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抗う者たち
抗う者たち
浮田葉子
異世界ファンタジー戦記
2025年05月19日
公開日
3,676字
連載中
世界の均衡を保つために選ばれる生贄、「選ばれし献身者」(セリアン) 選ばれたのは、少女パンドラ。彼女は世界のために運命を受け入れるが、それを許せなかったのが彼女の親友アムルだった。 アムルは生贄の儀式を阻止し、神と世界を呪い、禁じられた力を手にして魔王となる。 彼女の目的はただ一つ——パンドラを救うこと。

第1話 始まりの鐘が鳴る

 かつて世界を支配していたいにしえの神である光の竜。

 その竜を討ち果たし、世界を解き放ったのが、至聖神ルミエルである。


 竜の亡骸からは、ひとつの樹が芽吹いた。

 その樹はルミエルにより、生命の大樹ヴィヴァルボルと名付けられる。


 大樹は天をくほどに育ち、深く深く根を広げ、至る所に枝葉を伸ばした。

 そしてそれまで分かたれていた三つの世界を繋ぎ、新たな秩序と調和をもたらした。


 三つの世界とは、神々と高次霊魂の座である天界レミナリア、人の生きる場所である現界ミディアルド、そして死者の魂が眠る場所、冥界ネクソムである。


 生命の大樹ヴィヴァルボルのもと、人の魂は死を迎えるたびに冥界へ還り、浄化プリガードを受ける。

 生前に功徳メリティを積んだ魂は、やがて高次霊魂として天界へ至ることを許される。

 人々は輪廻の果てに天へ昇ることを信じ、祈り、善を成して生きる。


「我々エクレシア・ヴィヴァルボルムは、魂が天界レミナリアへ至るための道標みちしるべです」


 そう高らかにうたうのは至聖導師グランダルコン

 エクレシア・ヴィヴァルボルム。

 通称ヴィヴァ教団の最高指導者である。

 聖都アルセリア、生命の大樹ヴィヴァルボルの根元に築かれた聖堂の壇上より、その声は空高く響く。


「苦しみ多き現界ミディアルドを生き抜き、やがて天界レミナリアへと至るため、今は功徳メリティを積むのです。生命の大樹ヴィヴァルボルの御心は、我らと共に在るのです」


 アルセリア聖堂前広場は、民衆の歓声に包まれた。

 祝福に響き渡る鐘の音を奪い去るように、ひときわ強い風が吹いた。


 その風は、聖堂前広場から少し離れた丘にある初等養成院―――通称学び舎ヴィラリアにも届いていた。

 風に煽られ、庭木が騒めき、白衣を纏った子供たちの帽子が、幾つも空へと舞い上がった。


 子供たちは笑いながら帽子を追い掛ける。

 その表情には僅かばかりの翳りさえ見当たらない。

 皆、誇らしげに見える。


 ここは学び舎ヴィラリア

 ヴィヴァ教団が見い出したたぐまれなる資質を持つ子供たちを集め、育てる場所。


 聖なる教育機関であり、未来の聖詠者オラシエル巫聖ヴィララ神徒レオナール、或いは白衣者カンドレルらを排出する学び舎でもある。

 いずれ高次霊魂への道を歩む者を目指し、子供らは日々祈りを捧げ、教えを学ぶ。


 この日、学び舎ヴィラリアでは年に一度の神聖なる式典、祝福の儀ベネディスコが執り行われていた。


 簡単に言うなら入学式だ。


 中庭、聖なる泉エルネアと呼ばれる泉の前。

 白衣を纏った子供たちは整列し、緊張と期待の面持ちで、静かにその時を待っていた。

 水面は空の青を映し、緩やかに波打っている。


 泉のほとりにはおごそかに立つ聖詠者オラシエル巫聖ヴィララ

 聖詠者オラシエルは祈りの歌を朗誦し始める。

 澄んだ歌声は清らかな水の流れのようで。子供たちはうっとりと聞き入っていた。


 巫聖ヴィララは聖水を満たした銀の器を両手に掲げ、ゆっくりと子供たちのもとへ進み出る。

 子供たち一人ひとりの額に聖水を垂らし、その都度、祈りの言葉を口にする。


「天の道へと歩むを望む幼き魂に、生命の大樹ヴィヴァルボルの祝福と導きを賜らん」


 冷たい水が額を伝い、落ちる。

 その瞬間、子供たちはそれぞれに何かを感じ取っていた。

 生命の大樹ヴィヴァルボルの葉が揺れる気配を感じ取る者も居た。


 そして高らかに鐘の音が響く。

 祝福の時を告げる学び舎ヴィラリアの鐘塔。

 その場の全員がひざまずき、聖なる泉エルネアに向かい、奉唱する。


「至聖神ルミエルの御名に於いて、功徳メリティを積み、魂を清め、いつか天界レミナリアへと至らん」


 それは初めての誓いの言葉。

 祝福された導きの第一歩。


 聖なる始まり。




 儀式は終わり、あちこちで可愛らしいおしゃべりが始まっていた。


「わたし、パンドラ。王都エラリオンから来たの。あなたは?」


 ふわふわとした金髪に赤いリボンをつけた少女が、隣の少女に微笑みかける。

 その声は明るく、よく通る。

 そして双眸はエメラルドのようにきらきらと輝いていた。


(……きれいな緑)


 うっとりと見入ってしまって。

 少女は返事をするのをしばし忘れていた。


「ねえ、お名前、なあに?」


 再度問われ、亜麻色の髪の少女は慌てて口を開いた。


「アムル」

「素敵なお名前ね。ねえ、わたしたち、お友達になりましょうよ」


 真っ直ぐな言葉に、躊躇いのないきらめく笑顔。

 アムルは戸惑ったように紫色の目を瞬き、けれど花が綻ぶように笑った。


「もう、お友達でしょう?」

「わあ、よかった!」


 頬に両手を当てて、パンドラはとろけるように笑った。

 アムルも柔らかく邪気の無い、子供特有の笑顔を見せて。




 それが出逢い。

 そして、すべての始まりだった。

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