祈りも、呪いも――その根は、ひとつ。
それは、ただ強く、深く、心より発せられし想いである。
言葉を持たぬ祈りは、風となり、火となり、水となって世界を廻る。
すべては歌である。すべては願いである。すべては想いである。
プレケリアとはそういうものだ。
アムルの中に、いつしかひとつの旋律が生まれていた。
遠い昔の、誰かが歌った祈りの音色。
優しく繰り返す律動と旋律は、
高らかに歌うのではなく、大きく訴えかけるのでもなく。
ただ、そっと。
アムルは何度もそれを繰り返し、
世界に溶けるように、染み渡るように。
プレケリアは広がっていく。
言葉もなく、誰の名も呼ばず。
それでもそれは響いていく。
遥か遠く。
水神サリアニスの嘆きの地、シナヴェル砂漠にて。
奇妙な現象が起こった。
砂嵐が止んだ。
サリアニスの泣き声が、止んだ。
そして。
かつて
また、学問都市ルミナヴェルダにて。
かつて「せかいは、こたえるか」と刻まれた書に、今度は別の文言が綴られた。
「まて、しかして希望せよ」
筆致は前と同じだが、インクの色が僅かに異なるものであったという証言もある。
それが示すものが、果たして何か。
ルミナヴェルダでは、旺盛な議論が日々、繰り広げられている。
誰かは、風の中に不思議な歌を感じ取る。
また別の誰かは、知らぬはずの旋律をいつのまにか
枯れ果てた土地に、緑が芽吹いた。
旱魃の止まない谷に、雨が降り注いだ。
病に伏した老人が、歌を聞いた、と目を覚ました。
世界が、目を覚ましつつある。
明確な答えはまだ、無い。
けれども確実に、響いている。
アムルの中に、誰かの夢が流れ込む。
名もなき子どもが母を呼ぶ声。
崩れかけた街の隅で、老兵が故郷の歌を口ずさむ気配。
それらが波となり、彼女の中で旋律を紡ぎ出す。
アムルはそっと林檎を取り出した。
まだ色は白銀だが、僅かに、色付いてきたように見える。
黄金に。
掌で、くるりと林檎を回す。
甘い香りはまだ淡い。
冷たくもない。熱くもない。
けれど、僅かに脈動している。
祈るように林檎に唇を寄せ、アムルは声もなく囁いた。
パンドラ、と。
視線の先で、それに応えるように。
小さな花が咲いた。
アムルの身体は、順調に世界に
耳を澄ませば、風の中に誰かの想いが聴こえる。
瞼を閉じれば、誰かの祈りが
生きとし生けるもの、すべての声なき声が共鳴していく。
それは
完璧に整えられたものでは無く、どこか
「もうすぐ、届くよ」
聖都アルセリアまで、あと少し。
待っていて、パンドラ。
そして。
待っていなさい、生命の大樹。
わたしはもうすぐ、辿り着く。
あなたのもとへ。