「おい、魔物が現れたぞ! 飛行する魔物群だ! 至急、皇国騎士団に連絡を!」
またまたある日の、皇国冒険者ギルド。
遠くまでものを見ることができる種族の獣人冒険者が、皇国冒険者ギルドに飛びこむようにして伝えに来てくれていた。
突然の、魔物の襲来。
皇国騎士団が到着するまでの周辺住民と施設を守る。
本日は、ギルド全体での緊急任務となりそうな日である。
誰よりも冒険が大好きなギルドマスターは、不在。副ギルドマスター職は、現在、空席。
このようなときに頼れるのは。
やはり、受付嬢長である。
ちなみにギルドマスターは現役最強のダイヤモンド階級保持者。現在も金階級冒険者数人分の実績を更新中、しかも人命救助案件も多数なので、あまりこちらに戻れとも言いがたいのだった。
どうしても、のときには受付嬢長が最初は権力で、それでも無理ならば物理と魔法とで強制的に引っ張ってくるのである。
「ありがとうございます。どなたか、この冒険者さんにお水を」
アデニアがそう伝え、職員が対応をする。
その間に、ラナータは受付嬢長宛の紙の鳥を飛ばしている。
『ラナータ、どう……さすがね!』
どうかしら? とアデニアがたずねる間にも、消えた紙の鳥は、ラナータのもとに戻っていた。両者とも、さすがである。
「皆さん、ご安心ください! 皇国騎士団には連絡済み、さらに、先見として陣頭指揮担当、現在王宮勤めであります皇国ギルド受付嬢長がすぐにこちらに参ります! 治癒魔法などが使える方は、周辺住民の皆さんと施設への対応を進めてください!」
「戦闘要員の皆さんは装備を調えて! 飛行する魔物相手です、弓や遠距離魔法攻撃者さんを中心に想定を! 必要な魔法薬などはギルド販売品につきましては、皇国法に基づき、無料配布措置を適用いたします!」
ラナータと、それからやはり敏腕なアデニアの指示で、皇国冒険者ギルドの職員、冒険者たちは緊急時でありながら、適切に動くことができていた。
緊急戦闘時の無料配布。
冒険者ギルドだけではなく、食料店などにも適応される皇国法である。当然ながら、虚偽の受取などには厳しい罰則が適応されるのだ。
民衆がやむを得ず、食料を多少、などというときではなく、冒険者が高価な治療薬を隠匿したときなどである。
無料配布措置適応。さらに、皇国ギルド受付嬢長、つまりは副ギルド長が陣頭指揮を執る。
この通達に、色めき立つ実力者のベテラン冒険者たち。
「やった! こうおうひさ……じゃねえ、
「バカ、長じゃねえ、副ギルド長でもねえぞ、昔の呼び方はダメだ! だからと言って、こうおうひさ……なんてもってのほかだぞ! 受付嬢長だ! 間違えたら、魔物じゃなくて俺らがプチッとされちまうぞ!」
「……確かに、そうかもなあ」
「そのとおり、受付嬢長と呼べ! さあ皆、民の安全のため、励めよ!」
高価な空間転移陣を用い、皇国冒険者ギルドへと転移をしてきた受付嬢長。
現場からは離れているとは思えない、均整の取れた体。しかも、現在の立場ゆえの隠し切れない気品。
そして、顔には、美麗な仮面を付けている。
この一枚で全身の魔法防御と物理防御を賄える逸品だ。
また、背負う
「アデニア、弾は用意した。ぶっ放して! ラナータは、事前準備が終わったらわたくし、じゃなかった、あたしのこの弓の矢たちに一時的な強化魔法をよろしくね! ほかの職員は、適宜、冒険者への物品供給と管理、救助された民たちの救護補助、それからもちろん救助への参加も! いいね?」
「受付嬢長、確かに!」
「承りましてございます!」
「おうひさ……受付嬢長様、職員たち皆、了解いたしました……!」
アデニア、ラナータは速やかに、ほかの職員は、少しだけ戸惑いながら、それぞれの対応を行う。
受付嬢長が少なくとも五十はある魔法弾を投げてきた。
アデニアはかなりの魔力が込められたその魔法弾を、いくつか銃に装填する。
「受付嬢長、あなた様の一番弟子が一人、アデニア、先陣よろしいでしょうか?」
「許す。行け、我が弟子よ!」
「はいい!」
受付嬢長の号令と、魔法。
冒険者ギルドの開き扉がしぜんに開き、アデニアの魔法銃が、火を噴いた。
「燃えて、落ちなさい!」
受付嬢長が渡した魔法弾の中身は、火の粉の弾だった。細かい魔力の調整が必要なうえに、火の弾よりも貴重な弾である。それゆえに、魔法銃を撃つときの高度な技量も必要とされるのだ。
空中の一カ所だけが強く燃え、その炎は分散し、魔物たちの翼だけを包む。
「よっしゃあ、行くぞお!」
そこに、なんとか火の粉弾から逃れた魔物群に、受付嬢長の強弓から放たれた矢が降り注ぐ。強弓からまとめて数本の矢を放つ。圧倒的な力である。
受付嬢長の魔力を込めた、最高級の魔石でできた矢じり付いた矢が、空中に放たれ、さらに、本数を増やし、魔物に襲いかかる。
もう一人の一番弟子ことラナータが矢に掛けた実体付きの分裂魔法だ。
地に落ちた魔物群のとどめは、冒険者たちが。完璧な連携。
もちろん、本能で力の差を感じ取り、早々に退散しようとする魔物たちを打ち倒すことも忘れない。受付嬢長と敏腕受付嬢二人とにすべてを任せたとあっては、皇国冒険者ギルド所属冒険者の名折れである。
そして、ほんとうに名折れとなってしまったのは。
「こうおうひで……いえ、受付嬢長閣下、ならびに皇国冒険者ギルドの皆さん、ご尽力に感謝申し上げます。然し、我々皇国騎士団の面目は……」
残務処理担当となってしまった皇国騎士団員たちである。
もちろん、住民への当座の食料配布、宿泊テントの設営などなど、人手が必要なことはいくらでもある。
「無駄口を叩かず、動け。民を助く。これ以上の仕事はあるまいて。なにが不満ぞ?」
そんな連中に、受付嬢長として、ではなく皇王妃殿下としての姿を示すかのような、仮面の下からの威厳のある声が響く。
「か、畏まりましてございます!」
蜘蛛の子を散らすように、騎士団員たちは三々五々。
『さすがはお師匠様、素敵!』
『ね、わたしたち二人の推し様!』
アデニアとラナータは、にこにこ顔である。
皇国冒険者ギルド受付嬢長にして、皇国皇王妃殿下。
そう。
仮面のあの方は、二人のお師匠様、そして彼女たちの永遠の推し様、なのである。