「依頼のご達成、まことにおめでとうございます。報奨金につきましては、こちらの書類を会計にお出しください」
皇国を代表する、最大規模の冒険者ギルド。その名も、皇国冒険者ギルド。
そんな場所での、ある日のこと。
魔力を秘めた
そこには、きれいに切り揃えられた長い藍色の髪の毛が印象的で、清潔感のある、たいへんにかわいらしい皇国冒険者ギルドの受付嬢がいた。
そして、最高の笑顔で、美形の冒険者に書類を渡す受付嬢。
「いつもありがとう。きれいな字で、とても素敵な書類だよね。ああ、これ、お世話になっているお礼です。よろしければ冒険者ギルドの皆さんに、どうぞ」
輝くような美しさとしなやかな体つきの美形の冒険者はきちんとお礼を伝え、ひたすらに爽やかに、手土産を差し出す。
片方には、手土産。そして、もう片方の手には、冒険者の契約獣である凛々しくもかわいらしいもふもふな銀の猫がいた。
つまり、美形の冒険者は、手でさえも、受付嬢には触れたりはしない。
よって、下心などは、微塵も見られない。
貴族的な、完璧な所作である。
「まことにありがとうございます、皆で頂戴をいたします」
両手で手土産を受け取る受付嬢。
こちらもまた、美しい座礼であった。
もちろん、受付嬢が立とうとしたのを冒険者はそのままで、としたがゆえの座礼である。
そんな受付嬢の、心の中は。
『嬉しい、嬉しいです……! 契約獣の銀の猫様もかわいらしくて、素敵です! もしかして、わたしの手を握ってくださったりされましたら、もう、もう……!』
美形の冒険者から手土産を受け取り、感激による震えから、紙袋を落とさないようにと全身全霊、集中をする受付嬢。
心の中では、叫びまくりである。
『しかも、このお店……! 中身も……素晴らしいです!』
皇国一の人気店の紋様入りの紙袋。
受付嬢は、速やかに透視の魔法で中身を確認していたのである。
日持ちがしながら、片手で食べられる焼き菓子。しかも、季節限定品が中心。
受付だけではなく、職員全員に十分な量。
素晴らしいお気遣いだ。
美しさと、気配り。
がさつな冒険者たちに爪の……勿体ない。あのお方のお爪の垢さんなら、自分が煎じて飲む。または、飾る。
猫様のお爪のものであれば、お爪とともに、要保存。
受付嬢は、そう考えてから、いや、だめだめ、と、かぶりを振る。
あの方を推しとする皇国民は多いのだ。今の妄想には、推しを推すものとして、いけないところがあった。反省しなければ。
爪の垢を飲む、飾る、保存は、だめ。
頂いたお菓子は、皇国冒険者ギルドとしてありがたく頂戴するべし、である。
それにしても。
『ああ、ハオルチア様……』
『ちょっと、よだれ、よだれ! 皇国第一ギルドの敏腕受付嬢、かわいらしくて清楚、が売りのアデニアさん的にあり得ないでしょ!』
豊かな金の髪を一つ結びにした隣席の受付嬢が、念話でツッコミをしてくれた。
ありがたい。
確かに、受付嬢は仕事ができることが第一だが、イメージも大切なのだ。
『ごめん、ハオルチア様がお美しすぎて、口から涙が……』
そう。この皇国一の冒険者ギルドでも指折りの優秀な受付嬢、その名も、アデニア。
『まあ、分かるけどね。あの方、ハオルチア・フォン・ベイエリー様。アデニアの推し、ギルド受付嬢が選ぶ! 皇国の若手イケ冒険者ランキングの堂々第一位。銅階級なのはあくまでも皇国学院在学中という点からの昇級制限があるからだし、実力はすでに銀階級以上と評判だし、騎士団副団長令嬢にして貴族令嬢であられるのにあくまでも紳士的、強く優しくお美しい。連れていらっしゃる銀の猫様ももふもふかわいらしいし。何と言ってもご本人が、素敵なお方よね』
『完璧な説明ね、猫様のことまで! さすがは博識のナラータ。そう、美青年とも見紛う、強く優しくお美しいご令嬢が猫様と冒険者をなさる……。アツいわ!そして、ナラータの推しは……』
