アムルは風となって聖都アルセリアに戻った。
だが、弾かれた。
結界である。
聖都アルセリア全体を覆うように、半球形の防御壁が築かれていた。
無論目には見えない。
しかしそれは明確に「境界」としてそこに在った。
生きている人間には何の影響もない。
気付くことすらできない者も多いだろう。
だが、アムルにとっては違う。
エレクシア・ヴィアヴォルムが「悪しきモノ」と認定した、
くるりくるりと上空を舞い、アムルはゆっくりと下に降りた。
結界の端をなぞるように、滑り降りて。
王都エルセリアと聖都アルセリアとを結ぶ街道上に、降り立った。
(けっこう距離がある)
アムルは人の形を取り、結界に手を触れた。
弾かれる、が反発力は先程より弱い。
人の形を取ったことで、アムルは空気の密度の違いに気付いた。
温度とも湿度とも違う、
手を押したり引いたりしながら、アムルは考える。
(わたし自身を世界ともっと
本来は拒絶や破壊ではなく、世界に溶ける想いのひとつである。
(擬態……か)
あれこれ考えてはみたが、他に良い方法も思い付かない。
アムルの中の、
アムルを「無害なもの」と認識させることで、結界の通過を試みるのだ。
(適応――いいえ、許容される状態を、目指すの)
それは、アムル自身の輪郭を世界に溶かすことにも繋がる。
つまりは存在自体が曖昧で、希薄になりかねない。
けれど、それでも構わない。
それがパンドラに至る道ならば、アムルは歩みを止めるつもりは無かった。
自身を世界に馴染ませるため、アムルは敢えて遠回りする道を選んだ。
街道を外れ、ベテフィデスの森を抜けることにしたのだ。
細く頼りない道が続いている。
地元の者でなければ通らないような場所なのだろう。
春が近い。
雪解け水が小さな流れを作り、苔がしっとりと濡れている。
枯れ葉の下からは、小さな名もなき花々が顔を覗かせて。
木々の枝先には小さな芽がほころび、淡い緑が日差しに透けて輝いて見える。
がさがさと茂みが揺れた。
不意に分厚い外套を
人が居るとは思わなかったようだ。
アムルは両手を広げてみせた。
「驚かせてごめんね。聖都の方へ、行きたいのだけど、こっちで有ってる?」
子供たちはこくこくと頷いて、警戒を解いたように寄って来た。
「こんにちは。聖都はね、あっちの方」
「よその人、珍しいね」
「あのね、草の芽、探してるの」
口々に言い合い、アムルの様子を窺っている。
「草の芽、いっぱい出てる?」
訊き返せば、子供たちは笑顔を見せた。
「そんなに。でも、いいもの見つけたよ」
「変なりんごなの」
「一番古い木の根元に、一個だけ落ちてたの」
少年が「見せてあげる」と外套から林檎を取り出し、アムルに渡した。
それは普通の林檎ではありえなかった。
今時分に落ちている時点で普通ではない。季節外れも
しかも、それは透けるような銀白色だった。
微かに光ってもいる。
「ね、変でしょ。でもきれいなの」
少年は得意げに笑った。
アムルは暫し無言でその林檎らしき果実を見つめていた。
掌で、くるりと回してみる。
――
それは林檎に似た形状で、黄金色に輝き、甘い香りを漂わせるという。
色は違う。光も微弱。香りは無い。
けれどよく似た果実だ。
熟す前に落ちたのだろうか。
「ねえ、これ、貰ってもいい?」
アムルの問い掛けに、子供たちは一斉に不満そうな声を上げる。
取り上げようというわけではなく。
アムルは右手に林檎を、左手に
「これと、交換。どうかな?」
世界霊魂の結晶は木漏れ日を反射し、宝石のように輝いている。
少女がぱっと手を伸ばした。
「あたし、これがいい」
少年が慌てて続く。
「おれはこれ!」
「えっ、じゃあこれ」
「ありがとう」
満足げな子供たちに、アムルも満足げな笑みを返して。
ゆっくりと、それぞれ反対方向に歩き出す。
アムルは聖都へ。子供たちは村の方へ。
子供たちの姿が完全に消えてから、アムルは先程の林檎を取り出した。
季節外れの、奇妙な林檎。
これは、
答の
けれど――
期待は、膨らむ。