「どうか、お聞き届けください!」
またまたまたある日の、皇国冒険者ギルド。
先日の飛行系の魔物の襲来からの復興のため、連日、皇国騎士団員は職務に励んでいた。
その合間を縫うかのように、皇国冒険者ギルドの受付嬢二人に頭を下げに来ている。
かれらは職務に忠実、民からの感謝も厚い。
そのため、とりあえずは受付嬢長に連絡しなければ……という状況ではなかった。
アデニアとラナータ、二人以外の受付嬢たちが受付業務を行っていて、二人はきちんと書類仕事をこなしているし、むしろ、騎士団員がほぼ常駐のため、流れの冒険者がなにかをしでかす、ということもなく、まあ、平和なのである。
「受付嬢長殿……いや、皇王妃殿下に、皇国騎士団の臨時魔法講師をお勤め頂けるように、第一弟子であられますお二人からもお願い頂きたく……」
皇国騎士団員たちは、実に真面目に働いている。だが、先日の飛行系魔物の襲来時に、受付嬢長ばかりか弟子二人と皇国冒険者ギルド所属の冒険者たちにも遅れを取ったことが衝撃だったらしい。
そんな理由で、皇王妃殿下もとい受付嬢長殿になんとか、臨時でもよいから魔法のご指導を賜ることができないものかと、数日前から若手騎士団員のなかではかなりの実力者とされる団員が代表として二人に直訴、後ろには数人の騎士団員が並び、深々と頭を下げる、ということを繰り返しているのだ。
そして、今日。
思いついた、というように一人の騎士団員がこんなことを言い出した。
「そうだ、こちらには確かハオルチア・フォン・ベイエリー副団長令嬢が所属しておられたはず。ご令嬢は騎士団長閣下のご子息のご婚約者でもございますし、そのご縁でなんとか……」
『……うわ、やば。それを言う? アデニア、キレないでよ?』
『大丈夫、だいじょーぶ』
いつもは極めて丁寧な口調のアデニア。その語尾が、怪しい。
まずい、とラナータは感じた。
確かに、皇国騎士団副団長閣下は、アデニアの推し、ハオルチア様のお父君である。
だが、この若手騎士団員は、言ってはいけないことを口にしてしまった。
そう。アデニアの推し、ハオルチア様には婚約者がいるのだ。
しかし、誤解をしてはならない。
一応、あくまでも、いる、だけ。
そして、そいつこそが、ハオルチア様が実力とお美しさにもかかわらず銅階級であられる最たる理由、元凶。
まぬけでとんまであんぽんたんな顔だけ令息のお目付け役として、ハオルチア様が士官学校ではなく皇国学院の騎士クラスに婚約者のお目付け役としてともに入学され、在学中であられる理由のそのまさに、なのである。
貴族階級の令息ならびに平民でも富裕層の家系のものが箔付けに士官学校ではなく皇国の学院の騎士クラスに入学することは、それほど珍しくはない。
だからと言って、真面目に騎士道を学ぼうとする騎士クラスの学院生に迷惑はかけられない。
平たく言えば、授業や学院内の試合などで、忖度やらなにやらを求めたりするな、ということだ。騎士クラスの一般学院生は皇国騎士団に、または、技能や知識を身に付けて冒険者に、など、将来のために真剣に学舎に属しているのだから。
本来、『地位の高いものは下位のものに無体を働いてはならない』のだが、それが分かるような令息ではないということを、自分にも息子にも厳しい騎士団長閣下は、たいへんに憂いていらしたのである。
もちろん、士官学校に入学できるような実力は……ない。ハオルチア様は、別である。
そこで、騎士団長閣下と副団長閣下の厚い友誼、そして、ハオルチア様への両閣下からのご信頼。それにより、あくまでも、一応、念のため。
一般の騎士クラス生に因縁をつけたり、など偉そうなことをさせない、または、即、騎士団長閣下にご報告ができるように、という措置として、婚約、と、こうなっているのだ。
