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第6話 八つの台座

 八つの台座、それら全てを暴き立てる。

 その上で破壊するのか、もしくは起動させるのか。

 いずれにせよ、すべてを把握する必要がある。


 そうすれば生命の大樹ヴィヴァルボルとの対話が叶う可能性がある。

 推測の域を出ない話ではあるけれど、一縷の望みに賭けるほか無く……。


 アムルの身に宿る呪われし力マレフォルティア

 それが、プレケリア――願いであり、想いであり、歌――でもあるとするならば。


 同じ根を持つその力は、かつて問い掛ける人デマンダーと呼ばれた者たちと、同じ資質をアムルに授けたのかもしれない。


 彼らは大樹に問い掛け、答を得たという。

 ならば、自分にも、同じことができるかもしれない。


(たぶん、だけど……)


 考えていても始まらない。

 アムルは前を見据えた。


 どれほど慎重に仮説を組み立てたところで、それは仮説に過ぎないのだ。

 現実は行動の中にこそ現れる。

 行ってみないことには、成してみないことには、何もわからぬままである。


 アムルは不定芽ふていがの見せた記憶をなぞる。

 八つの台座のひとつ。聖なる台座ヴィヴァルターロの場所ははっきりとわかる。

 何せこの目で見た場所だ。あの日、パンドラが身を捧げた場所だ。


――忘れるはずもない。


 聖都アルセリアの大聖堂。その露台バルコニー

 生命の大樹ヴィヴァルボルの足許に。


 残りの七つはどこだろう。大まかな場所はわかるのだけれど。

 台座によって描かれた八芒星。それを辿って探すしかないだろうか。


 アムルは腰のかばんに手を伸ばした。

 そこには小さな旅装の鞄が、元からそこにあったかのように納まっている。

 鞄の蓋を開け、中から一枚の地図を取り出した。


 不思議な話だが、この鞄やその中身――記録の詰まった帳面ノートやペン、ほかの細々とした小瓶など――は、アムルが風の姿を取っている間は完全に“消える“。

 消失した、というよりは、一時的に世界から除外されている、と言った方が良いだろうか。

 再び人の形を取ると、何事も無かったように現れるのだ。


 仕組みはアムルにもわからない。

 ただ、肉体と魂が「風」と「人」とを行き来するように、所持品もそれに紐づいて存在しているようで。

 呪われし力マレフォルティアの影響か、世界霊魂アニメスフェーロの影響か。

 理屈はともかく便利で良い。


(……なんか、まだ慣れないけども)


 アムルは鞄から取り出した地図を広げた。

 学び舎ヴィラリアで学んでいた時に書き足した、印や書き込みがしっかりと残っていた。

 それに、忘れられた祠や神殿などの、訪れた場所の記録も。


 記憶と紐づいているのだろうか。

 いずれにせよ便利でいい。


 アムルは円規コンパスを取り出し、薄紙に大きく円を描いた。


「もう少し大きいかな……?」


 微調整しつつ、八方位の羅針図を引いて。

 その北を聖なる台座ヴィヴァルターロに据えた。


 この不定芽ふていがから一番近い台座は、破壊と抵抗を司る炎の台座モルカリーノだろうか。


 その位置はシナヴェル砂漠を指している。


 シナヴェル砂漠。

 水神サリアニスの嘆きの地。

 かつてこの地には七つの泉が湧き出していたという。

 しかし、人の傲慢と裏切りが、サリアニスを深く傷付けた。

 そしてサリアニスは、涙を流しながら、すべての水を地の底へ沈めた。

 今も風が吹く夜は、サリアニスの泣き声が聞こえるという。


 その嘆きの地に、破壊と抵抗を司る炎の台座モルカリーノを設置したのは皮肉というべきか。

 それともその出現こそが、サリアニスの嘆きの引き金となったのか。

 真相を知る者は、いない。




 炎の台座モルカリーノは驚くほど容易く見つかった。

 アムルの抱く怒りに、強く反応したのだろうか。

 ここは破壊と抵抗を司る台座。今のアムルに、最も相応しい場所なのかもしれない。


 赤黒く輝く石で形作られたその台座は、炎のように激しく揺らめいて見えた。

 砂嵐が吹き荒れる。

 肌を打つ砂塵が痛い。だがアムルは、そのまま実態を保ち続けた。


 ただ、強く、ひたすらに。炎の台座モルカリーノを睨み付ける。

 胸の奥に渦巻く怒りは世界に対するものか、それとも自らの無力さへのものか。

 アムルにはわからなかった。

 けれどそれらすべてを内包して、アムルの眸は強い願いに燃えていた。

 ただひたすらに、パンドラを想う。


――世界に抗い、仕組みを壊すか。問い掛ける者よ。


「世界に抗っても。世界を壊してでも。わたしはパンドラを取り戻したい」


 怒りに満ちた、けれど静かな返答に、炎の台座モルカリーノは笑ったように見えた。

 台座が笑うはずがない。だが、アムルにはそう


 炎の台座モルカリーノは激しく揺らめき、そして。

 炎の柱を噴き上げて。自らを崩壊させたのだった。



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