祭の夜。
あちこちで恋を交わす男女がいた。
村々が集まり先祖を慰める祭りは、巡り逢いの場でもある。
アムルも幾人かから声を掛けられたが、そっと辞退して。
大きな焚火の周りで、踊る村人たちを見ていた。
「旅の方、ご一緒しても?」
声を掛けてきたのは、先程まで火の側で歌っていた男だった。
放浪詩人だという。祭りの時だけこの村に来るのだそうだ。
「構いませんが、あなたに用がありそうなお嬢さん方がたくさん居ますよ」
「あなたとは、今しかお話しできないでしょう?」
アムルは苦笑した。
リュートのような楽器を持った男はナハルというそうだ。
「あなたから、とても強いプレケリアを感じます」
「プレケリア?」
「古い力です。祈りであり、願いであり、歌であるもの」
ナハルの言葉に、アムルは少し迷って、けれどその言葉を口にした。
「これは
「その呼び方は、ヴィヴァ教の人ですか」
「わかるの?」
「ええ。各地を旅していますから」
ナハルはひとつ、弦を爪弾いた。
「プレケリアも、マレフォルティアも、元は言葉を持たぬ祈りの形」
歌うように、ナハルは語った。
祈りも呪いも、根はひとつ。
それは、ただ強く、深く、心より発せられし想いである。
言葉を持たぬ祈りは、風となり、火となり、水となって世界を廻る。
すべては歌である。
すべては願いである。
すべては想いである。
それが祖竜に捧げる真なる祈り。
それがナハドラクの魂。
アムルは目を閉じてナハルの声を聴いていた。
染み込んでくるのはあたたかな気持ち。
「傷付いた魂を抱えたひと。あなたは東へ向かうと良い」
「東に何があるの?」
「ナーリ・ウアン」
ナハルはアムルの目を見て微笑んだ。
「古の巫女たちが歌を捧げた地です。今は廃墟ですが」
「そこに行けば、わかるかしら」
「さあ? ですがきっと、
不思議な人。
放浪詩人とはそういう存在なのだろうか。
アムルは夜が明ける前に村を発った。
朝日に向かって飛んで、暫く経った頃。
アムルは眼下に神殿らしき跡を認めた。
驚いたことに、そこには
「こんな遠くにまで根が伸びているのね」
北西に視線を遣れば、確かに生命の大樹のような薄青い影が見える……様な気がする。
ここからならば、もしや
三つの世界を貫いているという神話は、あながち間違いでもないのかもしれない。
根に降り立ってみて、アムルは妙なことに気が付いた。
斧で抉ったような深い傷が、そこに刻まれている。
上空から見えていたのだが、よく考えてみなくてもおかしい。
大き過ぎる。
巨人の手によるものかと思えるほどだ。
アムルは巨人の存在を知らないが、竜が居たくらいなのだ。
巨人も居たのかもしれない。
(それは、今はどうでもいいか)
アムルは傷の中に降り立った。
切り立った谷のように、深くて狭いそこに。
小さな芽が生えていた。
小さな、と言ってもアムルの背丈ほどはある芽だ。
茎の先に柔らかそうな双葉が揺れている。
「
何故だろう、急に
そう。不定芽。授業で習った。
そもそも芽吹いたのは光の竜の
そんなことをつらつらと考えながら、アムルは双葉にそうっと触れた。
光の
そんな衝撃に、アムルは思わず己の胸を見た。
穴が開いたかと思うほどの衝撃だった。
眼を瞬いて。
アムルは恐る恐る、再び双葉に手を伸ばした。
今度は目まぐるしく移り変わる映像が、頭に直接流れ込んで来た。
アムルはまた、手を離す。
何度か深呼吸し、精神を整え、
三度目。
アムルは双葉に手を伸ばす。
流れ込んで来たのは
これは、きっと