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第2話 王都への報せ

 王都エラリオンに、朝の鐘が響き渡る頃。

 朝霧を割くように一羽の鳩が空を翔けていた。

 ひときわ白い羽をたたえたその鳩は、王宮の尖塔に優雅な仕草で降り立った。


 それは、聖都アルセリアからの正式な報せ。

 生命の大樹ヴィヴァルボルの聖印を帯びた封書を届けるもの。

 至聖導師グランダルコンよりの使いである。


 ただの報せではなく神の意を伝えるもの。

 だからこそ受け取る者は聖詠者オラシエルに限られている。

 王宮の尖塔には必ず、聖詠者が常に一人以上控えているのだ。


 今日、その任に当たっているのはまだ若い青年だった。

 聖詠者アルフォンス。

 この任についてまだ日は浅い。


 アルフォンスはぎこちない手つきで鳩へ手を差し出した。

 鳩はアルフォンスの手の中、封書へと姿を変える。

 それを銀の盆に乗せ、王の執務室へと運ぶまでが、彼の役目だ。




 執務室の扉は開け放たれたままになっていた。

 アルフォンスは畏まり足を止めると、扉の脇を三回叩いて来訪を知らせる。


 何回叩くか、扉が閉まっている場合はどこを叩くか、など事細かに決められているのが王宮である。


 侍従長が頷き、アルフォンスは少しだけ強張った歩き方で入室した。

 銀の盆に乗せられた封書を、恭しく差し出す。


 侍従長はそれを受け取ると、国王に一礼し、封を切った。


「謹んで申し上げます」


 そして読み上げる。


「──選ばれし献身者セリアン、決定。

 学び舎ヴィラリアに所属するパンドラ・ベルティエ

 の者を確かに認める」


 執務室の空気が僅かに揺れた。

 歓喜である。


「祝いの使者を聖都へと立てる用意を」

「畏まりました」


 国王が宣言し、侍従長は胸に手を当てこうべを垂れた。

 だが。


「……追記がございますな」


 侍従長が僅かに眉根を寄せた。

 聖都からの書状の末尾。

 そこに添えられた、ただ一行の追記。


導師アルコンら数名が存在し得ぬ鐘の音を耳にす。兆しか」


 王が眉を寄せた。


「存在し得ぬ鐘とはどういうことか」


 王は直接アルフォンスに問い掛け、アルフォンスは狼狽したように直立不動の姿勢を取った。


 侍従長が封書をアルフォンスに見せ、意を問う。

 アルフォンスは首を傾げた。


「わたくしにはわかりかねます。未熟者にて申し訳なく。

 ただ、兆しか、とのみありますので……」


 執政官が控えめに訊く。


「不吉の前兆か……?」

「神意、かもしませぬ。ですが、今は喜びの報。

 畏れながら、喧伝すべきことではないかと」


 王は鷹揚に頷く。

 侍従長は書状を閉じ、王へと手渡した。




 一方で、王都は祝いに包まれつつあった。


 王宮から広場に続く大通りには花が飾られ、そこかしこに生命の大樹ヴィヴァルボルの紋章旗が掲げられる。


 街路樹は生命の大樹に見立てられ、淡く光る装飾が飾られた。

 子供たちは白い花の冠をつけて走り回って。


 菓子職人らが祝祭に配られる菓子を大急ぎで焼き始める。

 屋台には祝福の蜜酒など、それらしい名前の酒が所狭しと並べられ。

 急遽集まって来ただろう露店商は、選ばれし献身者セリアンにちなんだ小物やお守りを売り出した。


「生きている間に、再び選ばれし献身者セリアンを拝むことができるなんて……」

「わたしも!セリアンに!なりたい!」


 噴水広場では信心深い老婆が涙ぐみ、子供たちは跳ね回り、無邪気に叫ぶ。

 吟遊詩人たちがここぞとばかりに即興で、選ばれし献身者セリアン誕生を歌い出し、その周りでは自然と踊りの輪が広がる。


 お祭り騒ぎだ。


 王妃は離宮の庭を一般開放するらしい。

 民衆に菓子と花が振舞われるそうだ。


 貴族たちは式典に来ていく衣装の選定に大忙し。

 献上品も早々にあつらえなくては。


 誰もが喜びに湧いている。

 誰もが心躍らせ、その日を待ち望む。


 仄暗い兆しになど、誰も見向きもしない。


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