一歩前へ出て、一礼。
そして舞うように祈る。右手、右足、左手、左足。
そしてくるりと回り、元の位置で静止する。
形式は正しくとも、気持ちの伴っていない、それは……。
(振り付けを覚えるのが精一杯の、
その表情は貼り付けられたような笑顔。
少なくともパンドラにはそう見えた。
なんとなく目で追っていたら、若い女性の白衣者、確か名前はエメ、と視線が合った。
彼女は微笑んでやって来る。
「疲れましたか、
(優しい表情なのに、なんでかしら)
「では、梨の果汁を割ったものを、お願いします」
「畏まりました」
コップを両手で持ち、こくこくと飲み干して。
パンドラはゆっくり息を吐いた。
梨の果汁の優しい甘みが、じんわりと広がっていく感覚。
だが、咽喉が潤っても、胸の奥の乾きは癒えなかった。
白衣者たちは一糸乱れぬ所作で立ち働き、一定の距離を保って、パンドラを見守っている。
誰もが整った微笑を浮かべ、静かに、穏やかに、敬意と節度をもって接してくれる。
(優しい。だけど……)
遠い。
冷たいのではない。
寧ろ、その目はまっすぐで、崇敬に満ちている。
自分のことを
わかっている。
わかっているのに──心が擦れ違っていく。
(避けられてるわけじゃない。わかってる。でも……)
ふと、目が合った白衣者がそっと頭を垂れる。
それは心からの礼節。
だがパンドラは、そこに距離を感じてしまった。
心が静かに冷えていく。
誰も、悪くないのに。
(まるで……聖なる檻に閉じ込められてるみたい)
白衣者の青年、ドミニクがふと、眉を寄せた。
「エメ」
「はい」
エメを呼び寄せると、ドミニクは小声で問い掛けた。
「
「ええ、咽喉が渇いてらしたみたい。梨の果汁をお持ちしたわ」
「そうじゃなく……」
ドミニクは少し言葉を探した。
「
エメは注意深くパンドラを窺う。
パンドラは巧みに隠しているけれど……。
エメは口に出していいものか少し迷って、けれど囁いた。
「……途方に暮れている子供、かしら」
「うん。――もっと寄り添って差し上げた方が、」
「なりません」
年配の男性の白衣者、マティアスが静かに二人を制止した。
「近付き過ぎては傷付くことになります。
ハッとしたように若い二人は顔を上げ、少しだけ苦しそうに頭を下げた。
過度な情は誤解を生み出す。
過度な共感は心を乱す。
いずれ必ず、傷付けることになる。
だからこそ、祈りの手順も、言葉も、礼節を欠いてはならない。
それは「距離」ではなく「守り」である。
けれど。
パンドラにはそれが「壁」に思えた。
尊重されている。
頭ではそう理解できても、心は別だ。
笑顔を返してくれる者は居ても、心を寄せてくれる者は居ない。
それが何よりも、痛かった。
擦れ違いざまに白衣者が軽く会釈する。
その所作に悪意など微塵もなく、ただ誠実で。
だからこそ、悲しい。
敬われるほどに、孤独を感じてしまう。
その優しさは透明で冷たいガラスのようで。
向こうが透けて見えるのに、触れられない存在だった。
(このまま、誰とも……ちゃんと話せないのかしら)
心を寄せて、語り合って。
気持ちを伝えて寄り添って。
そんな簡単に思えることが、今、酷く遠かった。
(――アムル)
パンドラは目を閉じて親友を呼んだ。
話したかった。どうでもいいようなことを話して、一緒に笑いたかった。
けれど。
こんな姿をアムルに見せることはできない。
(こんなの……
パンドラは袖に隠してぎゅっと拳を握った。
選ばれたのだから。
ちゃんと、やらなくちゃ。
わたしが、やらなくちゃ……。