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第3話

 「そういえば。」


 ミーナがぽつりと口を開いた。


 「魚屋のおじさんがね、“最近ナマズ探してくる変な客が多いんだ”ってこぼしてたの。買い占めみたいな勢いで、漁港まで行ってるって。」


 「ギルドもだよ。ナマズの捕獲依頼が、今月だけで三倍以上。内容は全部『生け捕り・新鮮』で統一されてる。」


クラリスが眉をひそめて続ける。


「最初は偶然かなって思ったけど……ルルみたいな“しゃべるナマズ”まで対象になってるのを見ると、偶然じゃない気がしてくる。」


「まあまあ。私は最近、こんな話も聞いたわ。」


アデレードが優雅にスコーンをひと口かじる。


「第三側妃が“ナマズぬめり美容”に目覚めたんですって。しかも、“ぬめりが多くて、できればしゃべるくらい活きのいい個体を”って……。」


 「しゃべるくらい、って何基準よ!?」


 クラリスの突っ込みに、一同がくすくすと笑う。


 「でも、それ本気かも。」


 シャーロットが記録帳をめくりながら言った。


「王宮の薬師が一部のぬめり成分を抽出しようとしているって論文が最近出たの。それには“ぬるぬる成分の中に代謝促進効果あり”って書いてあった。」


「えっ、じゃあガチで効くの?」


ノエルが前のめりになる。


「じゃあさ、私たちもナマズで商売すれば儲かるんじゃない?」


セレスが興奮気味に身を乗り出す。


 「ルルでパック作って、“奇跡のしゃべるナマズ・プレミアぬめりコスメ”みたいに……!」


 「やめなさいよ、気持ち悪いってば!」


 クラリスが止めるも、話題は止まらない。


 「でも、ぬめりって……あのヌルッとしたやつでしょう? 本当に顔に塗って平気なのかしら。」


 アデレードが鼻をひくつかせた。


 「ウナギもぬるぬるするけど、あれと同じ成分なの? それともナマズ独自?」


 「どちらかと言えば、ナマズの方が皮膚表層の粘膜分泌が多いらしいです。」


 シャーロットが答える。


 「けど、それが肌に良いかどうかは……微妙。過剰使用でかぶれる人もいるかもしれない。」


 「うへえ、でも流行ってるのは確かなんだよね?」


 ノエルが眉をひそめる。


 「魚臭いマダムが増えてるとか、香水屋が微妙に忙しくなっているとかいないとか……。」


 「それも、王宮から“ぬめりを中和する香水”を大量注文されたって話を聞いたわ。」


 アデレードがふっと微笑む。


 「つまり──。」


 「しゃべるナマズのぬめり美容、第三側妃推しで王都で大流行」


 シャーロットが結論をまとめると、ルルがぼそりとつぶやいた。


 「わたくしの価値……高まってしまいましたねぇ……。」


 「だからって調子に乗らないでよ!」


 クラリスの声がひときわ大きく響き、ルルのぬるぬると尾が桶の中で小さく跳ねた。


 ナマズ美容の話題が一段落ついた頃。クラリスは紅茶を口に含みながら、ふと思い出したようにつぶやいた。


 「……変な依頼が多いっていう話なら、薬草もそうなの。最近、やけに高額な採取依頼が増えててね」


 「そうそう!」


 ノエルが元気よく相槌を打つ。


 「職人のおじさんが“置き薬が切れたから買いに行ったら、材料が入手しにくくなってるって断られた”ってぼやいてたよ! あんなに山に生えてるやつなのに~。」


 「増えてるっていえば、南方の香辛料も妙よ。特定の種類だけ流通量が増えてるの。」


 シャーロットが資料帳をめくりながら言った。


 「それも、料理に使うにはクセが強すぎるやつばっかり。薬草とあわせて何かに使われてる……とか?」


 「ふーん……偶然にしてはちょっと変ね。」


 クラリスが考え込んだそのとき──。


 ティナが深いため息とともに、手元の紙束をバサリと机に置いた。


 「はあ……それよりわたし、ちょっと困ってるの。最近受けた詩の依頼が、あまりにも重すぎて……」


 「また? “恋する鍛冶屋のフルートバラード”みたいなヤツ?」


 ノエルが目を輝かせて身を乗り出す。 


 「違うの。今回は――《焦がし香る焙煎の獅子に捧げる、遅れて効く愛の詩》よ……」


 その場が凍りつく。


 「……なにそれ、料理名?」


 クラリスが思わず眉をひそめてツッコミを入れた。


 「いや、ポーションの注意書きじゃない?」


 ミーナが冷静に毒舌を落とす。


 「“焙煎の獅子”って……、王宮にいるマスコット獣的な何かとか?」


 アデレードが目をぱちくりさせる。


「いや、焙煎だからきっと香辛料が関係しているんじゃ……でも“愛が遅れて効く”というのは、つまり即効性はないが、あとからじわじわ効いてくる……。」


 シャーロットが真剣な顔で理論的に詩を解析し始めた。


「そんなタイムラグ型恋愛詩とか聞いたことないわよ!」


 クラリスが即座にツッコむ。


 「でもお姉ちゃん、遅れて届く愛って、ちょっぴり切なくて素敵ですの♡」


 フィオナがほわっと笑顔を浮かべてフォローを入れる。


 「問題はそこじゃないのよ~~~!」


 ティナが机に突っ伏して絶叫する。


 「詩の内容もさることながら、依頼主のセンスが重すぎるの! “焙煎”で愛を語るなんて……こっちの心が焦げるわ!」


 「じゃあいっそ、“焙煎の獅子”を“香ばしトカゲ”にタイトル変更して提出すれば?」


 ノエルが笑いながら提案する。


「なにそのB級グルメ感……。」


 ミーナが即座に引いた。


「……とりあえず、その詩はもうちょっと保留にしておきましょうか。」


 クラリスが頭を抱えながら、とりあえずのまとめに入る。


 「……とりあえず、ナマズの商売は様子見かな。流行りが定着するかどうか、まだわからないし。」


 「ええ、流れを読んで仕掛けるなら、そのあとでも遅くはないわ。」


 アデレードが頷く。


 「じゃあ情報収集は継続ってことで、ナマズは保留。薬草と香辛料については──。」


 クラリスがあたりを見渡す。


 「シャーロットとミーナ。流通の動きと、それぞれの効能について、調べてもらってもいい?」


「もちろん。」


「任せて。」


 ふたりは同時に頷いた。


午後のティータイムは、こうして笑いと謎を残した。


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