『ええ、メガトンハンマー持ちの、豪腕のハヤトウ様よ! ギルド受付嬢が選ぶ! 皇国のイケオジ冒険者ランキングは三位! 金階級目前、銀階級! 四十歳というお年も、渋さも、整ったお顔も、筋肉も最高! あの太い腕の、血管が素敵なの!』
博識のラナータ。
こちらもまた、アデニアと並んでいると藍色と金色の花のような美しさである。
そして、ラナータもまた、アデニアと並び称される敏腕受付嬢なのだ。
受付嬢としての働きぶり、美しさ。そして、友情。二人を『素晴らしい』と称える冒険者も多い。
それは、二人も望むところだ。
実際、二人はある場所で共に学んだ弟子仲間なのである。
さらに、二人にはもうひとつ、強い絆がある。
女性に激モテの美形女性冒険者と、猫様。
イケオジ筋肉冒険者様。
異世界のことばとして伝わった『推し』。
その対象は違えど、推しを推す魂は同じという心の友な二人であった。
さらに、すごいことに、この二人。
上級魔法である念話を交わしながらも書類仕事を完璧にこなしているのだ。
もちろん、窓口対応もかかさない。
「はい、こちらの依頼でございますね。銅階級の資格証、確かに拝見いたしました。採取におきましては個数よりも品質が重視されますこと、よろしくご承知おきくださいませ」
『こちらの、採取依頼ちょうど十回目の新人さん。潜在する鑑定能力が極高の可能性があるんだったわよね。ラナータ……!』
『そうなの。さすがはアデニア。この冒険者さん、経験を積めば、鑑定眼持ちになれる可能性、ありよ! 要観察対象冒険者として、ギルドマスターに報告しておくわね。遠方でも、通信水晶なら大丈夫。あとは、もちろん、記録もきちんと残すわ』
「はい、こちらのご依頼は、銀階級冒険者様のご依頼内容でございますので、銅階級資格者様にはご案内できません。あちらで、銅階級冒険者様用掲示、または依頼書類束を再度ご確認くださいませ」
ラナータは、アデニアの受付台に来ている新人の才能をみごとに看破しつつ、自分が担当している冒険者が示した冒険者証の虚偽を瞬時に見抜いていた。
どちらも、ラナータの『鑑定』の魔法によるものである。
この『鑑定』の魔法とは違い、特殊技能『鑑定眼』は、皇国のしかるべき期間できちんと学び、使い方を学ぶことが必要な常時作動の特殊技能なのだ。
皇国冒険者ギルドのギルドマスターは、とにかく外が、冒険が大好き! な自由な人なのだが、貴重な通信水晶を肌身離さず携帯しているため、報告は意外と容易なのだった。
『素晴らしいわ、ラナータ』
『アデニアもよ』
『ありがとう』
ラナータに念話でそう言われては、と、アデニアが追撃をする。
「既に、偽装冒険者証使用者として魔力を登録いたしております。次回もまたこのようなことがございましたら、皇国の冒険者資格は剥奪となりますとともに、友好国すべての冒険者ギルドへの魔力情報共有措置が取られますので、お伝えいたしましたこと、ゆめゆめお忘れなきように」
「分かったよ……」
「よろしくお願いしますね」
ラナータのふわりと揺れる金色の髪。愛らしく、しかしながら有無を言わせない笑顔。
「受付嬢一同、あなた様のことを忘れませぬよう、滞りなく、報告、連絡、相談いたしますので」
そして、仕上げはアデニアである。
「わ、分かった。あまりにも昇級できなくて、つい。二度と、こんなことはしない。約束する」
そそくさと、受付台から去る冒険者。
『まったく、困ったものね。まあ、外にいるギルドマスターが、冒険者証明書偽造組織もついでに潰してくれるでしょうから』
『ね。むしろ、ギルドマスターは外にいたほうが輝く方ですもの。そして、私たちは、ハヤトウ様やハオルチア様のような輝ける冒険者様たちが健やかにご活躍できるように』
『そう、わたしたちが、冒険者どもにお仕置きを、ね』
『ええ』
アデニアと、ラナータ。
二人は今日も皇国冒険者ギルドにて、にこやかに、優雅に、職務を遂行するのである。
そう、ひたすらに。
……推し冒険者様の、ご活躍のために。