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第2話 冒険者ギルドの受付嬢二人は不貞の輩を許さない。

「だーかーらー、ちょっとさあ、そこの店で一緒に食事しようよ、いいでしょう?」

 またある日の、皇国冒険者ギルド。

 会計担当の女性職員が、困っていた。


『……やっぱり、あいつだよね』

『うん、間違いない』

 アデニアにそう聞かれたラナータが肯き、受付台の端に置かれた『危険人物容姿記録帳』を素早く確認する。

 ちなみにこうした記録帳たちはラナータによる認識阻害魔法のおかげで『皇国おいしいお菓子情報記録帳』などに擬態されている。


 間違いない。

 筋肉以外に特徴のない冒険者は、先週もあの女性職員に声を掛けていた筋肉だ。


 この皇国冒険者ギルドでこのような行いは基本、許されない。

 アデニアの推し、ハオルチア様のように、貴族階級の冒険者も多数所属する『安心安全な冒険者ギルド(依頼遂行時の事故などには自己責任の場合あり)』が自慢の一つなのである。


「おい、そろそろやめたほうが」

 見かねたほかの冒険者が止めに入ろうとするが、なんと、筋肉冒険者に重力魔法を使われてしまった。

 二人に近付こうとするが、動こうとした冒険者たちは、魔力で足を押さえつけられてしまうのだ。上から無理やりに、という感じである。


『え、重量魔法? 筋肉以外にも使えるんだね、あいつ』

『ね。これは、受付嬢長に報告、だね』

『よろしく、ラナータ』  

『任せて』

 受付嬢長。実は、もと副ギルドマスターにして、金階級、すご腕の冒険者のことである。

 現役当時は、金階級冒険者にして週末のみ受付嬢をしていたという、伝説のお人。

 よって、名誉職としてこの皇国冒険者ギルドの副ギルドマスター職は今のところ空席なのである。

 そして、そんな元皇国冒険者ギルド受付嬢にして元副ギルドマスターである方は、やんごとない事情で冒険者ギルド勤務ではなくなっている現在でも、受付嬢長という特別職に就いている。

 受付嬢を代表とする職員たちを見守るための特別職というわけだ。

 受付嬢長は、皇国内の別のところでものすごく大切なお仕事をされている方でもあるのだが、受付嬢の権限で、受付嬢長への報告はいつでも可、とされているのである。


 というわけで、アデニアの念話に、ラナータが応じる。

 使うのは、受付台の端に置かれた紙細工。

 たまに見かける子連れ冒険者のための託児所で折られた、紙の鳥である。

 なんと、皇国冒険者ギルドには、託児所も併設されているのだ。料金はお高めだが、あらゆる種族に対応できる優秀な託児担当者を何人も配置しており、安心して依頼をこなせると冒険者からも評価が高いのである。

