目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第5話 不定芽の夢

 今となっては遥か昔のこと。

 生命の大樹ヴィヴァルボルに語り掛けるすべが存在していた。

 問い掛ける人デマンダーと呼ばれる者たちは魂を媒介として、生命の大樹ヴィヴァルボル――世界――と対話し、ことわりと均衡を編み直す存在だった。


 彼らは「願いを叶える存在もの」として人々に敬われ、深い畏敬と共に祈りを託されていた。


 しかし人の営みが増すごとに、世界は少しずつ軋みを見せ始める。

 その歪みに抗うため、人々は歪みを正すことを願いとし、魂を以て世界へと呼び掛けた。

 それこそが、献身の儀デヴォタリアの原初の姿であった。


 だがエレクシア・ヴィアヴォルム――ヴィヴァ教団はいつからか、その真実を意図的に捻じ曲げ、儀式を支配の道具へと変えてしまった。


 願いは叶えるものから消費されるものへと形を変え、人の想いは祈りから犠牲へと堕ちていった。


 問い掛ける人デマンダーはやがて、選ばれし献身者セリアンと名を変えた。

 世界の意思に耳を傾ける――対話する者ではなく、一方的に奉仕し、捧げるだけの存在となった。


 そして予言を語り、選別する役目は教団に奪われた。


 ことわりと調和の対話は、いつしかただの神託の形式へと成り果てた。

 人の欲望と教団の支配によって……。


 世界は形を変えた。




 アムルは目を瞬いた。

 濃密な情報が、頭の中で渦巻いている。


 少し整理する時間が必要だった。


 ふつふつと怒りが湧いて来る。

 エレクシア・ヴィアヴォルムに対して、というよりは、支配と欲望に満ちたその時のへの、灼熱の怒り。


 どくん、と。

 大樹の根がひとつ脈動した。


「願いを叶えて。生命の大樹ヴィヴァルボル。世界なんてどうでもいい。パンドラを返して」


 すべての力を、存在を懸けて、アムルは願う。

 けれど生命の大樹ヴィヴァルボルは応えなかった。


「……手順が必要か」


 世界は作り替えられてしまった。

 ヴィヴァ教に都合の良い教えが、世界に根付いている。蔓延はびこっている。


 導師アルコンイアサント。

 憎いあの顔が目裏に蘇る。


 ヴィヴァ教にも、今は亡き至聖導師グランダルコンのように、善い人も居るのだろう。

 悪い人ばかりではない。それは知っている。理解している。

 けれど善い人ばかりではないもの確かだ。


 ヴィヴァ教の願いは世界を裏側から支配すること。

 この現界ミディアルドの秩序をその手に握り、意のままに操ること。


(やっぱり壊した方が良いんじゃないかしら、この世界)


 そんな存在のために、パンドラが奪われただなんて、許せない。

 信じたくも無い。


 けれど、現にパンドラは生命の大樹ヴィヴァルボルに呑まれてしまった。

 取り戻すには手順を踏むべきだろう。


 世界には、というよりは主にユグド=ミレニオ国内には、八つの祭壇が存在する。

 調和と再生を意味する八芒星の形。

 その頂点のひとつにあるのが聖なる台座ヴィヴァルターロだ。


 何故かというと、台座は他国にもまたがって存在しているからである。


 生命の循環と献身を司る聖なる台座ヴィヴァルターロ

 光と黎明を司る始まりの台座セラマトーロ

 知と探求を司る選択の台座アラフィオーロ

 交魂と契約を司る贈与の台座ネメルターロ

 破壊と抵抗を司る炎の台座モルカリーノ

 影と沈黙を司る忘却の台座リメンターロ

 記憶と根源を司る根の台座アルボランティス

 旅立ちと帰還を司る終焉の台座ソルミナーロ


 以上の八つ。


 この不定芽ふていがから得られた情報は、おおむねそのようなものだった。


 生命の大樹ヴィヴァルボル御許みもとに存在する聖なる台座ヴィヴァルターロ以外は、封印された、または既に忘れられて久しい。

 ヴィヴァ教団の中枢には記録は残っているのだろうけれど、一般信者にまでは伝えられていない情報だ。


 アムルは少し考える。


 封印された台座を暴き出す。

 それにより、ヴィヴァ教団が握る秩序に揺らぎを起こせないだろうか。


(それとも、破壊した方が効果的だろうか)


 どちらにせよ、ひとまずはこの目で見て、触れて。

 確かめてからでなければ。


 不定芽を優しく撫で、アムルは囁く。


「あなたのことをもっと、教えて」


 けれど不定芽は、もう何も、語り掛けては来なかった。

 伝えるべきことは伝えたということだろうか。


 溜め息を吐いて、アムルは根の断面に凭れ掛かった。

 さて、次はどう動こうか。


「――でも、まずは上々。教えてくれてありがとう」


 不定芽は微かに揺れたように見えた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?