一面の青が広がっていた。
深く、限りなく澄んだ空が、ただそこにあった。
遮るもののない高台。
近くに存在する、圧倒的な青。
手を伸ばせば雲に届くような錯覚すらある。
風は自由に吹き抜け、雲は低く、静かに流れていく。
遥か下には、遠く森と村々が小さく、見えている。
だが、この場所だけが別世界のようだった。
アムルはその
そこには、何も無かった――ように見えた。
だが、足元の土に、うっすらと八芒星の紋が刻まれているのが見えた。
風雨に削られ、今にも消えてしまいそうな、か細い線。
だが、その中心には、ひときわ異質なものが据えられていた。
掌に乗るくらいの大きさの、塊。
それは石ではなかった。
光でできていた。
眩しい白のようでいて、見る角度によって虹のようにも輝く。
空気の層のように透けながら、けれど確かにそこに「在る」と告げている。
手を伸ばせば、触れられるかと思えるような。
ほんのわずかに質量を持つ、朝露のように儚い光。
アムルが近付いたその瞬間、世界ががらりと色を変えた。
蒼穹が一瞬にして夜色に沈み込んだ。
だが、この闇は恐ろしくはない。
柔らかく包み込むような夜だった。
草の香りも、風の歌も、すべてが優しく変わっていた。
心臓が高鳴る。
風が耳元で囁き、空がどこかでさざめく。
遠くから、軽やかな鐘の音が響いてくる。
夢なのか現実なのか、境界が曖昧になっていく。
そして――
――汝は、ここに立った。
それは声ではなかった。
しかし確かに、誰かが告げた。
太陽が、世界に光を注ぐときのように。
静かで、暖かく、そして絶対的な告知のような声。
――ならば示せ。汝は何を始めたいのか。
アムルは静かに目を閉じた。
(わたしは……)
彼女の旅は、パンドラを取り戻すことから始まった。
けれどそれは、「過去」を取り戻す旅ではない。
「与えられた終末」ではなく、「自ら選び取る未来」を手にするための旅……。
それが決まり切った終わり方だというのなら――
アムルはそれを拒絶する。
(そんな終わり方、認めない)
アムルの内に、静かに光が灯る。
それは怒りでも悲しみでもない。
ただ、
終われるわけが無い。
パンドラを取り戻すことが、到達点であり、出発点だ。
パンドラが笑って生きることが、始まり。
――そこからだ。
それまで、わたしの旅は、始まってすらいない。
それは、胸の奥に
か細く震え、今にも消えそうに揺らぐけれど。
決して、消えはしないだろう。
消させるものか。
台座は、それに応えるように輝いた。
黎明の光だった。
地平線が朱に染まり、夜の
薄らと明るんでいくアムルの足元に、点々と光が浮かび上がる。
それは足跡だった。
それは、彼女がこれまで歩いてきた道――そして、まだ歩んでいない無数の未来へと続いていた。
その光の道の中には、かすかに揺らめく「可能性の断片」がある。
再会。別れ。涙。希望。まだ見ぬ誰かの手。まだ知らぬ誰かの声。
まだ、
――始まりは、今。
その言葉とともに、
ほんの一瞬、身体が軽くなる。
まるで、全身が祝福に満たされたかのように思えた。
それはおそらくは――希望という名の、祝福。
アムルが歩んできたすべてを肯定し、これから歩むすべてに、光を灯す。
アムルは、そっと手を握りしめた。
胸の奥にある光を確かめるように。
目の前の世界が、ほんの少しだけ――明るさを増したように、思えた。