 その託児所で、紙遊びとして折られた紙の鳥。そこに、ラナータが魔力を流し込むと、通信用の紙の鳥となった。

『行ってらっしゃい』

 あっという間に、紙の鳥は転移をした。

『お帰りなさい』

 そして、またすぐに、紙の鳥は戻ってくる。

 これぞ、受付嬢長の鮮やかな転移返しの魔法である。


 紙の鳥からは、受付嬢長の念話が伝えられた。

『受付嬢保護法に基づき、職務を執行せよ!』

「了解!」

「畏まりました!」


 受付嬢保護法。

 皇国内のすべての冒険者ギルドにおいて、受付嬢または受付嬢に準ずる存在(この場合は女性職員)を軽んじる行いなどをしたものには、ギルド独自の制裁権が発動される。

 皇国で活動をする冒険者は、この法律には必ず従わねばならない。

 外国の民であろうとも、同様である。

 なぜか。

 現皇国皇王が、皇王子時代に金階級冒険者として活躍していらしたとき。

 皇国冒険者ギルドの受付嬢に恋をした。

 お相手は、週末は受付嬢。平日は、副ギルドマスターでありながら、冒険者として討伐を。そんな、破天荒で強く優しく美しい、金階級冒険者。

 身分違いなどもなんのその、純愛はみごとにかない、現在では、素晴らしき皇国の王と皇王妃であられるのだ。

 つまり、そのお方こそ、もと副ギルド長にして受付嬢だった方なのである。

 よって、受付嬢は、素晴らしい。大事。ギルドの皆も、大切。

 そういうことなのだ。


「重力魔法、解除。あとは結界を張ります。アデニア、三十秒、よろしく!」

「了解! 冒険者の皆さん、もう、動けますね? これから、ラナータが魔法を、わたしがを使います! 魔法防御ならびに物理防御魔法、中級以下の方は、速やかにギルドから退出を!」 


 こうしちゃいらんねえ、と、パーティーに中級以上持ちの魔法使いや魔導師たちがいない者、脳筋冒険者たちはいっせいに逃げ出す。


 残された冒険者は、唖然としている。


 いつの間にか、声を掛けていた職員も受付カウンターに避難していたではないか。

「え、なんで受付嬢が……魔法?」

 筋肉冒険者は、驚いていた。


「あんたも、筋肉だけじゃなくて魔法、使ってんじゃないのよ!」

「そのとおり! だから受付嬢も、武器を使うのよ!」

「ちょっと、待って……ください。それ、特上の魔法銃じゃないか……ないでしょうか」


 そう。

 麗しの受付嬢、アデニアが手にしていたのは、魔法銃。

 たいへんに厳しい資格試験に合格しないと使用許可証が発行されない、最強の魔法武器のひとつである。

「そうよ。ちなみに有資格者だから、不法所持ならびに不法使用ではないから、皇国法は遵守なので、ご心配なく」


 魔力を込めた魔弾を装填する。

 それを構えるアデニアの姿を見れば、銃を扱うのは昨日今日ではないことが即座に分かる。

 撃ちなれている。

 それが分かった。


「ご、ごめんなさい!二度と冒険者ギルドの皆様にはご迷惑はかけませんから!」

「そうね。場所はともかく、声を掛けることが悪いのではないのよ。嫌がられたらすぐにあきらめなさい。もちろん、相手を怖がらせたりしないこと! あと、冒険者ギルドだけじゃなくて」

「皇国のすべての女性に、でしょ?」

「そう。老若問わず!」

「お子さんも! もふもふや犬さんや猫さんたちもよ!」

 ここで、男ならいいの? とか聞いたりしたら、多分、発砲だろうなあ……。

 筋肉冒険者は、天を仰いだ。

 そのとき。


「失礼します。おや、お取り込み中かな」

「みたいですね」


「ハヤトウ様!」

「ハオルチア様! 猫様!」


 ある意味、筋肉冒険者は助かった。

 当然ながら、ラナータの魔法壁を普通に超えてくるこの二人と猫様がすごいのである。

『さすがはわたしたち二人の』

『推し様お二人!』

「ようこそ、皇国冒険者ギルドへ!」

「ようこそお出でくださいました!」

『いいわね、アデニア』

『もちのろんよ!』

「今日は、皇国冒険者ギルドは業務中の臨時訓練なんです!」

「迷惑冒険者への対応練習でして! もちろん、通常業務も行っております。こちらは協力してくれた冒険者さんでして……そうですよね?」

「は、は

「ご協力ありがとうございました。迫真の演技でしたよ」

「ど、どういたしまて」

 アデニアの笑顔は、圧である。


「受付台に参りますので、少々お待ちください」

「そうか、じゃあ、俺はラナータさんに」

「私は、アデニアさんに」 


「畏まりました!」

「ただいますぐに!」

「おつかれさまです!」

 這々の体で駆け出した筋肉冒険者は、もう二度とこのようなことはするまい、と誓ったのだった。


「あの目は……撃つ! って目だったよ。怖かった……」


 後日、大いに反省し、職員本人には近付かないのがなによりだろうと、重力魔法で迷惑を掛けた冒険者たちに酒を奢った筋肉冒険者は、こう語ったという。


 それを聞いた冒険者たちも、決して受付嬢保護法には反するまい、と強く誓うのであった。


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