アムルとパンドラは、仲良く笑い合っていた。
昼食を分け合ったり、一緒に課題に頭を抱えたり、ありふれた日々がそこにある。
「パンドラは、なんでも半分こするのが好きね」
「いいじゃない。分け合うって、なんか嬉しいじゃない。……はい、アムルの分」
ありがとう、と半分に割った菓子を受け取りながら、アムルはふと首を傾げた。
どこか、懐かしいような……確かに、覚えのある動作。
「どうしたの?」
「……なんか、前にもこんな風に――」
アムルは言いかけて、そっと笑った。
「ううん、なんでもない。気のせいだわ」
「そうなの?」
うん、と頷いて、アムルは菓子を口に運んだ。
美味しい、と笑顔が
その様子を見て、パンドラが嬉しそうに笑う。
「アムル、これ好きだものね」
パンドラはアムルの好きな味を、言われずとも記憶している。
「ええ、大好き」
アムルが笑顔で応じる。
そういった細やかな優しさの積み重ねが、彼女たちの「今」を形作っていた。
周囲の生徒たちは、そんな二人の姿を「理想的」とさえ感じていた。
明るく快活なパンドラと、時々
性格は違うのに、不思議と呼吸が合っている。
いつの間にか、二人の姿を目で追ってしまう生徒も少なくなかった。
そんな日常。
けれど二人とも、どこか違和感を覚えていた。
説明の出来ない感情が、ふと沸き起こる。
それは既視感であったり、唐突な焦燥感であったりした。
その頃。
パンドラは繰り返し、同じ夢を見るようになっていた。
黒く燃える、輪郭の緑が煌めく炎。
その中心に立つアムル。
声が、聞こえた。叫びが、胸に突き刺さる。
誰かの名を――自分の名を、呼んでいたような気がする。
アムルの背後には、漆黒の空が広がっていた。
雷鳴のような音と共に、緑の炎が大地を
その音は、鼓膜ではなく、胸の奥を揺さぶる。
(……この音、知ってる)
夢の中で、パンドラはなぜかそう思った。
そして涙が頬を伝っていた。理由もわからずに。
アムルもまた、
ふと気づけば、旋律が漏れている。
教わった覚えはない。けれど、確かに知っている。
それはまるで、胸の奥に沈んでいた何かが、そっと浮かび上がってくるような……。
二人とも、どこかで知っている気持ちを抱きつつも、何となく言い出せずにいた。
お互いに気の所為だと思っていた。思いたかった。
そんなある日。
不意に雷が鳴り響いた。
ばらばらと降り始めた雨に、みんな慌てて屋根の下へと走る。
アムルとパンドラは
東屋の屋根を雨粒が叩く音が、鼓動のように
外は白く
湿った空気が、じんわりと制服にしみ込んでくる。
アムルの肩越しに、雨粒が跳ねた。
その冷たさに、二人の距離が自然と近づいた。
雷鳴が落ちた瞬間、ただの雨ではないと感じた。
空が怒っているような、あるいは何かを訴えているような――そんな響きだった。
「降って来ちゃったわね」
「すぐ止むかしら」
近くに雷が落ち、アムルとパンドラは揃って首を竦めた。
「近いわ」
「やだ、怖い」
短い会話。そしてまた、雷。
二人は手を取り合ってしゃがみ込み、お互いを庇った。
その瞬間、時が跳ねた。
走馬灯のように、知らないはずの光景が胸を貫く。
パンドラが、光の中で振り返る。微笑みながら、消えていく。
アムルが叫ぶ。
黒い炎がすべてを覆い尽くす――
雷鳴が激しく
パンドラとアムルは、手を繋いだまま、見つめ合っていた。
何も言えなかった。
けれど、何かを確かに
「……今度は、離れないから」
どちらが言ったのかも、わからない。
ただ二人は、強く、強く、手を繋いでいた。
雨の音が強く響いていた。
握られた手のひらには、確かに温もりがあった。
それは、ただの体温ではない。
時間を越えて伝わる、
どちらのものだろうか、ほんの少しだけ指先が震えた。
そして二人は、より強く手を握り直した。
東屋の中だけが、時間から切り離されたように、静かだった。
何かが始まりそうな気がしていた。
遠くで風が鳴く。
まるで、祈るように――。