王都エラリオンに、朝の鐘が響き渡る頃。
朝霧を割くように一羽の鳩が空を翔けていた。
ひときわ白い羽をたたえたその鳩は、王宮の尖塔に優雅な仕草で降り立った。
それは、聖都アルセリアからの正式な報せ。
ただの報せではなく神の意を伝えるもの。
だからこそ受け取る者は
王宮の尖塔には必ず、聖詠者が常に一人以上控えているのだ。
今日、その任に当たっているのはまだ若い青年だった。
聖詠者アルフォンス。
この任についてまだ日は浅い。
アルフォンスはぎこちない手つきで鳩へ手を差し出した。
鳩はアルフォンスの手の中、封書へと姿を変える。
それを銀の盆に乗せ、王の執務室へと運ぶまでが、彼の役目だ。
執務室の扉は開け放たれたままになっていた。
アルフォンスは畏まり足を止めると、扉の脇を三回叩いて来訪を知らせる。
何回叩くか、扉が閉まっている場合はどこを叩くか、など事細かに決められているのが王宮である。
侍従長が頷き、アルフォンスは少しだけ強張った歩き方で入室した。
銀の盆に乗せられた封書を、恭しく差し出す。
侍従長はそれを受け取ると、国王に一礼し、封を切った。
「謹んで申し上げます」
そして読み上げる。
「──
執務室の空気が僅かに揺れた。
歓喜である。
「祝いの使者を聖都へと立てる用意を」
「畏まりました」
国王が宣言し、侍従長は胸に手を当て
だが。
「……追記がございますな」
侍従長が僅かに眉根を寄せた。
聖都からの書状の末尾。
そこに添えられた、ただ一行の追記。
「
王が眉を寄せた。
「存在し得ぬ鐘とはどういうことか」
王は直接アルフォンスに問い掛け、アルフォンスは狼狽したように直立不動の姿勢を取った。
侍従長が封書をアルフォンスに見せ、意を問う。
アルフォンスは首を傾げた。
「わたくしにはわかりかねます。未熟者にて申し訳なく。
ただ、兆しか、とのみありますので……」
執政官が控えめに訊く。
「不吉の前兆か……?」
「神意、かもしませぬ。ですが、今は喜びの報。
畏れながら、喧伝すべきことではないかと」
王は鷹揚に頷く。
侍従長は書状を閉じ、王へと手渡した。
一方で、王都は祝いに包まれつつあった。
王宮から広場に続く大通りには花が飾られ、そこかしこに
街路樹は生命の大樹に見立てられ、淡く光る装飾が飾られた。
子供たちは白い花の冠をつけて走り回って。
菓子職人らが祝祭に配られる菓子を大急ぎで焼き始める。
屋台には祝福の蜜酒など、それらしい名前の酒が所狭しと並べられ。
急遽集まって来ただろう露店商は、
「生きている間に、再び
「わたしも!セリアンに!なりたい!」
噴水広場では信心深い老婆が涙ぐみ、子供たちは跳ね回り、無邪気に叫ぶ。
吟遊詩人たちがここぞとばかりに即興で、
お祭り騒ぎだ。
王妃は離宮の庭を一般開放するらしい。
民衆に菓子と花が振舞われるそうだ。
貴族たちは式典に来ていく衣装の選定に大忙し。
献上品も早々に
誰もが喜びに湧いている。
誰もが心躍らせ、その日を待ち望む。
仄暗い兆しになど、誰も見向きもしない。