つまりは、ハオルチア様は学院生、お目付役、冒険者の三役をこなしておられるのだ。素晴らしい。
だからこそ、婚約ではあるが婚約ではない。そういうものなのである。
そして、アデニアを含めたハオルチア様推しの皇国女性たちはもちろん、皇国騎士団団長閣下、副団長閣下そして騎士団員、冒険者たちも事情は把握している。
さらに、アデニアたち女性たち(と一部男性たち)からしたら、婚約者は存在しないものとして扱われている。
ハオルチア様のお隣には、あのかわいらしいもふもふ猫様がいらっしゃるから、それでいいのだ。
にもかかわらず、この若手の星(なのか?)は、言ってしまった。
それに対し、アデニアは、輝くばかりの営業スマイルをかました。
『うわ……キレる手前。よく耐えてるね、アデニア』
ラナータは、静かに付近の物品のために保護魔法を掛けた。アデニアが、職員になにかをすることはないという信頼からである。
「お気持ち、伝わりましたわ。然しながら、師にご講義をというのでございましたら、まさか、弟子の私にも敵わないのに師匠に、などということはございませんよね?」
よかった。アデニアはキレていない。安心したラナータは、静かに伝える。
「魔法防御と物理防御に長けた訓練場が空いてるから、そこでおやりなさい。使用料は皇国騎士団皆さんの個人支払いですよ」
『訓練場ならほかへの被害は出ないから。アデニア、よくキレずにいてくれたわ。ありがとう。でも、分かってるわよね? 魔法銃はだめよ?』
『分かっているわ。気遣い感謝! 魔法銃は使わないわよ!』
『命も大切にね! 命があれば、こっちでフォローするから!』
『ありがとう!』
そう。
訓練場に移動したアデニア。確かに、魔法銃は使用しなかった。
そして、命があれば。
これはもちろん、アデニアの、ではなかった。
「ほらほら、本気で逃げないと、危ないわよ!」
アデニアは、相手の魔力を感知して魔法弾を打ち続けていた。
魔法銃の、ではなく、魔力の出力を調整した手刀の魔法の弾のほうであるから、使用許可は必要ない。
「いくわよ、雷弾!」
『ほんとうに、アデニアは優しいわよね』
ラナータは、冒険者ギルドの受付台から、訓練場の気配を察知していた。
訓練場の天井に向けて、手刀で巨大雷弾を放つ。それが分散して、小さな落雷のように騎士団員たちに襲いかかる……のだが、無詠唱ではなく詠唱のため、騎士団員たちが土魔法の壁を作るなどの対応ができるよう、隙を与えているのだ。
その間にも、師匠譲りの投擲である。腰のベルトに常に付けている、投擲用の矢。
「はい、そこまで。三十分持ったから、まあ、頑張ったんじゃない? 回復薬などはきちんと使用して、周辺住民の皆さんのための復興活動に支障が出ないようにしてね。不足分はギルドの備品を購入してください。後払い可です。ただし、これは民の皆さんの救助活動ではないから、個人宛に請求しますからね!」
「は、はい……」
「ありがとう……ございました……」
そして、民のための復興活動が無事に終了した頃。
皇国冒険者ギルド受付嬢の就業中に労働案件を要請したとして、皇国騎士団宛に、受付嬢保護法により、冒険者ギルドの通常価格の十倍の金額で魔法薬などの請求書が届いたのである。
もちろん、事前に受付嬢長から皇国騎士団会計部署への説明があり、会計責任者は騎士として当然、と、この請求を
給与からの天引きとなり、若手騎士団員たちは、数ヶ月の間、ほぼ無給となったのであった。
その間も、必要な衣食住は騎士団寮から支給されるため、その面では問題なかったのであるが、
飲みにも行けず、娯楽の拳闘の観覧にも行けず。
とにかく。たいへんに、辛い日々であったらしい。