い返していた。彼の冷たいようで温かい態度が、彼女の心に深く響いていた。
「私は……この国のために、そしてあの人のために力を使いたい。」
玲奈の中に芽生えた新たな決意。それは、彼女が「銀の花嫁」としてだけではなく、一人の人間としてこの世界で生きていくための第一歩となるものだった。
一方、エリオスもまた、玲奈との時間を思い返していた。彼女の純粋な言葉や行動が、彼の心に変化をもたらしていることに気づいていた。
「お前がいる限り、この国を守れる気がする……」
エリオスは静かに呟き、月を見上げた。その瞳には、わずかに希望の光が宿っていた。
二人の間に生まれた絆。それはまだ不完全なものであったが、確かなものとして育まれ始めていた。これから先、彼らを待ち受ける運命は決して平坦なものではない。しかし、互いの心を支え合うことで、二人は新たな未来へと進んでいく。
満月の夜、庭園で交わされた誓いは、やがて二人の運命を大きく変えることになるだろう――。